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霊真気形躍如れいしんきけいやくじょ

 鋭い声にはっと目を開けると、青白い光が視界に射しこんできた。

「破ァ!」

 土や礫石(つぶていし)が八方に飛び散り、もうもうと土煙があがる。その中に青白い光をまとう黒衣の男と大きな鴉が見えた。

 天翔丸はほっと息をついた。

「陽炎! 黒金! なんだよ、出てこられるんならさっさと出てこいよ!」

 黒金が片目を見開いてにやりと笑う。

「そりゃわしらに助けてほしいってことかァ? 頭を下げて『お助けください陽炎様黒金様』って頼めば助けてやってもいいぜ?」

 天翔丸は即答した。

「おまえらの助けなんかいらねえ! も一回埋まってろ!」

 尸鬼が天翔丸の髪から手を離し、大鴉と黒衣の男をめずらしげに眺めた。

「ほほう、なかなか強い霊力をもっているようだな、わしの捕縛から脱出するとは」

「見物してんのに飽きたんだよ。ちょいと調子にのりすぎだぜ、尸鬼」

 濁声の大鴉が身体をふるって土を落とし、ぎらりとした赤い目で尸鬼を見据えた。

「尸鬼は寿命尽きる前に命を落としたものの屍に残留する生気を吸い、殺生をせずに生きる慎ましやかな生物だ。おめえのしていることは尸鬼の本分にもとる行為だぜ。なぜ命を奪う?」

 尸鬼がせせら笑った。

「なぜ? 知れたこと、屍に残るわずかな弱い生気をすするより、生物から大量の強い生気を奪った方が美味いからに決まってるじゃないか。強者が弱者を喰らう、何が悪い?」

「自分が強者だって言いてぇのかァ?」

 黒金が耳障りな声で嘲笑した。

 尸鬼の顔が不快でゆがむ。

「鴉、どうして笑う?」

「ゲッゲッゲ、おめえが大きな勘違いをしてるからよォ。強い奴ってのは、自分の力で自分より強いものに挑んでいくもんだ。そうやって己を磨く。弱い奴ほど自分より弱いものを虐げる。おめえみたいに死霊の弱みにつけこみ、だまし、従えて虚勢を張る」

 尸鬼がとっさに返す言葉につまる。たたみかけるように黒金が言った。

「生物を喰らいたいなら自分で狩れよ。それとも狩りをするのが恐くて死霊にやらせてんのかァ? ゲッゲ、とんだ臆病者だぜ」

「だ……黙れえ!」

 尸鬼の顔に朱がのぼった。

「わしが何をしようと、貴様らには関係ないだろ!」

「関係なくはない」

 黙していた陽炎がふいに口を開いた。

「おまえが死霊をだまそうと虐げようと関知(かんち)はしない。だが、おまえはしてはならないことをした」

「してはならない? 何のことだ?」

「味見などというふざけた理由で鞍馬天狗の顔に傷をつけ、血を舐めとった。そればかりか、こともあろうに薄汚い足元に鞍馬の主を跪かせ、叩頭させた。身の程をわきまえぬその所業ーー」

 錫杖を鞘からぬきはらい、鋭い声で断じた。

「万死に値する」

 表情は無。だが蒼い双眼に激しい怒りが燃えあがった。

 尸鬼は顔を真っ赤にして怒号した。

「黙れ黙れ黙れえ! どいつもこいつもわしを莫迦にやがって! おまえたち全員、生気を吸いつくしてやる!」

 まずは手近にいる鞍馬天狗に噛みつこうとしたが、矢のように飛んできた錫杖にそれを阻まれる。

「ちっ!」

 尸鬼は駆け出し、墓場の片隅にあった地面の穴に手をつっこんだ。その巣穴に棲まう野鼠を捕まえ、牙をたててかぶりついた。ごくごくと喉を鳴らして生き血を吸う。暴れていた鼠はやがて四肢がたれて動かなくなった。尸鬼は鼠の死骸を塵芥(ごみ)を捨てるように投げ捨てる。

