3-1step 稲妻の如く
「おはよー……」
「ああ、お早う。飯はそこに置いてある」
「いつも通りの和食?」
「焼き魚の種類と大豆料理が変わってる。文句言うなら飯抜きだ」
「横暴だ!」
「自分で飯作れるようになってから言え」
そんな風に起きて自分の部屋からリビングに降りてきた麻音と下らない、でも、とても大事な言葉をかわす。
……人って、いつ死ぬかわからないもんな。俺も、麻音も。
特に俺は、ノメドとの戦いで普通の一般人よりも死ぬ可能性が格段に高い。
母さんも、通り魔にやられて死んだし、他人を守る戦いに身を投じることに迷いがある訳じゃない。
死ぬのが怖い訳でもない。ただ、俺が死んで、誰かが悲しむなら、絶対に死ねない。それに、
「どしたの?顔に何かついてるかな?」
「……いや、よく食うな、て思っただけさ」
「何それ!?」
今のこの、平和な日常が消えるのだけは、死んでもごめんだ。
「そういえば、お前朝練あるとか言ってなかったか?もう七時だぞ」
「えぇ、ホント!?急がなきゃ!」
「いってらっしゃい。と」
どたばたと出ていく演劇部のホープの姿を見送りながら、俺は食後の茶を啜る。平和だ……
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「トオル君!なんか久しぶりにトオル君とお話しする気がするよー!」
「気のせいだよ佐東さん」
昨日も話したってのに。
「でもでもっ、トオル君特別課外活動部に所属したから話す機会減るかなーって」
「あぁー……」
確かに、あんまり話せなくなるかもしれない。それより何より、今、解決しなければならないことがある。
「あ、あのさ、佐東さん、とーっても言いづらいんだけどさ、」
「何ー?トオル君」
「その……豊満な胸が背中に当たって幸せだけど周りの視線に射殺されそうっていうか」
背中からギューッと抱きつかれて麻音と同等かそれ以上の感覚が背中にぃ!?しかもそのせいで周りからの視線が恐ろしいことに!?暴徒と化したら止められる気が全くしないほどの殺気!
俺割と手練な自信あったけど鍛え直そうって本気で決意するレベルだよ畜生!
「当ててんのよー」
「なにィ!?」
予想外の答え返ってきました!?はい殺気が倍率ドンでさらに倍!
ちょ、掃除用具入れに得物を探しに行くな!?筆箱からハサミを取り出すなホチキスを取り出すな!
そしてどっから出しやがったその裁縫用具!?どこを縫い合わせるつもりだよもう!?
「「「マァーダァーラァーメェー……!」」」
「いやぁぁぁ!クラスメイトが亡者と化したぁー!たっけて田中(彼女いない歴=年齢)ー!」
「うん、多分前の学校での友達だったんだろうけどその括弧の中身いるかなぁー?」
「俺の中では大事な情報だかんね!」
佐東さんの言葉に叫んで返しながら襲い来る亡者の対処をする。
「シネェ!」
「あっぶね!?」
眉間を的確に狙ってきたハサミの一撃を上体を反らすにようにして躱し、持ち手に拳をぶち込みハサミを弾く。
ってか、眉間にハサミって殺す気まんまんじゃん!?
しゃあない、鞭取り出さなきゃ死ぬ予感ぱねぇ。
「マダラメェ!」
「蛇攻鞭!」
突き出されたデッキブラシが俺の顎を揺らす前に鞭で胴体から相手を吹き飛ばす。そしてその吹き飛ばされたクラスメイトは壁に激突して動かなくなった。よし。
え?容赦ない?仕方ないよ殺らなきゃ殺られる。何かもうこの教室弱肉強食の自然の摂理が確定しちゃってるし。
「「くたばれぇ!」」
「殺されてたまるか畜生!縛蛇鞭ぇん!」
同時に拳を繰り出してきた二人を飛び越し、二人同時に鞭で縛る。
「殺っていいのは殺られる覚悟のあるやつだけだァ!」
そして二人を力任せに投げ飛ばすと、亡者と机を大量に巻き込みながら転がっていく。これで大量に減った。残りは28分の5(この2組の男子生徒の数は俺と條保を除くと28人)。全員得物は持っていないようだが、気を抜くと、殺られる……!
「っはっ!」
「くぅっ!」
そのうちの一人が繰り出してきた蹴りをピン、と張った鞭の弾力を利用し、真上に上げる。急所ががら空きになった!
