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呪われ豹王の専属魔法使い  作者: しゃり猫
一章_邂逅編
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07_『it』②



 意識の混濁、そして底知れぬ暗闇がそこにあった。

 その苦痛は、あまりに長く続いた。ノアが倒れてから十日近く、意識が戻ることはなかったのだから。

 王宮に招かれた数多の医療魔法士たちが首を横に振る中、一筋の光明がもたらされた。



 セーブルの「狼王」が直々に遣わした、大魔女シャニンだった。彼女の振るう至高の医療魔法によって、ようやくノアを苛んでいた激痛は和らげられたのである。


 乾いた喉を震わせ、ノアがようやく瞼を持ち上げた時、最初に目に飛び込んできたのは豪奢な天蓋と、その横に佇む見知った顔だった。


「目が覚めたか、ノア」


 そこにいたのはファレルだった。

 セーブルの狼王の息子であり、次期王位継承者。ノアにとっては、王族という窮屈な身分を忘れ、等身大で語り合える数少ない親友だった。



「……ファレル? なぜお前がここに」

「お前の姉君——オリビア様から、弟が危篤だと報せがあったんだ。それで父上に命じられてシャニンを連れて、国境を越えてはるばるやってきたんだ」


 ファレルは肩を竦めてみせたが、その瞳には隠しきれない安堵の色が浮かんでいた。


「まったく、世話をかけさせやがって」とぼやくファレルを、傍らに控えていた絶世の美女がくすりと笑った。

「本当ですわ。ファレル様は父君である狼王に、私を派遣するよう懇願なさったのですよ」


 シャニンは足元まで届きそうな銀髪をなびかせて言った。見た目こそノアより数歳上に見えるが、実際は二百年以上の時を生きる、世界の医療魔法士の頂点に立つ存在だ。


「よせ、シャニン! 余計なことを言うな!」

「あら、事実ですもの。きっとオリビア様のためでもありますわね。あのように必死な姿は滅多に拝めませんことですよ」

 

 赤面するファレルを見て、ノアはかすかに口角を上げた。ファレルが幼い頃から姉のオリビアを慕っているのは、もはや周辺諸国でも周知の事実なのだ。


「……ありがとう、二人とも。大きな借りができたな」


 自分とは違い、狼王がこの大魔女と強固な信頼関係を築いていてくれていたことが、今は何よりの救いだった。

 礼を言うノアの体調は、決して万全とは言えなかった。むしろ、内側から「侵食」されているような、異質な何かが身体の奥底に根を張っているという確信がある。


 人払いをした後、静まり返った寝室で、ノアはファレルに事の顛末を洗いざらい話した。

 秘書官モーガンによる、隠しきれない敵意に満ちた発言。それと同時に、身体の芯に何かが滑り込んできた感覚も全て。



 「器に相応しい」という、あの呪詛のような言葉も。

 そして最後、モーガンという男が形を失い、泥のように崩れ去った光景を。


 話を聞き終えたファレルの表情は、かつてないほど険しかった。

「ノア、お前の襲撃を受けて、父上は各国の王に警戒を強めるよう極秘に伝えた。だが、事態は想像以上に速い。……ナジャ国では、既に女王が殺害された」


 ノアは息を呑んだ。

「蛇の女王が……?」

「ああ。暗殺者の一人は、そのモーガンとやらと同じように『泥』となって崩れ落ちたそうだ」

「あれは本当にモーガンだったのか……それとも奴に変化した別人なのか?俺には仕掛けてくるまで、まるで違和感がなかった」

 ノアの問いに、ファレルは重く頷いた。


「……ああ。ナジャで捕らえられたもう一人の犯人は、国の高官だった。尋問したが、本人の記憶も、これまでの人格も完全に有していた。本物がどこかに監禁されている様子もない。……おそらく、本人そのものなんだ」


 どうやら、そのもう一人とやらは相当な拷問を受けたらしい。

 傍らで聞いていたシャニンが、銀髪を揺らして補足する。


「一方で疑問も残るのです。あの泥を固めたような身体の造りは、およそ生命の理からは外れていますから。聖廟から解き放たれた『it』の影響なのか、または手引きした連中の手によるものか、はたまた連中自身なのか……」


 わからないことは多いが、もしモーガンが「it」を解放した者たちの一味だとしたら、まずは親族を徹底的に調査する必要がある。蛇王が暗殺され、豹王が襲撃されたのだ。これは一国の問題と処理することはできない。熟練の魔法使い達が守る聖廟が破壊されたことも、今回の事件も、長い年月をかけたものであることは間違いなかった。


 その時、重厚な扉が勢いよく開かれた。


「ノア!」


 飛び込んできたのはオリビアだった。豊かな黒い巻き髪を揺らしながら入ってきた彼女は、ノアが目を開けているのを見るや、なりふり構わずその身体を抱きしめた。


「ああ、良かった……。本当に、本当に心配したのよ!」

「姉さん、苦しいよ……」

「黙りなさい! 死ぬほど心配をかけたんだから!」


 ひとしきり再会を喜んだ後、オリビアはファレルに詰め寄った。


「それで? ファレル様。ノアが目を覚ましたのなら、何故すぐに私を呼んでくださらなかったの? 何か私に隠していることでもあるのかしら」

「い、いや。大事な、その、体調の確認とか、今後の話とか……」


 眼前に迫るオリビアに、次期狼王はたじたじと答えた。

「モーガンが毒を盛ったのでしょう? 卑劣な男だわ、まさかあんな輩を信用していたなんて……。シャニン様がいらしてくださって本当に良かった。ねえ、ノア?」


 ノアはちらりとファレルを見た。ファレルは、今は真実を伏せておけと、目配せで合図を送ってきた。


「……そうだね、姉さん。ファレルとシャニンのおかげだ。持つべきものは信頼のおける友だね」

「ええ……本当にお二人のおかげだわ」


 耳が赤いのはファレルのせいだろう。普段はあまり言葉を交わさないのに、先ほど勢いで詰め寄り近づいたことを今更ながらに意識したのだろう。オリビアがファレルを好いていることは、ファレルと同じで周知の事実なのだ。にも関わらず二人の仲が進展しないのがノアには不思議でならなかった。


「姉さん、モーガン……ザネッロ子爵家はどうしてる」

「親族含め、全員屋敷に蟄居させた上で、脱走しないよう兵士と魔法使いで囲んでいるわ。国王の暗殺を図ったんだもの、モーガン一人の計画とは限らないし」


 ノアは頷いた。警戒すべきことは多いが、まずは姉が上手く対処してくれたことに安心した。   

 彼女は運ばれてきたスープをノアが最後の一滴まで飲み干すのを見届けた後、臣下たちに無事を知らせるために足早に部屋を去っていった。



 嵐が去ったような静寂の中、ファレルが溜息をつく。

「……今回の件は、まだ極秘裏に動く必要がある。いずれ情報は漏れるだろうが、今この話が伝われば、民の恐怖を煽るだけだ。特に……」


 ファレルは、ノアの腹部をじっと見つめた。

「その身体の中に入ったのが『何』であるかが、判明するまではな」


 言葉を濁したファレルだったが、その場にいる全員が、答えを直感していた。


 あれが「it」である可能性を。

 一部か、はたまた全部なのかはわからない……



 だが確かに、ノアの体内で、『それ』は拍動していた。

更新情報はXにて(@sharineko01)

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