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 天翔丸は子猫の姿に化けた琥珀を懐に入れ、かごめの後につづいて鞍馬山を下山した。後ろに陽炎がつづき、その肩には身体を小さくした黒金がとまっている。

 ふと、天翔丸はかごめが左手に持っている杖に目をとめた。

 妙な杖だった。黒い柄は節くれだった大きな手の形をしており、かごめの細い手をがっしりと握りこんでいる。その先端はまるで生きているようにかつかつと軽快に地面を跳ね、かごめが杖をついているというより、杖がかごめを引っぱっているように見える。

「その杖、なんだ? なんか変じゃないか?」

 天翔丸がさわろうと杖に手をのばすと、

「ーーさわらないでっ!!」

 かごめは悲鳴をあげるように叫んで、杖を抱えこんだ。驚いて目をしばたたく天翔丸に、かごめはあわてて頭を下げた。

「も、申し訳ありません! 大切な杖なんです……これがないと歩けないので……」

「歩けない?」

 天翔丸はひょいっとかごめの顔をのぞきこんだ。かぶっている被衣で気づかなかったが、その両目は固く閉じられていた。

「かごめってさ、ひょっとして目が見えないのか?」

 重い沈黙の後、かごめは小さくうなずいた。

 天翔丸は黒い瞳を輝かせた。

「そうなんだ! 実はさ、俺の母上も目が見えないんだ!」

 天翔丸がこの世でもっとも敬愛する人物は、都で暮らしている盲目の母である。

「いやぁ、奇遇だな! なんか他人とは思えないな。いや、もう他人じゃないよな」

 少女に母との共通点を見つけて、初対面という距離は一気になくなった。親しげに距離をつめてくる天翔丸に、かごめは沈鬱につぶやいた。

「あなたのお母さんも私と同じなんですね……かわいそう……」

 天翔丸は目をぱちくりとした。

「かわいそう? なんで?」

「何も見えないんじゃ、何もできない……泣き暮らすしかないでしょう」

「いや? 母上はいつも笑ってたぞ」

 かごめは驚いたように顔をあげた。

「……笑う?」

「おまえさ、自分をかわいそうだなんて言うなよ。そりゃつらいこともあるだろうけど、嘆いていても仕方ないだろ? 生きてればそのうち楽しいこともあるだろうし、どうせ生きるなら笑った方が得だぞ」

「……」

「……かごめ? どうした?」

 かごめは再びうつむき、そのまま黙りこんでしまった。

 天翔丸は困った顔で頭をかいた。母は盲目であることを嘆くことなく、いつもおだやかに微笑んでいた。だが皆が母のように心が強いわけではない。それに事情もよく知らないのに簡単に『笑った方が得だ』などと言うのはあまりにお気楽で無神経だったかもしれない。

 何と声をかけたものか考え、ふと思いついて、かごめの傍らに立った。

「俺、いつも母上の付き添いをして、お手を引いてたんだ。ほら、おまえの手も引いてやるよ」

 言って、かごめの手を握った。

 瞬間、ひやりとした。細く冷たい手にはぬくみがまったくなく、まるで氷を握ったよう。

 かごめはあわてて手を引きぬいた。

「かごめの手、冷たいな」

 見ると、その肩も小刻みに震えており、ひどく寒そうだ。

「大丈夫か? そんなに震えて。鞍馬山で少し休んでいけよ」

 かごめは首を横にふった。

「早くあなたをお連れするように(あるじ)から言いつけられています。急がないと叱られます」

「おまえの身体の方が大事だろ。主人には俺から言ってやるから、休んでいけって」

「言いつけを守らないと」

「でもさ」

「お気遣いも付添いも結構です」

 かごめは天翔丸に背をむけ、杖を頼りにして再び歩きだした。

「おまえ、真面目だなぁ。ちょっとくらいさぼったってわかりゃしないのに」

 ぶつぶつ言いながら、天翔丸はかごめの後につづいた。


 かごめに案内されて天翔丸がたどりついたのは、鞍馬山からそれほど離れていない山間だった。濃い霧にかすんで、一軒の大きな邸が建っている。貴族が住むような立派な邸だ。

「へえ、近くにこんな邸があったんだ」

 大きく立派な門は、客人を待っていたかのように広く開かれている。

 その前でかごめが立ち止まり、ふいに問いかけてきた。

「……私に資格があると思いますか?」

「え?」

「私には身寄りがありません。このとおり目が見えなくなって、まともに働くこともできず、この杖がなければ歩くこともできません。こんな私に……生きる資格があると思いますか?」

 背をむけたままの、けれどどこかすがるような問いかけに、天翔丸は力強く答えた。

「ある」

「ではーーどうぞ」

 かごめに促され、天翔丸は歩きだした。門をくぐり、邸の敷地内に足を踏み入れたその瞬間だった。

「ーー!?」

 背筋がぞわっと粟立った。ほぼ同時に、懐の琥珀も身震いした。

「天翔丸、ここさむーい」

 確かに、まるで一筋の光も届かない冷たい川底にでもいるようだった。

 天翔丸は背後にいる陽炎にちらりと目をむけた。同じように門をくぐって入ったが、特に何も感じなかったのか平然としている。その肩にいる黒金も同様だ。

(ただ寒いだけか)

 この二人が何も言わないのなら、問題はないのだろう。

「どうぞ」

 かごめに導かれて、天翔丸たちは邸の奥へ奥へと進んでいく。その姿が門から見えなくなったとき、風もないのに大きな門がひとりでに閉まった。


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