虚像5
虚像5
ありがとうございました。丁寧にお礼を述べると、俊介は母親の待つ車へと乗りこんだ。
「俊介君をSE監視機関にリクルートするのですか。」
俊介の乗る車を見ながら、宮田小百合は尋ねた。
「気に入らんかね。俊介君では力不足かな。」
清水の答えに、小百合は溜息をついた。
「そんなわけないでしょう。清水さんが直々に推薦するくらいなんだから。問題はそこじゃないでしょ。」
「彼は、人の心の動きに敏感じゃ。空気を読み、自分を押し殺してまで相手に同調する。悲しい事じゃが、それが彼の処世術だった。しかし、他人に同調する能力は、あの世界で活躍する素質になる。問題は・・・。」
小百合が先を引き継ぐ。
「問題は自分より、相手を優先する気持ちが強い事。痛みを感じないあの世界においては、そうゆうタイプは危険よ。夢のようなあの世界では、死へ直観的な恐怖が緩和される。だから、自分を盾に相手を守ろうとすれば、本能的なストッパーが効かず、限界を超えて盾になり続ける。死ぬまでね・・・。」
「わかっておる。だが、彼に活躍できる場所がある事を教えたいのじゃ。自信を得れば、彼は強い。わしは彼に、もっと自信を持ってほしい。自信を持てば、自分も他人も救う事ができる。違うかの。」
清水の言う事は正しい。小百合はわかっていた。しかし、本当にそれで良いのか。清水は何か焦っているような気がする。現在、SE監視機関は警戒態勢を敷いている。こんな危険な時に、青葉俊介を機関に入隊させるのか。
「清水さん。あなたは今、冷静な判断力を持っていますか。新井愛華さんの事で、焦っていませんか。」
清水は目を閉じ、しばらく沈黙した。ゆっくりと目を開き、返答する。
「君の言う通り、焦っているのかもしれんな。しかし、私は冷静だよ。彼を無理に引き抜こうとしているわけではない。引き受けるか、引き受けないかは彼の選択次第じゃ。どちらを選んでも、彼の選んだ道として、わしは応援するつもりである。宮田君こそ冷静な目で、彼を見ているかの。」
小百合はじっと考え込んだ。
「どうゆう事でしょうか。」
「君は主治医として彼を守る責任がある。しかし、彼の判断を信じる事も、忘れてはいけないのではないかな。過度な期待や信頼は彼を追い詰めるじゃろうが、彼の事を信じていると伝えることで、それが彼の原動力になりえる。」
「そうですね。彼の人生の主導権は、彼にある。過保護になり過ぎて、選択する権利を奪うのは違いますよね。」
清水は頷く。しかしな・・・。清水は額に手を当てた。
「選択するのは彼次第と言いながら、この話を受けてほしいという思いは強い。わしも人間じゃからな、俊介君が一連の事件を乗り越える鍵になりうる可能性がある以上、積極的に勧誘してしまうかもしれない。」
小百合は目を見開いた。
「俊介君も新井愛華事件の関係者なのですか。」
「いや、直接的な関係はない。ただ、新井愛華君とは面識があり、仲が良かったという報告もある。少しでも繋がりがある以上、そこに可能性がある。今回の件は、あらゆる可能性を束ねなければ解決できないと思う。」
清水は見えない敵を睨んでいた。
今回の虚像のお話は、斎藤環著・「社会的うつ病」の治し方(新潮選書)の一部から着想を得て、独自の解釈を加えて書かせて頂きました。心の健康について考えさせられる、非常に興味深い書籍でした。ご興味のある方は、是非読んでみてください。