「そこぉ!」
「無駄だ!」
俺は金的を狙い蹴りを放つが、軸足で跳ばれ狙いが逸れる。しかもその蹴りの威力で回転しながら踵落としを放ってくる。待って、ノメドよりもつえぇ。
「危ねぇな!」
回避の意味も込めてバク転し、そこからカウンター狙いでサマーソルトを放つ。そのサマーソルトは見事に鳩尾に突き刺さる。よし、沈んだ。
「たぁ!」
「ぐぉ!?」
そして仰向けに倒れて立ち上がろうとしていたので鳩尾にストンピングしてトドメを刺す。
「それで終わりだと!」
「思っちゃいないっ!」
後ろから殴りかかってきた奴に回し蹴りをぶつけようとするも、タイミングが早かったらしく、拳を弾く程度に終わる。反応が早くて致命打与えられないっておかしくないか?あれか、ディバイン・アームズでの戦いのせいか。
そんなことを考えながら更に襲ってきた他の奴含め4対1の戦いをしていると、不意に扉が開いた。
「ちぃーっす!トオル君居るかなぁ?あ、いたいた。歩さんが支給したいものがあるから駐輪場に来いって。あと、なんで男子生徒の大半倒れてて君鞭取りだしてんの?ワケわかんない」
開いた扉からレン……氷川兄が教室に入ってきた。よく考えたら敬意払う必要性、ないや。
「氷川兄か。いやな?ちょっとした事情でこいつらが襲って……ッ!来てっ、降りかかる火の粉を払っているだけさ」
「ふぅん、じゃあ、動き止めるから今度何かしら奢ってよ」
そう氷川兄が軽く告げ、両腕を指揮者の様に振るうと、亡者共がピタリ、と動きを止める。
どうやったのかと思い目を凝らすと、細い糸のようなものが見える。なるほど。鋼線か。
「悪い、助かった」
「クスクス、良いよ別に。PDAの通信には気を付けてね。他のメンバーの救援要請だってそれに入るんだから」
「今度から、気をつける」
制服のポケットからPDAを取り出すと、着信履歴に一通りのメンバーからの連絡が3周分来ていた。やべえなあこれ。
「ああ、そうだ」
俺は思い出したように佐東さんに顔を向ける。
「行ってくるよ。佐東さん。あと今度からああいうのは誰も見てないところで。なんて」
「うん、ごめんね?あんなことになるとは思ってなくて……」
「まあうん、普通は思わないもの。ま、佐東さん可愛いんだから。俺、勘違いしちゃうよ?」
「してもいいよ?」
「ブフッ!?」
「うわートオルクンのスケコマシー」
俺の気障なセリフにまさかの返答。その反応は期待してなかった!嬉しいけど!超嬉しいけども!
「ッ、ゲフンゲフン。それじゃあ氷川兄。連れて行ってくれ」
「はいはいー。んじゃ、お騒がせしましたーってね」
そして俺は氷川兄に連れられ駐輪場へと向かった。
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「いや、だからさぁ。下からこう、せり上がってくる感じがいいと思うんだよね、俺。キミ達にはわっかんないかなぁ~?」
「むしろその逆で上から落ちてくる感じにして耐久度をアピールすると同時にサスペンションの柔らかさをアピールすべしと言っているんだおやっさん」
「ってか流石にそろそろ来るだろうから時間ないしこの埃よけの白いシーツ剥ぎ取るだけでいいじゃん」
「「もうちょっとかっこいいほうがいい!」」
「だあっとれこの変なとこで息合ったバカ二人!」
「……なぁ、帰っていい?」
「ん?ダメに決まってんじゃん馬鹿なんじゃないの?」
俺が氷川兄に問うと氷川兄は眩い笑顔で馬鹿にする。いや、あれ見て帰りたくなるのも仕方ないじゃん?俺は悪くない。悪いのはあの馬鹿二人。
「ま、行ったら普通に渡してくれると思うし。何くれるのかは知らないんだけど」
「心当たりとかは?」
「うーん。早く移動するための手段とかかな。僕ももらってるし」
「何を?」
「ベオウルフ」
「神話の生き物!?」
「あと、いや、違うんだよ。バイクにつけた名前。ワンオフだから自分で名前つけたんだよ」
「そ、そうか……」
俺は少しほっとしながら、疑問を抱く。あれ?もしバイクだとして、なんで俺がちゃんと自動二輪免許持ってること知ってんの?
