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「で、新しく入ったキミに、早速仕事を与えませう」
歩さんがいきなりぬかす。うん、普通はノウハウとかいろはとか教えてくれてからじゃあないのか?
「普通なら、ね。流石に会社じゃ新人教育させてるけど、この特別課外活動部は普通じゃない。あぁ、キミの得意分野、聞いてなかったね」
「……料理ですが、あまりこの場で役に立たないんじゃ」
「いやいや、この中じゃ出来ても不味くはない、程度だから。俺以外」
「腹に入れば一緒」
「料理、僕食べる側だから!」
「紅茶に合えばいいや」
「なんかダークマター生まれる」
歩さんの言葉に四者四様多分うまい順に並べてユウキ≧ヒカル>>レン>>>>(越えられない壁)>>>>タスクといった感じだろうか。流石に麻音でもダークマターは生み出さない。
「ま、そういう訳で料理関係の仕事はまっっったく受けられなかったのが受けられるようになったから実に価値があるよ。ま、この仕事には関係ないがね」
「無いんですか」
「うん、今回の依頼はねー、浮気調査」
「ここは興信所じゃなかったよなぁ!?」
まさかの依頼に思わずタメ口になりながらツッコム。いや、そういうの俺らがやるようなもんじゃないって。
「あのね、別に結婚してる訳じゃないから興信所も相手にしてくれないよ。だから、SEAEに依頼が来るわけだ」
「はぁ」
尤もな言い分に俺は頷く。だが、どっかにいった七瀬先生以外の全員から見つめられ続けるのもこっ恥ずかしい。
「でもね、一つ、問題があるんだ」
「何がです?」
「簡単簡単。このメンバー全員、そういうの専門の情報屋に、嫌われちゃってるんだよね」
歩さんは申し訳なさそうに苦笑する。
「で、知られてない、嫌われてないのが俺だけってことですか」
「そういうこと。その子は人間関係のスペシャリストでね、ま、俺達にも色々裏があるから、嫌われちゃった。その子の名前は……」
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「やぁやぁトオルクン、話とは、なんだ、ンゼッ!」
「お得意様になりそうだ、の言葉を肯定しに来たのさ。お前にはあのときから読めてたのか?四月一日、いや、條保」
俺は夕暮れ時で窓の外の空を見ると真っ赤な今、歩さんが道楽で経営しているという喫茶店、『Heaven's road』へと来ている。割りと破格な値段設定だが、儲けを考えていなかったらこんなものだろう。スタバ以上、他の喫茶店以下位の値段設定だ。ってか、珈琲がめちゃくちゃ安い。ブルマンが一杯五百円だと!?俺の東京時代の行きつけじゃこの倍はとっていた。だからモカのアメリカンしか飲まなかったが。
「キミがボクを名前でよんでくれるなんて、一体どういう風の吹き回しだ、ンネッ!?」
「情報を買いに来た。なら、それなりに敬意を示すのが当然だ」
「ふぅん、全く、出会い頭に殴ってきたり、そうかと思えばノメドから逃がそうとしたり。本当、興味がつきない、ンネッ!」
條保はカフェ・オ・レを啜りながら肩を竦める。器用だな。
「なら、対価は?一人につき何がいくら必要か。知らなきゃいくらキミでも依頼は受けない、ンゼッ!」
「この喫茶店のスペシャルミックスフラペチーノ一杯。それで一人前」
「合言葉は?」
「sweet memory(甘い記憶)。気取ってるな?」
「こんなことしてるのも、昔ながらの情報屋、って奴に憧れてるからだから、ンネッ!それに、こっちの方がトラブルに巻き込まれ難いから、ンネッ!どっかのデビルハンターもそうだろ?面倒事には巻き込まれたくないのさ」
「そうかい」
そう返すと俺も珈琲が冷める前に飲もうとカップを傾けブラックのブルマンを啜る。香りもさることながら、味わいも缶珈琲の某ジアとはまるで違う。一度親父が買ってきたたっかいブルマンと同じ(ドリップしたのは俺、親父のために小学生の頃淹れ方をマスターした)、深いが、爽やか。苦味が舌を刺激し起こした瞬間旨味が通り抜ける。これが、五百円とは。恐るべし、大企業の社長の道楽。
「で、誰について聞きたいんだ?」
「苗木裕香って人の依頼でな。霧ヶ丘舜って人が浮気してないか、人間関係を洗いたい」
「おいおい、依頼者明かしてもどうすんだ、ンネッ!?」
條保が目を見開いて俺に問う。本気で驚いていやがるな、こいつ。
「俺個人の依頼でな、この苗木についても調べておいてほしいんだ。なんか、気になって」
「ふぅん、ま、ボクは報酬さえいただければいいんだけど、ンネッ!」
條保はカフェ・オ・レの最後の一口を啜り終え、カップをテーブルの上に置いた。
「すいません、スペシャルミックスフラペチーノ二つ」
