絶望
動けない。
高校のグラウンドにうつ伏せに倒れている長身の少年は苦痛で指一本動かせない。
目の前には瓦礫と化した校舎、そして、敵がいる。
左腕の傷から人体には毒である瘴気が少年の体内を回り始めている。
適切な治療を早期に施さなければ少年を待つのは死。
右手に握った拳銃のシリンダーに弾丸は一発も残されていない。
共に戦ってきた相棒は敵の一撃で消滅した。
少年は相棒が居なければ何発敵に撃ち込もうとも、奴を滅ぼすどころか傷付ける事すら能わず。
絶望。
このまま諦めて、ここで死んでいこうか。
そう思った時、声が聞こえた。
聞き覚えのある声。生まれた時から側にあった声。
この場に在るのは己と、敵と、友と、――――もう一人。
今夜、自分がこんなになってまで助けたかった、女の子が一人。
倒れた友を守る為に張った結界から声の持ち主である長い三つ編みの少女が外に出ていた。
結界から出ちゃ駄目だ。奴の狙いは君なんだから。そう叫ぼうとしたが声が出ない。出せない。
少女は動けない少年を見つめ、微笑んだ。いつもの、昔から変わらない、最近見なくなっていた可愛らしい微笑み。
少女の口が詞を紡ぐ。
少女が術を使う際に神に捧げる祝詞だ。
しかし、これは聞いたことが無い。
少年には聞いた憶えが無い。
でも少年は知っている。だが、何故だ。
少年が幼い頃、少年の祖父がこの祝詞を上げて発動する術について教えていた。
祖父は少女が生まれた一族のこの術を憎悪していた。己が長である一族皆に一時期ではあるが彼女の一族との絶縁を厳命した程に。
故に少年は知っている。この術の祝詞を。目の前の敵を絶対に滅ぼせる強さを。そして、その代償に失うモノも。
絶望。
新たな絶望が少年を襲った。
しかし、この絶望は皮肉にも少年に希望を与えた。
少年が諦めたら失ってしまうモノを諦めるわけにはいかない。
毒が体を冒す独特の気持ち悪さはある。左腕の傷の痛みは感じられない。何とか動ける。
右手でシリンダーを横に振り出し、手首の動きで撃ち尽くした薬莢を全て排莢する。
拳銃を一旦放し、右手で胸元を、この世に生まれてからずっと身に付けていた御守りを掴んだ。
「死なねぇ。死なせねぇ。みこちゃんには貸しがまだ一つあるんだ。誰が今死んでたまるか!」
正真正銘最後の一発を片手で装填。腹の底から声を張り上げながら少年――退魔士、六連院弾丸は立ち上がり拳銃を構えた。
本日18:00に次話『退魔』が更新される予定です。