4.陰謀
「調べて参りました」
静かな声とともに、ファジョンが部屋に入ってきた。
私は寝台の上で身体を起こす。
「早かったね」
「薬房の記録はすぐ確認できました」
さすがファジョン。仕事が早い。
「で?」
私は薬の器を持ったまま聞く。
「何が入ってた?」
ファジョンは淡々と答えた。
「主薬は桂枝湯に近い処方です」
「桂枝、生姜、大棗、甘草、芍薬」
私は目を瞬く。
漢方っぽい。
やっぱりそういう系か。
ファジョンは続けた。
「効能は体を温め、発汗を促し、風邪症状を改善するもの」
「倦怠感や食欲不振にも処方される薬です」
なるほど。
理屈としては、ものすごく普通。
「用法は?」
「一日一回、食後」
「……」
私は黙った。
ファジョンが続ける。
「薬房の記録にも問題はありません」
「毒物の記録もなし」
「調合も通常通り」
つまり。
「普通の薬、ってこと?」
「はい」
ファジョンは頷いた。
「薬そのものに問題はないと判断します」
――。
私は薬の器を見つめる。
数秒。
沈黙。
頭の奥で、何かが引っかかる。
「……待って」
私は顔を上げた。
「もう一回言って」
ファジョンが少し首を傾げる。
「薬草の種類でしょうか」
「うん」
ファジョンが繰り返す。
「桂枝、生姜、大棗、甘草、芍薬」
「効能は体を温め、発汗、風邪症状の改善」
私はまた黙る。
何かが――
引っかかっている。
でも。
分からない。
そのとき。
ふっと、記憶が浮かんだ。
――大学。
看護学部。
授業のあと。
私はある先生を捕まえていた。
看護論担当の先生。
そして――
めちゃくちゃ食べることが好きな人だった。
「食べ物ってね」
先生は楽しそうに言っていた。
「健康の基本なのよ」
私は頷いていた。
「でもね」
先生は指を立てた。
「食べ合わせによっては毒になるの」
「え?」
私は目を丸くする。
「例えば有名なのは」
「うなぎと梅干し」
「あー聞いたことあります」
先生は笑った。
「それからね」
「柿とカニ」
「この組み合わせは昔から体を壊すって言われてるの」
「へえ」
私は感心していた。
先生はさらに続ける。
「食べ物でも薬でも」
「単体では問題なくても」
そして言った。
「組み合わせで毒になることがあるのよ」
――。
記憶が途切れる。
私はゆっくり顔を上げた。
胸の奥で、何かがはまった。
カチリ、と。
小さな音がした気がした。
「……あ」
私は呟く。
ファジョンがこちらを見る。
「ウーユエ様?」
私は薬を見る。
そして言った。
「薬は問題ない」
ファジョンは頷く。
「はい」
私は続ける。
「でも」
ゆっくり言う。
「食事は?」
ファジョンの目がわずかに細くなる。
私は薬の器を指で回しながら言った。
「この薬」
「食後に飲むんだよね」
「はい」
私は息を吐いた。
そして聞く。
「最近、甘味とか届いてる?」
ファジョンは少し考えた。
「……ございます」
「皇后様より」
私は顔を上げる。
「何?」
「干し柿です」
その瞬間。
全部、つながった。
桂枝、生姜、胃を刺激する薬。
そして、柿。
タンニン、胃酸、結合。
胃の不調、吐き気、食欲不振、頭痛、倦怠感。
全部――
ぴったり合う。
「……なるほど」
私は小さく笑った。
ファジョンが言う。
「何かお気づきに?」
私は薬の器を見つめたまま答える。
「薬は無罪」
そして静かに続ける。
「柿も無罪」
ファジョンが黙る。
私は顔を上げた。
「でも」
「組み合わせれば」
私は小さく笑った。
「毒になる」
部屋の中が静まり返る。
窓から風が入る。
私は薬の器を持ち上げた。
「……上手いなあ」
思わず呟く。
「だって」
「誰も罪にできない」
私は干し柿の皿を見た。
甘い香り。
そして、思った。
なるほど。
確かにこれは――
とても宮廷らしい。
「……面白いじゃん」
私は小さく笑う。
宮廷の陰謀。
どうやら――
思っていたより、ずっと手が込んでいるらしい。




