5.入れ替わり
私は干し柿の皿を見つめたまま、しばらく黙っていた。
毒の仕組みは分かった。
でも。
だからと言って、どうする?
私はゆっくり息を吐く。
「……問題はここからなんだよね」
ファジョンが静かに答える。
「干し柿をお下げします」
「え?」
「もう召し上がる必要はありません」
私は苦笑した。
「それじゃ駄目」
「なぜでしょう」
「だって」
私は肩をすくめる。
「毒だって分かってる物を急に食べなくなったら……向こうに気づかれる」
皇后は馬鹿じゃない。
むしろ、とても頭がいい。
だからこそ、こんな方法を使う。
「尻尾を掴みたいんだよね」
私は言う。
「この毒、誰がどこまで関わってるのか」
でも――
ファジョンは首を横に振った。
「それ以上摂取するべきではありません」
声は静かだが、強い。
「ウーユエ様のお身体が優先です」
私は腕を組んだ。
「うーん……」
確かに。
毒だと分かっているものを食べ続けるのは、さすがに危ない。
しばらく考えて。
私はぽつりと言った。
「じゃあさ」
「食べなきゃいいんじゃない?」
「……はい?」
「宮廷の食事を」
私はにやりと笑った。
「食べなきゃいい」
ファジョンが一瞬だけ黙る。
「自力調達ですか」
「そう」
私は頷く。
「どこかで食材を手に入れられないかな」
宮廷は広い。
厨房、菜園、倉庫。
何かしらあるはず。
「……」
ファジョンは少し考えた。
そして――
「でしたら」
と言って、懐から布を取り出す。
私は目を瞬く。
「それ何?」
「衣です」
広げると、灰色の簡素な服。
女官の衣。
ただし――
「下級女官のものです」
私は目を丸くする。
「用意してたの?」
「念のため」
さすがファジョン。
仕事が早すぎる。
「着替えてください」
「えー」
私は笑う。
「面白そう」
数刻後――
私は鏡の前に立っていた。
粗末な衣。
帯も簡素。
髪も結い直されている。
「……誰?」
思わず言う。
そこにいるのは、皇女じゃない。
ただの女官見習いだった。
「問題ありません」
ファジョンが言う。
「内宮ではよくある顔です」
それ、褒めてる?
まあいい。
「じゃあ」
私は言った。
「探索、行こうか」
内宮は広い。
女官たちの往来。
香の匂い。
遠くで水の音。
私は歩きながら周囲を見回した。
「……すご」
思わず呟く。
「本物の宮廷だ」
「ウーユエ様」
「声」
「あ」
私は口を押さえる。
そのときだった。
中庭の一角。
子供たちの集まりが見えた。
十人ほど。
四歳くらいから、十二歳くらいまで。
皆、同じ服。
「女官見習い」
ファジョンが言う。
「今日入宮した子たちでしょう」
点呼前らしい。
まだ集まっている段階。
その少し外れ。
一人の女の子が、うずくまっていた。
私は足を止める。
「……あの子」
近づく。
「どうしたの?」
声をかけると。
女の子が顔を上げた。
涙でぐしゃぐしゃ。
「……」
「大丈夫?」
しばらくして――
小さな声。
「ホンニャン」
「え?」
「私の名前」
「……ホンニャン」
「虹の娘、って書くの」
「どうして泣いてるの?」
ホンニャンは唇を噛む。
「……父が」
ぽつりと言う。
「病気なの」
私は黙って聞く。
「宮廷に食材を届けに来た農夫が」
「今日教えてくれた」
声が震える。
「父は……」
「私を送り出すために、黙ってた」
涙がこぼれる。
「でも……看病できるの、私だけ」
小さく言う。
「帰りたい」
私は黙った。
周囲を見る。
まだ点呼は始まっていない。
名簿も、確認も、何もない。
集まったばかり。
つまり――
宮廷はまだ、誰が誰か、把握していない。
「……」
私は思案する。
子供の数さえ合えば――
問題ないのでは?
誰が推薦された子か、どこの出身か、まだ分からない。
なら――
代わりがいても、分からないのでは?
私はふと考える。
宮中に――
把握されていない人間。
そして――
これから宮中暮らしをしても問題がない人間。
「……」
待って。
それって。
私は思わず笑った。
「……ねえ」
ホンニャンを見る。
「帰りたい?」
ホンニャンは泣きながら頷く。
「うん」
私は小さく息を吐いた。
「じゃあさ」
「一つ提案がある」
ホンニャンが顔を上げる。
私は言った。
「私と」
「入れ替わらない?」
風が吹いた。
木々が揺れる。
そして私は思う。
これなら――
この子を逃がせる。
そして――
私は自由に動ける。
「……悪くないかも」
私は小さく笑った。




