3.効かない薬
それから、数日が経った。
部屋は見違えるほど変わった。
窓は毎日開けるようになり、湿った空気は外へ逃がされる。
重たいカーテンは外され、光が差し込むようになった。
掃除も徹底した。
梁の隅に生えていたカビは削り落とし、布や寝具は干され、部屋には風が通るようになった。
正直、別の部屋みたいだ。
――まあ。
その数日間、私はまた寝込んでいたんだけど。
「……うーん」
寝台の上で小さく唸る。
身体はまだ重い。
すぐ息が上がるし、頭もぼんやりする。
でも……、前よりは、少し楽だ。
部屋の空気が変わっただけで、こんなに違うんだなぁと感心する。
さすがナイチンゲール。
環境改善、偉大。
――ただ、一つだけ、どうしても引っかかることがあった。
私は手の中の器をじっと見つめる。
中には、いつもの薬。
淡い色の、苦い匂いのする液体。
ウーユエが毎日飲まされていた薬だ。
「……おかしい」
ぽつりと呟く。
普通、薬というものは――
飲み始めて数日もすれば、何かしら変化が出るものだ。
良くなる。
あるいは、副作用が出る。
どちらにせよ、身体は反応する。
でも、この薬は――
何も変わらない。
いや――
正確に言うと。
「……頭痛」
こめかみを押さえる。
前より、ひどくなっている気がする。
じんわりとした、鈍い痛み。
数日前までは、こんな症状なかったはず。
私はもう一度、薬の匂いを嗅ぐ。
苦い。
でも、それだけだ。
薬草っぽい匂いはするけど、何の薬かは分からない。
ここは異世界だし、日本の薬草と同じとは限らない。
でも――
「……これ」
本当に薬?
胸の奥がざわりとした。
そういえば――
この薬は、何を使って作られているんだろう。
どんな効能があるんだろう。
私はふと気づく。
――あ、だめだ。
気になってきた。
元看護学生の性分というか。
こういうの、一度気になり始めると止まらない。
成分。
効能。
用量。
全部知りたい。
「ファジョン」
呼ぶと、すぐに彼女が現れた。
「はい、ウーユエ様」
相変わらず静かな声。
私は薬の器を持ったまま、何気ない顔を装う。
「ねえ」
「薬って、どこで作ってるの?」
ファジョンは少し考える。
「宮廷の薬房です」
薬房。
なるほど。
薬専門の部署があるわけだ。
さすが宮廷。
私は少し考えるふりをしてから言った。
「どんなところなんだろ」
「薬草とかいっぱいあるの?」
ファジョンは頷く。
「ええ」
「医官や薬師が薬を調合する場所です」
ふーん。
興味がある、という顔を作る。
そして、できるだけ自然に言った。
「ちょっと見てみたいな」
ファジョンは少しだけ首をかしげる。
「見学は難しいかもしれません」
「でも」
彼女は続けた。
「何かお調べしますか?」
私は内心でガッツポーズをした。
さすがファジョン。
話が早い。
「うん」
私は薬の器を見下ろしながら言う。
「この薬」
「何が入ってるのか知りたい」
ファジョンの視線が、薬に落ちる。
ほんの一瞬。
彼女の目が鋭くなった。
「……理由を伺っても?」
私は肩をすくめる。
できるだけ軽い口調で言った。
「だって」
「効いてる感じ、しないんだもん」
そして小さく笑う。
「それどころか」
「頭痛、ひどくなってる気がする」
ファジョンは、しばらく黙っていた。
それから。
静かに頭を下げる。
「……承知しました」
「薬房を確認して参ります」
そう言って、彼女は部屋を出ていった。
扉が閉まる。
私は手の中の薬を見つめた。
胸の奥がざわつく。
もし――
もし、この薬が。
本当に薬じゃなかったら。
私はゆっくり息を吐いた。
「……それはそれで」
面白いかもしれない。
だって――
私は、この物語の未来を知っている。
そして――
この世界には――
宮廷の陰謀が、山ほどある。