取らぬ狸の皮算用だという可能性もあるが、そんな無駄なことを歩さんが……するか。普通に。いや、ヒカルがするだろうか。あの、『なんで脱皮するってわかってんのに蔦使わなかったんだよ馬鹿』とか言ってきたあいつが。え?超根に持ってるって?はは、ねーよ。
「でもさ、俺がもし、自動二輪免許持ってなかったらどうするつもりなんだ?」
「地獄の特訓受けて今日のうちに強制的に取らせに行くだろうね。タスクがそれくらってたし」
「持ってて良かった自動二輪!」
財布の中、十六の誕生日に取った免許を握りながら涙する。地獄の特訓とか、嫌な予感しかしねぇ。具体的に言えば小一時間机に貼り付けだとかバイクで爆薬だらけのコース1分以内に完走しろとか。
「んまっ、持っていようとオーバースペック過ぎてぶっつけ本番で乗りこなすとか無理だけど」
「は?」
束の間の安心だったようだ。どんなんやねんスペック。
「確か……僕ので最高時速500キロ「千切飛べと申すか」何故に武士口調さ」
「500キロって新幹線超えてんじゃーん!空気抵抗パないじゃーん!」
「大丈夫大丈夫。基本的には自分が耐えられるスピードしか出さないようにしてるしー。120キロくらいまでしか出したことないよぅ。まあスペックにもピンキリだし。僕や輝兄ぃのはオフロード。アクロバティックな動きができるタイプだね。んで、タスクとユウキ兄ぃのはオンロード。舗装された道を最高速と馬力で押し切るタイプ。キミのは……どうなるんだろうねぇ?」
「知らんよ」
「またまたそんなこと言って~。どうせそんなこと言ってピーキーなの渡されても、あっさり使いこなしそうじゃない?……本当、羨ましいね、その才能ってやつ」
そういう氷川兄の目は、とても冷たく、とても暗い、そんなイメージを抱かせるような目だった。俺、そんなに強くも偉くもないんだがな……まあ、気にせず行こう。
「俺は天才じゃない、秀才ってやつだ。色んなもんに手ぇ出してるからなんでもできそうに見えるだけの、只の、ハリボテだよ」
「君がハリボテだったら僕らは何?バラっバラのゴミクズ?っは、冗談うまいね。さて、そろそろ止めなきゃユウキ兄ぃが負けそうだ。さぁ、行こうか?ト・オ・ル・ク・ン♪」
「……あぁ」
しまった。地雷だったか。まあ一遍友達にギャルゲやらされた時に爆発させまくったからな。こういう時の選択肢はよーわからん。
「連れてきたよぅ」
「普通に見せてくださいなお二方。新品のピカピカなのに乗りたいんですけれど」
「だとさ、父さん、ヒカル。さっさとどきなよ」
「いや、違うな。だとしたら……」
「そう、シーツを誰が取るか決めなくちゃならない。じゃあ、行くぞ。おやっさん」
「Okey,Dokey!」
「「さい、しょは!」」
「はい、これがトオル、お前のMachineだ!」
「「あぁっ、ずっけぇ!」」
アホなことし始めた二人を置いて、ユウキがシーツを外す。
「これは……!」
そこには、黄色い、ロードバイクが……
「冗談だよな?」
「あれ?これ違う。ちゃんとmotorbikeだったって。間違ってもこれじゃない」
「そう!すり替えてっ……!」
「てめえか。巫山戯たのは」
俺は歩さんに向かって鞭を振るう。技使う必要もねぇ。
「まあうんすり替えたのは俺だけど……痛い痛い痛い!やっぱ君サディストっしょ!?」
「違ぇよ。なぁ。他の全員バイクやらで追っかける中俺だけチャリンコでカシャカシャやってるとか……俺は道化か?」
「君、本当太郎に似てんねぇ。……たたたっ!鞭で叩かないでいったい!」
緩める必要はないな。だってこんなわけわからんいたずらとか。いじめか。
「なんでじゃあロード?なんでこんなこと?」
「いや、これから見せるのうちのマッドな科学者たちがランナーズハイになって仕上げたものでさ。ハイテクっていうか使い方が独特過ぎて普段の生活に使いにくそうな奴なんだよ。ピストバイク的な」
「え?あれ競輪用で公道禁止じゃ?」
「それノーブレーキ。ブレーキつければ運用可能だって」
へぇ。そうなんだ。テレビで公道禁止って出てたからなぁ。それよりも。
「じゃあ本物は?」
「こっち」
歩さんが指差す方を見ると、そこには何もないように見えたが、景色が一部分だけ揺らいでいた。……もしかしてあそこ?