それを合図に片手をあげ、近くを通ったウェイトレス(美人)に注文を伝え、ついでに御代わりを要求する。どうせ経費で落ちる。飲ませてもらおう。
暫くすると、グラスに入ったトッピングが思い付く限りすべて入り、黒、茶色、白、バニラ色が美しいグラデーションを描くフラペチーノが二つ、湯気の上がるブラックコーヒーがテーブルの上に丁寧におかれる。
確かに、このフラペチーノは一杯千円の価値がある。いや、それ以上かもしれない。
「霧ヶ丘の方は、僕の情報が正しければ恋人が一人いたはずだ。その恋人に一途だな。詳細はまたあとで送るよ。パソコンに纏めたデータを見ながらじゃなきゃ判断しづらい」
條保は頭、米神を指で叩きながらふざけた調子が消え失せた口調で話す。
「もう、わかってる癖に」
「はっ、キミにだけは言われたくはない、ンネッ!」
俺の言葉に、條保はふざけた調子をとりもどしながら返す。
「それで、キミは何故、おかしいと感じたんだい?詳しく教えてくれる、ンネッ?」
「あぁ、どうせ聞かれると思ってたさ。明日にはきっとマムシみたいなノメドと戦うことになりそうだし、その前に話しておこう。あれは……」
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「だから、ワタシは舜が浮気していないか、確かめたいの。彼は素敵だわ。だからこそ、取り巻きは気にせず、愛し続けてきたの。でも、不安なのは変わらない。時々彼はなにかに怯えているの。その不安を、取り除かなきゃ」
俺が最初に苗木裕香、という女性を見た第一印象は、とても、儚い印象を持っていた。幻想的な外見は、どこか不安な気持ちにさせる。
「……では、あなたは彼が心配だからこそ、浮気調査したいと」
「えぇ。きっと、彼は悪くないの。ただ、少し過ちをおかしただけなんだわ。彼は正義感が強いから、些細なことでも罪悪感に責められるだけなの」
苗木さんは、とても気が気ではないようで、震える手をギュッと掴んでいた。
「ワタシが直接聞いたら、彼はもっと罪悪感に責められる。だから、あなたたちに調べてもらって、ワタシは、そんなこと気にしてないわって笑いながら許してあげるの。彼の辛そうな顔、もう見たくないから」
「はあ」
俺はそう生返事を返しながら観察する。
多分に予想、推測が含まれるが、この人はあまり向こう側が見えていないのだろう。いや、彼の周り、自分にすら興味がない、と言うべきか。ここまで人を愛せるのは、羨ましくもあり、おぞましくもある。
「では、とりあえずこの、霧ヶ丘さん?の女性関係を洗いたい。と」
「えぇ。そういうことになるわね」
服の端々にフリルがついているところを見るに、改造可能なのを最近知った一年生、といったところか。恐らく一ヶ月弱待てば紺色のゴスロリブレザーに形を変えることだろう。
「では、依頼内容の再確認は完了です。この件はこの俺、特別課外活動新入部員、斑目通が引き受け、出来る限り依頼者の意を汲み取った結果を出すことを約束しましょう。尚、ノメドが関わる場合はその限りではないので御容赦を」
マニュアルに書いてあった口上を読み上げ、依頼の契約書の『引請人』欄に『斑目通』と記入し、SEAE印の契約完了判を押す。これが完了したときはこの上から二重丸の太鼓判を押すことになる。取消の場合は×印。
「では、お願いするわ、先輩」
「接客モードは終了だ。何かあったら連絡しよう」
そういって俺はあらかじめ渡されたブザーを渡す。平仮名だけだが登録された携帯にメールで連絡することも出来る。
「……一つ、聞いておきたい」
「……何かしら」
「もしも、もしもだ。その霧ヶ丘が浮気していたら、そいつをどうする?」
「言ったでしょう?笑って……」
「そっちじゃない。浮気相手の方だ」
「そうね……」
苗木は下唇に指を当て、艶かしい印象を与えながら考え込む。
「殺しちゃうかも、ね」
その目は、どこまでも透き通り、なにも隠していないことも、冗談じゃないこともありありと映し出していた。
「……そうかい。ま、好きにすればいいさ。他人や、不相応な力に頼らなければ」
「えぇ。当然」
そして去っていく姿を、俺はぼう、と見送っていた。
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「で?私に聞きに来たの?」
「ああ。演劇部のホープなら演劇部の新入りの話も聞いているかと思ったしな」
講堂、演劇部の練習場所で麻音に食堂で買った野菜のピューレが入った温野菜スープを手渡しながら聞く。流石の俺もここまで手の込んだものを短時間で作り上げられないし、スープカップに湯気の出たまま渡せない。基本この暖かい季節手作りの昼食のスープはもっぱらビシソワーズだ。冷たいのに繊細な味を保ったままにしたいならこれ程適したスープの調理法はないと思う。
