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運命の華-A.Impatiens.Balsam.-  作者: 原案-tyari- 作-かっつん-
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2章-運命の華、開く-

2章



昨日はあれだけ遅くまでレポートをやっていたというのに、なぜか朝早くに目が覚めた。

大学の準備をしていると、母が俺を呼んだ。


「ススム!ちょっと来なさい!」


また俺の隠したエロ本が見つかったのかと思いきや、母は顔面蒼白でTVを見ていた。

TV画面には、ジョークとも取り得ない映像が流れていた。


「うちの近所よ……これ……」

「なに……これ……」


この時ばかりは、昨日の奇妙なサークルとチエとかいう黒縁メガネの事も忘れてしまうほどだった。


――――――――――――――――――――――


「繰り返します。昨日未明より、町中が異臭を放つ人で溢れかえっています。彼らは皆同じ所へ向かっており、集団の先頭は船江町商店街で、このままいくと川の方面に向かうことになります。警察が調べたところによりますと、彼らは皆『風呂に入りたい』と述べており、銭湯や自宅の風呂ではなく、川に向かっているのではないか、と推測されております。行進を続ける人々は皆、異臭を放っており、全身に薄黄色い粘液のようなものが付着しています。この行進は自動車や公共機関の運営も妨げ出勤ラッシュに混乱が発生しております。いったいどこへ向かっているのでしょうか……」


ヘリで集団の行進を追うカメラが船江町の先にある細田川に向けられる。


「あっ!な、なんでしょうあれは……!」


カメラがズームインすると、そこには巨大な植物が聳え立っていた。


「し、植物です!大輪の花を咲かせた植物が!」


――――――――――――――――――――――


チャンネルを変えても、同じニュースしかやっていなかった。

近所だし、仕方ないかな……と思いつつチャンネルを回していると、TVが映す行進する人ごみの中に、父親の姿を発見した。目は白目をむきかけていて涎を垂らし、気が狂ったかのように歩いている。


「と、父さん!?」

「あなた!?」

「俺、父さんの様子見てくるよ!」


そういうと俺は自転車の鍵を手に家を飛び出した。





細田川は俺の家から10分もかからない位置にある。

自転車を飛ばせばすぐだろうと思っていたが、川に近づけば近づくほど通勤客や野次馬たちがいて混乱しており、とても自転車では近づけない。しかしそこには……


「風呂だ……」

「風呂に入らせろ……」

「暖かい湯がほしぃ……」


百鬼夜行大名行列死屍累々。なんと喩えればいいのか異臭を放つ人々が列をなして行進していた。


「うっ……!」


烏賊を焦がしたような、そんな異臭。異常。

その人々を見ても、皆が涎を垂らし、半分白目を剥いている。


「父さんはどこだ……?」


この人だかりでは探せない。俺は遠回りしながらその植物があるといわれている細田川土手に向かった。




「なんだあれは……!?」


土手には1本の高さ5メートルを超える巨大な植物が生えていた。

その植物には桃色の大輪の花が付いており、そこからまるで銭湯のような露天風呂のような、風呂独特の匂いが漂ってくる。


「……こんな花、今までみたことがない」


行進する人々の先頭集団が、土手にたどり着いた。

皆聳え立つ植物を見るや否や、バーゲンセールのように植物に向かって走り出した。

他人を押しのけ警察が止めに妨害をしても跳ね除け進む様は人間の狂気さえ感じられた。

異様な光景。植物の周りを人が覆い尽したその時、


ビュルッ、ビシュッ!


