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運命の華-A.Impatiens.Balsam.-  作者: 原案-tyari- 作-かっつん-
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1章-何気ない一日-



1章


いつも通りの青空、いつも通りの通学路。そしていつも通りの友人たち。

俺の言ういつも通りはいつだって平和だった。


しかし、この時の俺はまだ、その平和が一瞬のうちに破壊され、救いなど微塵もないような世界に生きることになるなんて思ってもいなかった。







「ここだ、この教室が先生の言ってた教室じゃないか?」

「ここが……俺達の拠点になるんだ……」

「ねぇ、3人で一緒に開けようよ」


大学の講義も終わり、皆が部活やサークル活動に勤しんでいる時間。キャンパス技術棟4号館4階の暗い廊下をずっと突き進んだ先。4404教室。この教室で俺の、いや俺達の地味とはいえ充実した大学生活が始まる。

俺は山吹ススム。これから始まる大学生活が刺激のあり有意義であるために、新規のサークルを設立したのだ。数日前に学務に申請書を提出し、活動を始めた。

サークルのメンバーは5人必要で現在人員が足りないがこれから集めるという約束で設立の許可をもらった。

いまいるメンバーは俺を含めて高校時代からの友人のカンタと入学式の時に仲良くなったリサの3人だ。


「せーのっ」


3人でドアを引いた。誰もいないのなら鍵がかかっているはずなのに、逸る気分により鍵の存在を忘れ、勢いよく扉を開けた。

暗いながらも清々しい空き教室。そんなイメージで扉を開いたのはいいが、目の前に広がったのはそれとは全く異なる異質な空間だった。


カーテンではなくプロジェクターで映写するときに使用する暗幕で窓が覆われている。

所々にある机には、ホルマリン漬けの動物の標本が所狭しと置かれている。

棚には、スコップや鍬、線香や蝋燭、用途不明の十字架や、小さな棺桶まで置かれている。

そして、誰もいないと聞いていた4404教室には、お寺の修行着のような黒い服を着て首から数珠を下げた2人の女性と、1人の男性がいた。3人が共通して、泥と血のようなシミのついた修行着に身をまとい、静かに椅子に座り込んでいた。

1人の女性だけが、俺の目に妙に残った。赤茶色のおかっぱのような髪に、黒縁の眼鏡。暗い所為か瞳に光が見えず生気さえ感じられない。他の2人はどうでも良くなるほどに、印象的で、吸い込まれそうな真っ黒な瞳だった。

4404教室の光景を見て気味が悪くなったのか、リサは後ずさりし俺とカンタの後ろに隠れた。カンタが結構大きいためリサの姿はカンタに隠れてほとんど見えなくなった。

その異質な教室に入ろうとする、イレギュラーな3人組に気付いたのか、黒縁メガネではない方の女性が声をかけてきた。


「あら、珍しい。いらっしゃい。入部希望者かしら?」


対照的にこちらは明るい。

俺はこの雰囲気とその人たちから発する威圧感に押されながらも答えた。


「え、あ、いや俺たちは新しく立ち上げたサークル活動で、教授にこの教室を使うように言われた者です」

「はぁ、なるほど……入部希望者ではないのね。教室を間違えてるんじゃないかしら?」

「いや、ここで間違いないはずなんですが……」

「ふぅむ……ところで、貴方のお名前は?」

「あ、山吹といいます」

「ここは私たちの聖地。我がサークルを乗っ取りに来たんだな。残念だが私達は脅しに屈しない。お引き取り願おう」


いきなり、黒縁メガネの女性がカンタやリサではなく、俺を見据えて言い放った。

その声からは感情があるのかないのかさえも分からない。黒縁メガネの奥にある冷たい目でにらまれると、膝から下が動かなくなるようだった。この人は怖すぎる。そこで俺はもう1人の方の女性に質問した。