 生き血から生気を得た尸鬼に変化が現れた。爛々とした目をつりあげ、鋭い牙をむき爪をのばし、その身をめきめきと音をたてて膨らませてふた回りも大きくなる。血でべったり汚れた口を広げ、尸鬼は咆哮した。

「おまえたちはわしを屍の生気をすするだけの弱い生物だと思っているだろう? 尸鬼が弱いのはまともな食事をしておらず力が出ないからだ。だが大量の生気を吸い、生き血を飲むわしは並の尸鬼とは違ーー」

 尸鬼が言い終わらないうちに、錫杖がその身を打ちはらった。

「ぐわあっ!」

 ふっとばされて墓石に激突する。その右足が変な方向に折れ曲がっている。骨を折られたのだが尸鬼は平然と笑っていた。

「ふっ、効かんなぁ。尸鬼には屍を腐敗から防ぐ能力があり、ちぎれた手足をくっつけることもできるのだ。この程度の骨折、すぐに治してーー」

 またしても最後まで聞かず、錫杖が襲いかかった。

「ぐほおっ!」

 今度は左の足を折られた。

 冗長な尸鬼の話にまったく聞く耳をもたず、陽炎は無言で、無表情で、双眼に怒りをたぎらせて尸鬼の骨を折った。尸鬼は多少の怪我は簡単に治すことができるが治すにはいくらかの時間が必要で、陽炎はその時間をまったく与えなかった。

 腕、肩、肋……骨が次々と折られ、尸鬼が寄生しているかごめの屍は壊れた人形のようになって倒れた。

 その惨状に、天翔丸の中でかごめが悲鳴をあげた。

「うぐ……ぐ……!」

 尸鬼の顔にはっきり怯えが浮かぶ。相手がこれまで捕らえてきた喰われるだけの獲物とは違うことに、ようやく気がついた。

「よ、寄るな!」

 地を這って後ずさる尸鬼の声を無視し、陽炎はじりと迫る。

「く、鞍馬天狗がどうなってもいいのか!? わしがかごめに命じれば鞍馬天狗は即座に死ぬぞ!」

「その前におまえの息の根を止める」

 脅しに対し、陽炎は脅しで答えた。

「あの死霊はおまえの力でこの世につなぎとめられているにすぎない。おまえを殺せば力を失い、自然消滅する。消滅するまでいたらなくとも、ただの付着霊ゆえ祓うのはたやすい」

 尸鬼の顔が青ざめ、大きく震えた。この男の言うとおりであり、そしてかごめが鞍馬天狗を殺すより自分がこの男に殺される方がおそらくーーいや、間違いなく速い。

 踏みだした陽炎は一瞬で距離を縮め、尸鬼の目の前に立った。

「ひいぃ……っ!」

「鞍馬の主に対する数々の非礼、その命であがなえ」

 銀の錫杖がふりおろされた。

 が、それを阻むものがあった。間に割りこみ錫杖を受けたのは幅広の黒剣、七星だった。

「かごめの身体を傷つけるんじゃねえよ」

 天翔丸は瞠目している陽炎を七星で押し離し、尸鬼に逃げる間を与えた。

 黒金があきれ果てて言った。

「誰が敵で誰が味方かもわかんねえのかよォ? 莫迦は死ななきゃ治らないみてェだな。陽炎、そんな莫迦ほっとこうぜ。阿呆らしくて付き合ってられねェ」

 思わぬ相手からの思わぬ妨害に、陽炎はすっかり怒りを削がれた。小さく息をつきながら錫杖を下ろし、平静さをとり戻した蒼い瞳を天翔丸にむけた。

「どうするつもりですか?」

「いいから下がってろ」

 陽炎はしばし天翔丸を見つめ、やがて後方に下がった。黒金もやれやれと肩をすくめながら高所の枝にとまって傍観を決めこむ。

 天翔丸は尸鬼と対峙し、そして力強く告げた。

「来い、尸鬼。おまえの相手は俺とかごめでする」


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