11.推し発見
その翌日。
「ユィ」
朝の料理房で、大藍が腕を組んで言った。
「今日は休みな」
ユィは瞬きをした。
「……え?」
「昨日の宴の仕込みで三日働き詰めだろう」
「倒れられると面倒なんだよ」
ぶっきらぼうに言う。
「一日休み」
「外出るなよ」
「はい」
ユィは素直に頷いた。
(休みだ……)
料理房は忙しい。
だからこそ、時々こういう強制休暇が入る。
倒れられると人手が減るからだ。
合理的。
(さすがダイラン姐)
そう思いながら、ユィは女官寮へ戻った。
そして――
いつもより遅く起きた。
布団の上で伸びをする。
(……最高)
だが、その平穏は長く続かなかった。
「ユィぃぃぃぃ」
がしっと腕を掴まれる。
振り向くと――
ハオリンが泣いていた。
「終わらないよぉぉぉ……」
「先輩が全部押し付けてきたぁぁ……」
目が赤い。
鼻も赤い。
完全に限界だった。
ユィは瞬きをする。
「……何の仕事?」
「洗濯物……」
「外廷の部署に届けるやつ……」
「今日中って言われたのにまだ半分も終わってないぃ……」
ユィは少し考えた。
今日は休み。
特に予定はない。
そして目の前には泣きそうな同室の少女。
「……手伝うよ」
ハオリンが固まる。
「え?」
「一人より二人の方が早いでしょ」
ユィは笑った。
「ほら」
「行こ」
ハオリンは数秒固まってから、
「神ぃぃぃぃぃ」
と泣いた。
洗濯房の仕事は単純だ。
干した布を回収し、外廷の各部署へ届け、代わりに洗う衣を回収する。
宮廷の外側。
役所が並ぶ区画。
――外廷諸署。
官吏や宦官が働く場所だ。
「重い……」
ハオリンがかごを持ち上げる。
「重い……」
ユィも持ち上げる。
「重い」
山ほどある。
(宮廷って洗濯物多いな……)
役所、書房、記録房、灯房。
いくつもの部署を回る。
届けて、受け取って、また歩く。
「あと三つ……」
ハオリンが言う。
そして最後の房を出た。
洗濯物のかごは、さらに大きくなっている。
「帰ろ……」
「うん」
廊下へ出る。
外廷の建物を繋ぐ長い渡り廊下。
桟橋のように水路の上に架かっている。
その向こう側――
人影があった。
男だ。
官服。
長い袖。
背の高い姿。
すっと歩いていく。
その後ろ姿を見た瞬間。
ユィは固まった。
(……え)
瞬き。
もう一度見る。
心臓が、どくんと鳴る。
(え)
(え)
(え)
(え)
(え)
頭の中で警報が鳴る。
(ちょっと待って)
(ちょっと待って)
(ちょっと待って)
(あれ)
(見覚えある)
いや。
見覚えどころじゃない。
何度も見た。
繰り返し見た。
何度も巻き戻して見た。
あの後ろ姿。
あの歩き方。
あの肩の線。
ユィの脳内で、ドラマの映像が再生される。
(うそ)
(うそ)
(うそ)
(推し)
ユィは思わずハオリンの肩を掴んだ。
「ハオリン」
「え?」
「先行って」
「え?」
「お願い」
「え?」
「急用」
「ええ!?」
ユィはすでに動いていた。
洗濯かごを持ったまま。
廊下を静かに進む。
視線の先。
歩いていく男。
柳家の官吏。
未来の物語で重要人物。
そして――
ウーユエの前世の。
推し。
柳烈。
(うそでしょ)
(本物)
(本物いる)
ユィは思う。
(追うしかない)
そう。
これはもう。
仕方がない。
不可抗力だ。
推しが歩いているのだ。
追うに決まっている。
ユィは洗濯かごを抱えたまま、こそこそと後をつけ始めた。
(落ち着け私)
(落ち着け)
(これはストーカーじゃない)
(観察)
(観察だから)
自分に言い訳しながら、ユィは廊下の影に身を潜めた。
そして――
推しの背中を、全力で追いかけた。




