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運命の華-A.Impatiens.Balsam.-  作者: 原案-tyari- 作-かっつん-
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6章-血の代償と消えない現象-

6章



『はぁ~い、もしもし?』


電話口の向こうの声は初めて聞いた声とそのままだった。

だが……


「あ、あのっ俺……」

『こちらただ今留守にしております。御用の方は時間を改めて掛け直すか、4404教室に直接お伺いいただきますようお願いしたします』

「留守、か……」


出来るならあんな奇妙なところへは行きたくないが、政府の中枢となる人間がああなってしまっては頼れるものが無い。

警察に言ってもどうせ同じだ。信じてもらえず笑われて終わりが関の山だ。

それなら専門家に頼むのが一番と考えた俺は大学に向かうため走った。

町を走れど走れど、人がいない。皆家に帰って大人しくしているのだろうか。電車もバスも無い。車が走る姿もない。





ポツリ。

俺の肩に冷たい液体が一滴、落とされた。


「雨……!?」


大学まではまだ遠い。しかしこの雨で濡れてしまってはあの花の花粉が付いてしまう。

俺は慌ててすぐそこにあるオフィスビルに駆けこんだ。ビルのロビーにも誰もいなかった。


「液体はついてない……よかった」


先ほど俺の肩に落ちた雨粒はあの花粉はついていないようだ。

安堵した俺はビルの外を見る。大雨。バケツをひっくり返したような。

おかしい。雨の色が黄色く見えるのだ。いや、見えるじゃない。黄色い。雨があの粘液の色をしている。


「なんだこの雨……この間のニュースでは雨について一切言われていないのに……」

「訳を教えて差し上げましょうか?」

「誰だ!?」


声のした方を振り向く。

薄暗い廊下をコツンコツンと足音を立て歩いて来る人影は、声からして女性であること以外は分からない。


「うふふ、貴方が唯一の子息、山吹ススムね」

「誰だと聞いている!」


俺はすぐそこの壁を叩いた。金属製だったためほぼ無音のビルにはよく響いた。あと手が痛い。

気が立っていた。見ず知らずの人に対して普段はこんな風に接することができない。


「あらあら、血気が盛んね」

「俺がこうなった理由を知っているなら血気盛んにもなるさ。誰だ。どうして俺の名前を知っている。なぜ訳を知っている。どうしてここにいる!訳を知っているなら今すぐ教えろ!」


女性は俺のすぐ目の前まで近づく。ヒールの所為かその女性は俺と背丈が同じだ。

すらりと伸びた黒ストッキングを履いた足から上に辿ると、ミニのスカート、ワイシャツにスカートと同色のスーツを見に纏い、栗色のショートカットの髪から見える耳にはイヤリングが光っていた。