植物がゆっくりと鎌首を擡げ、蔓を伸ばし人々を掴み、自らの花の中に順番に取り込み始めた。


「な……っ!?」


俺は己の目を疑った。

植物が人間を呑み込み始めたのだ。

その刹那、野次馬たちは恐怖し逃げ惑う。中継をしているマスコミは、われ先にとその光景を映す。とても放送できやしない光景を、熱心に撮影し始めた。


……誰も人々を助けようとしない。


「なんだ……これ……」


悪夢のような光景だが、夢ではない。頬をつねらなくても分かる。

あまりの光景に、自分の毛穴が開くのが分かるからだ。

植物は開いた花の中に集まっている人々を次々に放り込んだ。

人々は呑み込まれる中、快感の声を上げる。


「やっと風呂に入れた……臭いが取れる」

「天国だあぁ」

「んあぁぁぁああ」


まるで、温泉に浸かる人のように。

恐怖し逃げ惑う野次馬、熱心なマスコミをよそに、植物はどんどんと人を呑み込む。

蔓を使って持ち上げた人影には、俺は目を見開いた。

……父親だ。


「父さん!!」


俺は必死に叫ぶが俺の声は届かず、父親までも至福の表情で花に吸い込まれ消えて行った。

助けることも、止めることも何もできぬまま、集まった人々はすべて植物に取り込まれた。

すると、見る見るうちに花が枯れ、花弁は舞い散り、代わりに巨大な種袋が茎の頂点にぶら下がり生えてきた。まるで人の死を養分としたかのような巨大な種袋だった。

植物の茎は重さに負けてかゆっくりと倒れ、その種袋が地面に着くと同時に破裂し黄色い粉のようなものをまき散らした。


あたりは静かになり、悲鳴も何一つ聞こえない。吸い込まれた人々が戻ってくる気配はない。


その瞬間、急激な嘔吐感が俺を襲った。猛烈に嘔吐した。足が震える。立っていられない。これまでこんな恐怖は味わったことが無い。人が一度に大量に死んだのだ。現実離れした惨状。


その後家に連絡があり、大学が休みになった。大学がそのニュースを受け休講にしたのだ。何人かの教授もその中にいたらしい。

平和な日々が、崩れていく音が聞こえ始めた。









悪夢の大量死から一日。

被害にあった人々の追悼会に、認知症気味の曽祖父とともに参加した。

曽祖父はこの地域で一番長く生きており、もうすぐ105歳になる。

祖父や父より長生きしすぎたのか、ここ最近認知症が激しい。


「ひいじいちゃん、花を手向けよう……」


よろよろと歩く曽祖父に肩を貸しながら俺は父親を弔った。

曽祖父が手を合わせながらなにかぶつぶつ言っている。


「まだ続くというのか……」


続く?いったい何が……




その帰り道、車いすを押す俺に曽祖父が話しかけてきた。


「シンヤや……」

「ススムだよ僕は」

「ああ、そうだったね……ツトム……」

「ススム。どうしたのさ、ひいじいちゃん」

「儂が幼いころ、だいぶ昔の話さね……手まり歌を教えてもらってたんだ」

「……手まり歌」

「それをススムに教えたくてね……」


手まり歌?どうしてこんなタイミングで……これだからボケが来ている老人は……自分の孫が死んでるんだぞ……

車いすを押している俺の表情は曽祖父にはわからない。

曽祖父はゆっくりと口を開き、歌いだした。


「さだめのはなが あらわれて

 ならぬならぬと つたわれど

 なにがならぬと いうならば

 てんのなみだを うけざるや


 さだめのこなに ふれたらば

 あらえあらえと おもわれば

 きてはならぬと いうなれど

 ふろにはいるが ひとのさが


 さだめのはなが あらわれて

 かれよかれよと ねがわくば

 ちにあなをほれ よりふかく

 やつらにさきを つけざるや」


これまでとは全く違う、はっきりとした口調で曽祖父は歌い遂げた。

しかし、どうしてこのタイミングで……?


「……、……」

「おや、これでは不満だったかぇ……?」


気が付いたら曽祖父の口調がいつもと同じ口調に戻っていた。


「……いや」


俺はそれ以降家に着くまで、何も話すことは無かった。

南の空が曇っていた。

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