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 土気色の顔をしたかごめと、青白い顔をしたかごめ。

 天翔丸は二人のかごめを交互に見て驚愕の声をあげた。

「なっ!? か、かごめが二人……!?」

 土気色のかごめが、青白いかごめをつりあがった目で見下ろした。

「死人の血酒を飲ませて獲物を麻痺させる……なぜこの程度のことがまともにできぬのだ? この役立たずが」

 かごめの手首を握っていた杖が自ら離れ、宙に浮いた。そして柄の部分が開いて手となり、それがいきなりかごめの顔を殴った。さらに髪をひっつかんで引きずり倒し、容赦なく先端で打ちすえる。かごめの悲鳴が広間に響いた。

「や、やめろ!」

 何がなんだかわからなかったが、天翔丸は反射的に青白いかごめを背にかばい、鞘からぬきはらった剣を杖めがけて振った。

 杖は剣をよけ、土気色のかごめの方へ飛んでいき、その腕にはまった。戻った手の具合を確かめるように指先を動かしながら、土気色のかごめがにたりと笑う。

「小僧、わしの大事な手に何をする」

「おまえ……誰だ!?」

「かごめ、やれ」

 刹那、冷水を浴びたような悪寒が天翔丸の全身を貫いた。背にかばっていたかごめが突然抱きついてきて、そのままするりと溶けこむように身体の中に入った。

「うっ!?」

 強烈な寒気に襲われた。体温が低下し、身体の芯から震えがくる。それきり身体が動かなくなった。

 天翔丸には経験があった。体内に異物が入ったこのおぞましい感覚。以前、死霊に憑依されたときと同じだった。

「かごめ……おまえ、死霊か!」

《そうよ。私、死んじゃったの》

 頭にかごめの暗い声が響いた。

《私は笑えなかったわ。あなたのお母さんみたいに……失明して、もう生きていけないと思ったから、崖から身を投げてしまったの》

「な……じゃあ、あいつは……!」

 もう一人のかごめがくつくつと笑いながら答えた。

「わしは尸鬼(しき)、かごめの(しかばね)に奇生している鬼よ。かごめが死んでも死にきれず死霊となって己の屍にすがりついているのを、わしが救ってやったのだ」

 寒気に震えつづける天翔丸に、体内からかごめが話しかけた。

《私、もう一度生きたいの。でも身体は崖から落ちてぼろぼろになっちゃったの。獲物を捕まえてくれば尸鬼様が身体を治してくれるっていうの。目も治して、生き返らせてくれるって》

 尸鬼がかごめをなでるように言った。

「あぁ、生き返らせてやるぞ。そのためには獲物が必要だ。さあかごめ、捕らえた獲物をわしに献上しろ」

《はい》

 天翔丸の足が勝手に動きだした。意志に反して、一歩二歩と尸鬼の方へ歩いていく。憑依している死霊に歩かされる。

「かごめ、よせ……!」

《あなた、言ったわよね。私にも生きる資格があるって。だったら……私が生きるために、尸鬼様に食べられてちょうだい》

 天翔丸は几帳をへだてた隣室にむかって叫んだ。

「おい、陽炎! 黒金! 琥珀!」

「一緒に来た者たちを呼んでいるのか? それならば、ほれ」

 尸鬼がだん!と足を踏み鳴らした。

 瞬間、床や壁がゆがんだかと思うと、霧散して跡形もなく消え失せた。

「な……!?」

 目に見えていた邸も調度もすべて幻。幻が消えて代わりに現れたのは、折れた卒塔婆や崩れた墓石。そこはさびれた墓場のど真ん中だった。

 陽炎と黒金と琥珀はそこにいた。その生首が、墓前の地面に並べてあった。

 悲鳴をあげる天翔丸を、尸鬼はおかしそうに笑った。

「あわてるな。首だけを残して、身体は地中に埋めているのだ。殺すと鮮度が落ちるからな。ああして眠らせて埋めておけば、腹が減ったときにとりだして新鮮な生き血を吸えるだろ。いわば保存食だ」

