Ex-とある研究室で録音された2人の研究員の会話-
「調子はどうだ」
「順調だ。数値も悪くない」
「それにしても……インパチェンス計画、『崩染花』だったか?」
「ああ。ホウセンカをベースとした生物兵器で、ホウセンカの繁殖能力を応用し人類を死に至らしめる。なかなか面白いアイデアだと思わないか?」
「まだ実験段階だが、十二分に研究して開発する価値はある」
「ところで、その計画開発の張本人の桜庭はどこへ行った?」
「ん?ああ、彼女なら仮想空間装置での実験を繰り返しているぞ」
「仮想空間装置?確か別の研究所が作り出した電脳世界へ入ることができるとかいうコンセプトのあの装置か?しかしあの装置は未完全だったはず」
「そうだ。しかし区域を細かに設定しておけば不具合が起こることなく動作するらしい」
「ほう……だが区域を細かに設定しても仮想住民データを入力せねば……」
「そこは彼女が昔持っていたとあるデータが役立ったらしい」
「なるほど……」
暫くキーボードを叩く音が響く。
「そろそろ50分か」
「何がだ?」
「彼女が実験室に入ってからの時間だ」
「……それがどうした?」
「あの装置は10分で100年分の観測が可能だ。つまり500年分実験を行っている、ということだ」
「それはすごい……だが、仮想住民に接触してないだろうな?」
「ん、その点に関しては大丈夫だろう、彼女も戻れなくなることを危惧していたからな」
「しかし、接続媒体によっては仮想空間では大きく人格が変わるというが……」
「ああ、そのバグは修正されていないな。だがそのバグが発生した場合は仮想住民とは接触可能だからな」
「そうか、それがあったか。だからこのエラー表示が……」
「何、彼女はわざとエラーを発生させ、バグ状態で仮想空間に入ったのか!?」
自動ドアが開く音がして、ヒールの音が響いた。
「おや、みなさんおそろいで。どうかしたの?」
「噂をすれば……貴様何をしでかした!?」
「しでかした?何を言っているのやら。私はただ実験器具を使っていいから大いに研究しろ、と言われたのでお言葉に甘えて動いたのみよ」
「それで通ると思っているのか!?何を考えている!危険な行為をよくも……」
「観測データはここに入っているわ。生物兵器、インパチェンス計画は完成したの」
「500年もの間何のデータを観測したというんだ」
「100年を1フェイズとし、各フェイズごとに人類の対応がどれだけ進化するかを5フェイズにわたって観測していたの」
「人類の対応?」
「そう、ひとりだけにこのインパチェンスの対策、正体を明かすの。そうしたら人類はどうするか、ってね」
「インパチェンスの対策。種子に衝撃を与えず枯れさせることか?」
「そ。それを唯一インパチェンスの対策法を知っている者を作る。この時、仮想空間の人類は何らかの方法でそれを子息に伝えようとするの」
「伝える……どうやって?」
「私はただただ感心したわ。フェイズを跨ぐごとにひとつひとつ増えていくのね」
「何の話だ?」
「内緒よ。強いてあげるなら……子どもの頃に教えてもらうもの、かしらねぇ」
それだけ言うと、ヒールの音が遠ざかり、自動ドアの向こうに消えた。
「……クソッ、馬鹿にしやがって」
「暗黒物質だかなんだか知らないが我が組織に入って間もないというのに我々よりも上位の位置に居座りやがる」
「ボスも一体何を考えているのだ……あんな16歳にも満たないクソガキに……」
「……そろそろ昼飯の時間だな」
「……ん、ああ。そうだな」
ガチャガチャという音の後、自動ドアの音とともに2人の足音がゆっくりと遠ざかっていた。