「このサークルは一体何のサークルなんですか?サークル一覧表にはこんなサークルは無かったはずですが……」

「そこに書いてある通りよ。このサークルは、古くからこの大学に存在している伝統のあるサークルなの。活動は一般には知れ渡っていないけどね」


彼女がそういって指し示す方向には、埃を被った看板が落ちており、そこには薄汚れた字でこう書かれていた。


『墓穴掘りサークル』


「ぼ、『ぼけつ』堀りサークル……?」


さっきまで黙っていたカンタが口を開いた。


「ふざけるな。我がサークルは『はかあな』堀りサークルだ」


そんなわけがないだろうと思っていたら案の定だった。

一番奥に座っていた例の黒縁メガネが立ち上がり、殴ろうといわんばかりにカンタに掴みかかる。


「もういい、乗っ取る気が無いのなら消えろ、入部希望者でないのなら消えろ、今すぐ消えろ!目障りだ」

「ひっ……ご、ごめんなさい……」


でかい図体で、図太い精神のカンタが、ビビっている。久しぶりにカンタがビビる姿を見た気がする。

いやというかそんな剣幕で詰め寄られたら俺だったらチビってる。


「ちょっとチエちゃん。初対面の人にそんなこと言わないで。ほら、手離しなさい。リョウ君、ちょっと手伝って!」


教室にいたもう1人の男性が読んでいた本を置き、無言で黒縁メガネを抱き寄せる。

その間にもう1人の女性が俺達に歩み寄ってきた。


「……ごめんね、怖がらせちゃったね。確かにこれは分かり辛いよね。このサークルは、墓穴はかあな掘りサークル。その名の通り、墓穴を掘るわ」


俺の背後でひっ、と小さくリサが悲鳴を上げた。女性がそれに気づいていないのか、鼻歌を口ずさみながら落ちていた看板の埃を払い、掛け直す。

……墓穴を掘る?意味がわからない。目的がわからない。全く情報が掴めない。唯一分かったのが、あの黒縁メガネの名前がチエという名前だということだけだ。


「ま、まさか他人の墓穴を掘り返して……とかそういうことを?」

「そうねぇ、みんなそう思うらしいわ。でも違うの。私たちの活動は死んでしまった動物の墓穴を掘ってあげること。世界各地で、ペットや野生動物が死んだ時、依頼を受ければ、墓穴を掘りに行く。主に象とか、国や宗教によっては神聖な動物の埋葬とかが多いわね」

「動物専門の葬式屋、ってことですか」

「簡単に言えばそういうこと。でも詳しく説明すればそうではないの。私たちは世界の儀式や埋葬について研究し、どのような墓穴を掘るべきか。どう埋葬すべきかを研究しているわ。また、人形とか使い古したお札やお守りとか、物の供養も行っているの。私達は埋葬のための穴を掘るのが本業。穴を掘ることに関してはどこにも負けないわ」


今の説明でようやく納得がいった。動物の標本、線香、泥のついた服にスコップ。ただのオカルトサークルではなかったようだ。にしてもかなりピンポイントである。こんなものが伝統的なのか……

チエがリョウと呼ばれた男性の手を振りほどき、言った。


「分かったか、私たちがしていることがどれだけ神聖であるか。気が済んだらとっとと帰れ。用が無いなら二度と来るな」


チエは顎で俺たちをあしらい、自分の席に戻り、本を読み始めた。

なんだあの言い方……動物の埋葬をしているわりには、優しさのかけらも感じられない。


「ごめんなさいね、チエちゃんはああいう子なの。あ、あなたたちの名前を聞いておきながら私達が自己紹介してなかったわね。私はマイ。あそこに座ってる無口な人がリョウ君。で、この子がチエちゃん。もしサークルに用があったらここまで連絡してくれるかしら?」


そういうとマイは俺に名刺を差し出した。


「新規サークルがんばってね」

「は、はい」


俺たちはその雰囲気に押され部屋を後にした。

その帰り道……


「おいススム、なんだったんだよあの連中は!特にあのメガネの冷たい女。人間かよ」

「ホントだよね、私怖くて足震えちゃったよ。墓穴掘りサークル……活動してるのかな?」

「してるんだろうけど……俺も正直きつかったぜ。あんなサークルがこの大学にあったんだな」

「にしても部屋がかぶるなんて……アンラッキーというか、手違いと言うか」

「また明日教授と話して、違う場所を見に行けばいいじゃん」

「そうだな。もう二度と関わらないさ、あんな奇妙なサークルには」

「俺も二度と行かねぇぞ。夢に出てきそうだ、あの奇妙な目」

「私も。あ、もうこんな時間!私今日カラオケの約束があるから先に帰るよ。じゃーね!」


リサは手ぶら同然の荷物を振り回しながら、俺たちに背中を向け、走り去っていく。


「俺も友達の家で遊ぶことになっているんだ。じゃ!」

「カンタ、お前もか……」


リサもカンタも俺を置いてそれぞれの道へと帰っていった。


「ちぇ……まったく、俺は家でレポートかよ……」



どこかへ寄るような元気もなかったし、その日は俺だけが真っ直ぐ家に帰った。





その日の夜遅く、隣町では、予報もなかったのに大雨が降ったらしい。俺はレポートに一生懸命で、雨の音など聞いてはいなかった。

夜遅くに家に帰る人々は、その雨を浴びていく。予定外の大雨。傘を持っている者は少なかっただろう。




その時は、まだ誰も異常には気づいていなかったんだ。その雨が、死の雨だったということを。

救いようのない悪夢の始まりだった。

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