 死んではいない。天翔丸がほっとしたのもつかの間、尸鬼が言った。

「かごめ、腹が減った。早くその獲物を」

 かごめは天翔丸を歩かせ、尸鬼の前に立たせて献上した。

「見れば見るほど美味そうな小僧だ。さぁて、どこから喰らおうか……」

 尸鬼が品定めをするように天翔丸の身体をべたべたさわり、ねっとりと頬にふれると、離しざまに爪の先で引っ掻いた。

「……っ!」

 頬の鋭い痛みが走り、血が赤い線をひきながらつたった。

「まずは味見といこう」

 尸鬼は吐き気のするような臭い息を吐きながら顔を寄せ、舌をのばし、天翔丸の頬をつたう血を舐めとった。

 瞬間、尸鬼が息をのんだ。

「うお……お……うおおぉぉぉっ!!」

 尸鬼は雄叫びをあげ、跳びあがり、地面に倒れてごろごろとのたうち回る。

 何が起こったのかと天翔丸が呆然としていると、尸鬼は目をかっと見開いて叫んだ。

「う、うまいっっ! うまいぞぉぉぉぉぉ! なんという美味!!」

 どうやらあまりのうまさに感動して転げ回ったらしい。尸鬼は蛙のように跳び起き、天翔丸にひたと視線をそそいだ。

「小僧……おまえ、人間じゃないな? 人間はこんな美味じゃない。いったい何者だ?」

 答えないでいると、胸元で目覚めた雲外鏡がぺろっとしゃべった。

「こやつの名は天翔丸じゃ。またの名を鞍馬天狗という」

「ーー鞍馬天狗だとぉぉぉっ!?」

 尸鬼は目をむきだし、絶叫した。

 天翔丸はあわてて雲外鏡に言った。

「こら雲外鏡! なに勝手に答えてんだよ!?」

「おぬしが答えんから、代わりに答えてやったんじゃろうが。何者かと問われたらきちんと己の名と立場を告げるのが礼儀じゃぞい」

「莫迦っ、相手をちゃんと見てから言え!」

「ひょ?」

 尸鬼は目を剥いたまま立ち尽くしている。

「鞍馬天狗……鞍馬天狗! おまえがかの高名な鞍馬天狗なのか!? 最強と名高い鞍馬天狗をわしは捕らえたのか……!!」

 名高いのは天翔丸ではなく先代の鞍馬天狗であったが、代替わりしたことを尸鬼は知らない。

「そうか! 天狗の血肉は極上の美味だと聞いたことがある! そうか! あの笛の音、いやにうまそうな強い生気を感じる音色だと……どおりで!」

 尸鬼はうんうんとうなずきながら一人納得し、そして満面に歓喜を浮かべた。

「まさしく極上の獲物! 今宵は鞍馬天狗を(さかな)に、祝いの(うたげ)としようぞ!」

 天翔丸は尸鬼の熱い視線にひるみながら、雲外鏡に抗議した。

「見ろ! おまえがよけいなこと言うから、あいつ、俺を喰うってはりきってんじゃねえか!」

 牙を剥く尸鬼を見て、雲外鏡はようやく自己紹介など必要のない相手だと気づいた。

「うーむ、こりゃすまんことをしたのう。悪かった。お邪魔なようじゃから、わしゃ寝るぞい」

「こら待て、寝る前に教えろ! 尸鬼の弱点は!?」

 と言ったときには時すでに遅く、雲外鏡は瞬時に眠って沈黙してしまった。

「この寝ぼけぼんくら鏡!」

 尸鬼が鼻息荒く興奮しながら、かごめに語りかけた。

「かごめ、喜べ。天狗は強い生気をもった生物だ。わしがそいつを喰らえばわしの力が増し、すぐにおまえの身体を治すことができる。いよいよ生き返ることができるぞ!」

 天翔丸は胸が高鳴るのを感じた。こんな状況なのにうれしいーー尸鬼の言葉に反応してかごめが喜んでいる。天翔丸は胸をぐっとおさえつけながら、体内のかごめに訴えた。

「嘘だ。一度死したものが生き返ることはできないんだ。かごめ、あいつの言ってることは全部でたらめーー」

(ひざまず)け」

 足が勝手に折れて、天翔丸は尸鬼の前に膝をついた。

「頭が高いぞ。叩頭(こうとう)しろ」

 地に両手をついて土下座する天翔丸の様に、尸鬼は両手をたたきながら跳びはねて狂喜した。

「ふはははは! 見ろ、頭を下げておる! 鞍馬天狗がこのわしに屈伏しておるぞぉぉぉぉっ!」

 かごめは尸鬼の忠実なしもべだった。

 天翔丸は歯をくいしばり抵抗した。

「んぎぎぎぎ……だあっ!」

 力をふりしぼってなんとか頭を上げたが、すかさず尸鬼に髪をつかまれて、

「誰が顔を上げていいと言った? もっとしっかり叩頭せんか!」

 額を地面に打ちつけられた。

「ぐ……っ!」

 尸鬼はひとしきり笑うと、髪を引っ張って天翔丸を引き起こし、顔に臭い息を吐きつけた。

「鞍馬天狗、たぐいまれなるおまえの生気と血肉、じっくり味わわせてもらうぞ」

 抵抗を試みるも力は内側から死霊に抑えられて思うようにならない。尸鬼の牙が首筋にせまり、天翔丸は痛みを覚悟して目をつむった。


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