3章-手毬歌は響かない-
3章
携帯の着信音で目が覚める。
……カンタからだ。
「……もしもし」
「なんだ寝てたのか?」
「休みの日は昼まで寝るんだよ……」
「そうかい。それはそうと、一昨日のニュース見たか?」
カンタの言葉で思い出したくもない光景が脳裏によみがえった。
あれから2日経っているが、まだ胸のむかつきは癒えない。
「ああ。どうして今更……」
「昨日知ったんだ。うちの叔母さんがそれで花に……」
「お前のとこもだったのか……」
「俺が一昨日の朝、遊びから帰って寝る前に叔母さんとすれ違ったんだ。すっげー臭くてさ。なんか烏賊が焦げたような臭いだったぜ……」
カンタが言うには、カンタの同居人である叔母が家から風呂に入りたいと言ってすれ違ったが、カンタの叔母はもともと銭湯が大好きで花に向かうんだと気付かなかったらしい。
「まさかあんなことになるなんてな……」
「なぁ、カンタ」
「どうした?」
「お前はおかしくないのか?あの黄色い液体が付いてたりとか、烏賊臭かったりとか……」
「俺はなんともないぜ?烏賊臭いっつっても別の意味でだけどな」
「ははは、なら大丈夫か」
「あの花の様子を見に行きたいと思ってるんだけど、来るか?リサも来るって言ってたんだ」
「ああ、行くよ」
大量に人が死んだ。俺の父親が死んだ。なのに世間はいつも通りに回っている。ニュースももう花についてはやっていない。俺も俺で自分の父親が死んだというのに自分でもびっくりするほど冷静だった。19年間共にいた実の父親だというのに……未だ実感が沸かない、と言えば正しいのだろうか……
俺は着替え、細田川の土手まで自転車を飛ばした。
待ち合わせ場所である、土手が見渡せる橋の上に、リサが立っていた。
「ススム!」
「リサ、お前も無事だったんだな」
「ススムこそ。皆大丈夫だった?」
「いや、俺のところは父さんが」
「そっか……私のところもお祖父ちゃんが……」
「……そうか」
「それで、アレが……?」
「ああ。あれが例の花だ」
リサが見つめる先、そこにはすでに3メートルとなろう花の茎があった。
まだ花は咲いておらず、先端には蕾と思しき物がくっついており、葉は太陽に向けて伸ばしている。
その周りには何やら囲いが付いており、囲いの中には何人かの人間が重機を用いて周りに穴を開けている。
「あれは……?」
「様子を見る限り、政府の人間らしいよ。公共機関を総動員させて排除するんだって」
リサが携帯のニュースを俺に見せてきた。
……なるほど、重機を用いて引っこ抜こう、ってことか。
1人の作業員がロープを回す際に茎に手を付けた。するとその瞬間、その作業員が倒れこんだ。
「えっ!?」
倒れこんだ作業員に駆け寄る他の作業員。しかし作業員に触れる間もなく次々と作業員が倒れていく。
「なにが……起こったって言うの……?」
リサが驚きの声を上げる。俺は声すら出ない。
囲いの中にいた作業員全員が倒れると、ゆっくりと植物が動きだし、まだ未発達な蔓が1人1人をゆっくりと捕え、作業員が周りに掘った穴へ落とす。
「おそらく、あの黄色い粘液が茎にもついているんだろう……それで、あの粘液に毒性が」
「でも吸収するための花も無いし、一昨日の人たちは粘液が付いていても平気だったし、粘液に即効性はなかったはずよ?」
「分からん……だが……」
目の前で見た世界で思い出される一昨日の光景。……1つだけおかしな点があった。
俺が見た限り、植物に取り込まれる人々には若者はいなかった。あの時の行列は、皆中年ばかりだ。
先ほど倒れた作業員たちも、顔がわかりにくかったがほとんどが中年だ。
……俺の父さん、カンタの叔母さん、リサのお祖父さん。どうして少し歳のいった人ばかりが……?
「ススム、どうしたの?」
リサが心配そうに俺の顔を覗き込む。
「いや、なんでもない。にしてもカンタ遅いな……」
「カンタはちょっと寄り道してから来るって」
「寄り道?」
「なんでも、あの粘液を瓶詰したとか」
「へぇ……」
5分程待つと、カンタがビンを片手に走ってきた。
背中には大きなスコップを背負っている。
「はぁ、はぁ……お待たせ」
「おう。えらく重装備だな」
カンタのビンを持つ右手はゴム手袋を2重3重に重ねていて、厳重にガードしている。
そりゃああれだけの匂いと粘度だ、手に触れたら作業員のようになってしまうだろう。
「ビンに詰めるのが大変だったよ。なんせドロドロしててすぐに零れ落ちちゃうからな」
そういうとカンタは俺達を連れて花のある土手から少し離れた場所に移動した。
「これを見てよ、すごいことに気が付いたんだ」
そういうとカンタは俺にスコップを取るよう言い、俺に穴を掘らせた。
大体40センチ四方深さ50センチ程の大きさの穴が出来た頃、カンタがようやく俺に制止をかけた。
「それくらいでいいよ。離れて」
俺とリサは言われるまま後ずさり、カンタは俺が掘った穴にビンを入れた。
そのあとカンタも俺達の位置まで下がり、小石を穴に投げ入れた。
コツン
ビンに当たる音がしたと同時に、なにやら黄色い粉末状のものが飛び散った。
幸い穴が深かったために外に漏れることは無かったが、俺が掘った穴いっぱいに黄色い粉末状のものが蠢いていた。
粉……?花……?風呂……?
刹那、俺の中で何か閃光が走ったかのような感覚に襲われた。