勿論このスープも絶品で、中身はコンソメに近い味わいでキャベツが具として入っていて、表面に浮いたピューレは十種類どころかマイナーチェンジ含めればその乗倍は下らないだろう野菜がそれぞれ主張しながら、されど調和した限りなく理想に近い味わいを産み出し、ピューレとコンソメのハーモニーを味わうことが出来る。いつか材料すべて当ててこれよりうまいの作ってやる。
「んー、あの子の事だよね、あの、爽やかな子」
そういって麻音は霧ヶ丘を指差す。うむ、写真と同じ顔だ。人違いではないだろう。
「ああ。間違いないな」
「うーん、あの子が誰かと付き合ってるとか、聞いたことないけどなぁ」
「そうなのか?まだ聞いてないだけとか」
「いや、結構部内、そういうコイバナ、広まりやすいよ?それも演技の幅が広がるって事で別に禁止されてはないけど。でも、やっぱり聞いたことないよ。彼が誰かと付き合ってるとか」
麻音はそうはっきり答えると、ひとつ付け加える。
「そういえば、最近『視線を感じる』って、怯えてるなぁ。割りと彼、演技得意だからそれさえ克服すれば次の演目の主演か副演任せようと思ってるんだけど……」
「そうなのか」
「あ、でさ!」
麻音は元気よく俺の袖を掴む。
「これで話終わりならさ。練習、見てってよ!私の演技見たことないでしょ?」
「ま、演劇部のホープってのもお前からの手紙に書いてあっただけだしな。その真偽を確かめてもいいが……」
俺は空いてる右手で呼びに来たであろう部員(推定Gカップ)を指差す。うむ、走ってきているため胸が揺れる。麻音も中々スタイルがいいがああいう奇乳一歩手前の胸もまた眼福也。
無論、クールではないので表情には慈愛の微笑みを浮かべたままだ。
「急いで呼びに来るくらいなんだ。どれだけ演劇部にとってお前が重要か、わかってるさ。時間とらせて悪かったな」
「あ、うん……」
少し寂しそうな顔をする。しゃあない。
ぽすっ
「え?」
「家に帰れば顔も見れる。だから今は手のひらで我慢してくれ」
「ふふっ、このキザヤロー」
「安心しろ、狙い通りだ」
そんな他愛のない会話を済ませると、左手をヒラヒラと振りながら講堂から出て、携帯のタッチパネルを操作する。
「ああ、もしもし。なんだ?鳩が豆鉄砲食らったような声出して。かかってくると思わなかった?嘘つけ、その割にはワンコールで出たじゃないか……」
そして目的の人物にアポイントメントを取ると、俺は待ち合わせ場所へと向かっていった。
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「……てな訳さ」
「大体料理の感想だった気がするけど……まあいい、ンゼッ!で、キミはこんなことを聞こうとしたんだ。この依頼の内容、どういう事か、察しはついているんだろう、ンネッ!」
「あぁ、十中八九、ノメドが絡んでいるんだろうな。苗木、麻音、そしてお前。この三人の情報に、食い違ったところがポッカリと穴を開けてやがる」
「こんなの、少年探偵の漫画で黒タイツ着た奴が犯人ってよりも、立ち絵があるモブが超重要な役割があることより分かりやすすぎる、ンゼッ。どうせキミは裏付けがとれた材料を使って真実かどうか、確かめたいだけだろう、ンネッ!?」
條保が大仰な見栄を切りながら考えをのべる。割りとその見栄はやめてほしい。喫茶店内の注目が僕たちに集まってる。
ええい仕方ない。そのノリに付き合ってやる。
「ああ、料理と同じだ。下ごしらえは丹念に、それをしたのとしないのじゃ、結果は雲泥の差だ。干物作るなら開かなきゃ。刺身作るなら捌かなきゃ。目的には辿り着けないさ」
そう腰に手を当てながら言いのけ、言い終わると同時にコーヒーをぐいっ、と飲み干し、伝票をとってレジへと向かう。
「支払いはしておく」
「またのご利用、御待ちしてる、ンゼッ!」
そのままレジへと向かい、領収書を切り、ドアを開けカランカランと乾いた金属音を鳴らしながら、生暖かい目で見送られながら喫茶店を後にする。
「……なんで、のっちゃったんだよ。オレのバカ」
風が、すごく目に染みた。
四月一日 條保 年齢 十七才 誕生日 4月1日 身長 175㎝ 体重 60キロ
【情報屋】を名乗る少年。
通と同じクラスで、、その縁から通と知り合う。専門分野は【人間関係】。報酬は【カフェ・ヘブンズロードのスペシャルフラペチーノ】。報酬を支払うと口頭で伝えたあと携帯に相関図を送るという方法で情報を売る。ふざけているとき、余裕のあるときには語尾に『ンネッ!』もしくは『ンゼッ!』と付く。そのせいでよく通るに殴られたりするが、情報屋としての腕は確か。髪色は暗いオレンジのショートカット。
名前は【情報(條保)売る(ワタヌキ=ウール)】から。