「がっつかないの。質問は1つずつになさい?それくらいできるでしょ?オトコのコなんだから」


女性は俺の唇に指を当てる。指から女性らしい香水の香りが漂う。


「……、……ッ!」

「じゃあ、1つずつ答えてあげるわ。私の名前は桜庭。ただの研究者よ」


さくらば、と言った女性は俺から指を話すと、その指をそのまま自分の唇に持っていき、ペロリと舐めた。


「んぅ……やっぱり若いコはいいわね。若いエキスがたっぷり詰まってるわぁ」

「次の問いかけに答えろ」

「あぁんもう、慌てないの。私は研究者。データを集めるのが好きなの。特に興味深いものはとことん調べるのが大好きなのよ」

「答えになってないぞ」

「そうねぇ。運命の華、と貴方の曾祖父は呼んでいたかしら?『運命の華』の製作者、それが私よ」


その言葉を聞いた途端、俺の中で何かが切れた。


「うおああぁっ!」


桜庭は殴りかかった俺の右手をいともたやすく片手で掴み、膝で俺の胴を蹴りつけた。

その勢いのまま俺は壁に叩きつけられ、四肢をすべて押さえつけられた。

桜庭は後頭部をしこたま打ち付けた俺と鼻が付きそうなくらい顔を近づける。


「お前が……アレを……!俺の父さんとリサとカンタを……!みんなを……!」

「あらあら、ガマンできないコねぇ。そんなダメなコにはおしおきしないと」


歯を食いしばり、痛みに耐える俺に対し、クスクスと笑う桜庭。

俺は桜庭を殴りたかった。殴ったからと言って俺の父さん、リサ、カンタが帰ってくるわけじゃない。だが殴りたかった。


「離せ……!お前を殴らせろ……!」

「だ~め。落ち着きなさい。私は貴方を殺すとは言わないし、事実を教えてあげるだけなの」


そういうと桜庭は少し首を傾げ、目を閉じた。

そしてただでさえ近いのにさらに顔を近づけた。

お、おいまさか……


「なーにを期待しているのかしら?」

「!?」


サッと離れる桜庭。へなへなと力が抜け、その場にへたり込む俺。

さっき土手で腰を抜かした時よりも脱力感が酷い。

見上げると桜庭が注射器を持っていた。首に手をやると、わずかに液体が付いている。


「貴方にはちょっと動けなくなってもらったわ」

「くっ……なぜだ、なぜこんなことを……!」

「また暴れられると困るからよ。さっきも言ったけど、私は貴方を殺すために貴方と接触したんじゃないの」

「かは……っ、分かった。暴れないから質問に答えてくれ」

「ふふ、いいコね」


力が抜けていく。壁に寄りかかり座るのが精いっぱいだ。

だめだ、完全に奴のペースに呑まれている。

桜庭はしゃがみこみ、俺の唇にまた、指を当てた。


「口を開けていいのは質問するときだ~け」

「じゃあ……質問させてくれ」

「だ~め。質問は話が終わってから」


なんだよそれ……最初から質問する権利なんてなかったんじゃねぇか……


「まずは、崩染花インパチェンス……貴方達は『運命の華』って呼んでたわね。それの説明をしようかしら。あれは崩染花の名の通り鳳仙花を基軸に作られた花。もう知ってると思うけど、花粉をまき散らしてそれが付着した人間、動物を呼び寄せ、喰らう生物兵器として開発された植物よ」

「生物……兵器……」

「そしてその花粉には増殖能力があってね。細菌のように時間と共に増えるの。そして水分を感知すると水分に取り込まれ通常の数倍の速度で増殖を進めるわ。そして黄色い雨となり降り注ぐ。そして降り落ちる中でもさらに増殖を進める為濃度が上昇し、粘度が増して粘液と化しているの。そして人体に触れた途端、細胞単位で粘液が入り込み、遺伝子情報を書き換えるの。最終的には花が出す蜜の香り……お風呂の香り。それを至高の場と幻覚を見せ、誘い込む……」


だんだん説明をする桜庭の息遣いが荒くなる。

話をしながら興奮しているのか、顔を仄かに赤らめ、時折生唾を呑んでいる。


「あぁ……おかしくなっちゃいそう。あんな薄黄色いねっとりとした濃い汁がかけられるのよ。想像するだけでもゾクゾクしちゃう……」


桜庭が両腕で自分を抱きしめる。


「……で、この雨の理由は」

「無論、唯一花を枯れさせる方法を知っているススム君に会うため。それと残りのこの世界の人類を洗い流す為。この世界の天候は私達研究者の意のまま」

「お前……何者だ……?」

「ねぇススム君、貴方はあの花に立ち向かうの?なぜ無抵抗に欲望のまま花に飲まれないの?どうして抗うの?」

「当たり前だ……『人間として生きたい。人生を全うしたい』ただそれだけの理由だ」


俺の言葉を聞いてか、桜庭はくす、と小さく笑った。


「なにがおかしい」

「インパチェンス計画としては全くのイレギュラー。それが貴方なの。それがただ1つの手毬歌を信じて動いてるなんて……ってね。ところで、ここまで来るのに違和感は感じなかった?」


違和感……?そんなもの、ここ数日感じていない訳がない。

だが奴はここまで来るのに、と言った。


「どういう意味だ」

「んぅ……質問に答える以外じゃ口を開いちゃだ~め」


桜庭から漂う甘い香りが鼻を刺激する。


「でも特別に答えてあげる。貴方が花を見て、政府が対応するのを見て、雨が降って、このビルに逃げ込むまでに感じた違和感よ」


俺は思い出した。大学まで走ろうとした道のり。ただ一つの違和感。


「人が……いなかった……」

「貴方、この世界の人口は言えるかしら?」

「60億人」

「うん、そうよ。では、貴方の住んでいる町の名前は?」

「船江町」

「そう、いいコね。その町の人口は?」

「およそ8万人」

「貴方は町の外に出たことはあるかしら?」

「いや……」

「つまり、そういうことよ」

「どういうことだよ!」

「あらあら……にぶちんは嫌われるゾ?」


桜庭はそういうと俺の鼻を小突いた。

すると不思議とさっきまでの脱力感が消滅し、立ち上がれた。


「私が『今』話ができるのはここまで。あとは貴方のご想像にお任せするわ」


桜庭は背を向け、廊下の方へ歩き出した。

まだ俺の質問は終わっていない。


「ま、待て!質問してもいいか?」

「あら、いいわよ……来て」


許可しない、という返事が返ってくると思っていたのだが、桜庭は微笑んで質問を促した。


「もし……もし!4日前のその雨で花粉に『感染』したというのなら、どうして同じ雨を浴びたはずの俺の父さんとカンタ達の粘液の発生にズレが生じたんだ?」

「花粉の増殖能力の都合上、大量に含まれた水分を放出しながら体内へと感染を進めるのだけど、若いコは水分が多いから感染までにタイムラグが生じるの。改善点の1つね」

「改善だと……改悪の間違いじゃないのか」

「あぁんもう、何度も言ってるじゃない。これは生物兵器。生ぬるい方法じゃだめなの」


また俺に近づき、俺の耳元でささやく。かかる息がこそばゆい。


「質問は以上ね。貴方以外に人はいない。……無力に足掻く様をこの私に見せることね」


桜庭がビルの奥へと消える。


「ま、待て!まだ終わりじゃねぇ!」


追いかけても返事はない。コツコツというヒールの足音が聞こえるだけで、姿は見えない。


「くそっ……何者なんだアイツは……」



俺はあきらめてロビーに戻った。

ガラスの玄関から外を見ると、さっきまでの黄色い豪雨はどこへやら、晴天が広がっていた。



「やはり……あそこに向かわなくては……」



俺は再度、大学へと足を進めた。





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