「見つからないように光学迷彩シーツ掛けといたんだ。……んじゃ、お披露目!」
そう言って歩さんがシーツを取ると、普通の黄色い別に何処もおかしい所がない……いや、尻の部分にコンテナがあるな。それ以外は普通のオフロードバイクが置かれていた。
「……どこが、おかしいんです?」
「あー、うん、見てたらわかる」
そう言って歩さんがハンドル部付近についている機械を操作する。そうするとバイクが起動し、エンジン音が響き始める。……何がおかしいのか、全くわからない。
「音声認識なんだ、通くん、ちょっとこのハンドルに向かって『チェンジ、スパーク!』って叫んでみてくれない?声紋登録も済ませたい」
「え?いいですけど……」
手招きされるまま近づき、ハンドル部に顔を近づける。
「チェインジ、スパァーク!」
そう叫ぶと、音がいきなり歯車が外れるような音に変わった。噛み合ってたものが外れていくというかなんというか。そんなことを思っているといきなりバイクが前へと加速した。コンテナが顔の側面へと休息で迫る。受け止める?無理。避ける?間に合わない。なら……!
「たあぁっ!」
「「「「無理やり飛び乗った!?」」」」
左手でハンドルをつかみ、スピードによる遠心力で俺の体はハンドルを支点にして宙に浮く。そのまま右手でもハンドルをつかみ、腕力と腹筋で無理やりシートに腰を下ろす。よし、上手くいった。さて、ハンドルを切って……曲んね。た、体重移動で……う、動かねぇ。
「ちょっと!?これ曲がれな、ぎゃぁーっ!」
「「「と、トオルーっ!?」」」
「あー、もっかい『チェンジ、スパーク』って叫べば戻るのに。普通そうは思わないかなぁ?」
思わねぇよ、と心の中で突っ込みながら地面に叩きつけられた俺は、その場で意識を手放した。
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「……酷い目にあったなぁ」
医務室のベッドで目を覚ました僕は、右手に違和感を覚えて目の前に持ってくる。そこに金色の指輪の姿は見当たらなかった。
「なんなんだろう?」
そう思って辺りを見回すと、二つに折りたたまれた紙切れが置かれていた。おそらく手紙だ。
開いてみるとそこには『どこでも使えるようにD・アームズに登録するために借りてるだけだから心配すんな』と丁寧な文字で書かれてあった。ユウキからだろう。不安になってるってよく気づかれたな。
「あれ、通クン、どうしたんだ、ンネッ!医務室なんかで」
「……條保か」
不意に声がしたのでそっちを見ると中性的な情報屋がヘラヘラと笑いを浮かべながら医務室へと入ってきた。
「別に。新装備の受領の時に事故って気絶しただけだよ」
「そうかい。ならいいんだけど、ンネッ!」
條保は机の引き出しから包帯を取り出してブレザーを脱ぎ、シャツの袖を捲って巻きつける。
「怪我?っていうか消毒は」
「済ませた。ただ包帯巻いてるのは布が擦れてたら痛いだろう?それから守るためだ、ンネッ!」
「ふーん、俺はまあいいが。……収集の時、か?」
「判ってるなら聞かないで欲しい、ンネッ!ま、ヒステリー起こされたのさ。カッター持ってるなんて思わなかった。浅かったけど、ンネッ!」
「そうかい」
それから無音の静寂が場を包む。喋る事、ないんだよなぁ。
「……そうだ、聞きたかったことがある」
「何、真面目な声色で」
「何で、ボクらを助けた?君なら、一人で逃げられただろう?」
「……目の前で死なれちゃ、夢見悪きからな」
「それだけじゃあないだろう?何か、別の理由があるはずだ。君は賢い。聡明だ。苗木裕香のとき、あんな状況で依頼人が疑える根性もだが、僕に情報を聴きに来たのは裏付けが必要だったから。行動にしっかりとした基盤が欲しかった。違う?」
「……まあ、そうだが」
「だからこそ疑問なんだ。君は安定性を重視しているように思える。他のSEAEのメンバーならほぼ確実に大体の目星をつけたらその時点で行動してる。……だからボクは奴らが嫌いだが、なのにあの時はなぜ自分が確実に助かる道を選ばなかった?」
「だから言ってるだろう。夢見が悪いと。後悔したくないだけさ」
俺はそう言ってベッドから起き上がる。痛みは引いたみたいだ。普通に歩ける。
「ふぅん。なら、今日は佐東さんから目を離さないほうがいい、ンゼッ!」
「なんで?」
「過激なストーカーが狙ってる。今日、君は騒ぎを起こしたらしい、ンネッ!?1時間目はサボってたから詳しくは知らないが。さて、武器がないなら取りに行って、守りに行ったらどうだい。今日の騒ぎで拉致監禁なんて行動起こしかねん」
「……さんきゅっ、情報料はまた今度な!」
「サービスだ、いらないさ。頑張りなよ、稲妻?」
その條保の言葉を背に受けながら部室に向かって走り出す。もうちょっと、早く起きればよかったかな。