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呪われ豹王の専属魔法使い  作者: しゃり猫
二章_首都学園編
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15_学院 〜祭典への誘い〜



 男は首都郊外に建つ、とある屋敷へと足を運んでいた。一見すれば富裕な紳士が居住する瀟洒なマナーハウスという風情だが、その広大な庭園に築かれた一族の堅牢な墓所の中には、永遠の眠りにつくべき家人の遺骨など欠片も眠っていない。


 魔法によって固く封じられた墓蔵の扉を抜け、一歩足を踏み入れると、そこには外観からは想像もつかないほどの広大な空間が広がっていた。壁一面には隙間なく棚が据え付けられ、膨大な数の古書や、正体不明の液体が詰まった瓶、禍々しい道具類が整然と並んでいた。


 ここへ足を踏み入れたのは、これで二度目だった。その事実を噛み締めると、男の拳に自然と力がこもる。二度しか許されていないということは、組織内における自身の地位が未だ下位に甘んじている証左に他ならない。だが、それは実に不当な評価だった。


 部屋の中央には地下へと続く階段があるが、その先に立ち入る許可はまだ下りていない。だが、いずれはあそこへ行くことになるだろう。己の類稀なる才覚を理解すれば、必ず。そう確信した瞬間、ふと一人の栗毛の少年の顔が脳裏をよぎり、男は毒づいた。


「生意気なガキが……!」


 普段から警戒心の強いあの少年に、時間をかけてようやく暗示を仕込んできたというのに、今はそれが頓挫しかけている。それもこれも、あの小娘が図書館で余計な声をかけてきてからだ。


 与えられた猶予は三日。だが、それだけあれば十分だった。成し遂げられる自信はもちろんある。既に準備は万端だ。あらかじめ餌はいくつも撒いておいた。どれか一つには必ず食いつくはずだ。


 それに、あの女――。


「大魔女代行だと? 何の力もない出来損ないの分際で、目障りにうろちょろされてたまるか!」


 なぜあんな役立たずが王宮に住まうことを許されているのか。身分もなき、卑しい小娘が。

 だが、慎重を期さねばならないのは確かだ。小娘には手を出すなと忠告を受けた。


 要するに、あの「豹王」が出てこなければいいだけの話だ。事故として処理できれば問題はない。先の魔力暴走の際にも、奴は姿を現さなかった。


「ならば、これが大層役に立つはずだ」


 現代の魔法では解読すら不可能な代物であれば、それはただの事故……いや、誰の目にも自然死にしか映らないのだから。



 棚から取り出した小さな木箱を手に取り、男の口角は醜くニヤリと歪んだ。





      ※




 週末の学院は、独特の浮き足立った賑わいの中にあった。ジルが教室に入るや否や、その熱気の正体はすぐに判明した。


「ジル! ジルも明日、一緒にお祭りに行こうよ!」


 駆け寄ってきた女生徒たちが差し出したチラシには、色とりどりの風船や、見たこともない不思議な道具の数々が描かれている。一体何が始まるのだろう。事情は飲み込めずとも、それが胸躍る催しであることだけは伝わってきた。


「ファンフェアーが首都に立ち寄るんですって! 世界中を旅して回っている有名なところよ!」

「ファンフェアー……って、何?」

「移動式遊園地のことだよ」


 背後からエリアスが淡々と答えた。彼はジルの手からチラシをさっと取り上げると、「ふーん」と興味なさげに眺める。


「ワンダビ・ファンフェアーね。聞いたことはないな」

「でも、凄く大規模らしいわよ! 大型の魔法遊具も何台も用意されるし、世界中の料理の屋台が出るって評判なんだから!」

 鼻を膨らませて力説する女生徒に、エリアスは肩をすくめた。


「僕は興味ないね。それより王立学術院で開催される臨時個展の方が――」


 そこでエリアスは言葉を切った。隣に立つジルの視線がチラシに釘付けになり、その瞳の中にキラキラと星が散っているのを見て取ったからだ。


「……何? 興味あるの?」

 本当に? と言わんばかりの問いかけだったが、ジルは期待に満ちた顔でコクコクと頷いた。


「私、お祭りって行ったことがなくて……」

「じゃあ決まりね! みんなで行こうよ。エリアスは個展を楽しんでね。ああ、楽しみ!」

 友人たちが次々に盛り上がる中、エリアスは慌てて声を張り上げた。


「ぼ、僕も行くよ! ……魔法遊具とやらも、一応見ておいて損はないだろうからね。まあ、どうせ子供騙しだろうけど」


 ふんと鼻を鳴らすエリアスを見て、クラスメイトたちは「わかっている」と言いたげにくすくすと笑い合った。以前の彼は周囲との間に高い壁を築いていたが、今はジルという存在を介して、随分と打ち解けている。ジルを誘えばエリアスも付いてくると誰もが察していたため、結局、クラスのほぼ全員で祭りへ行くことが決定した。




(やった! お祭りだ!)


 噂でしか聞いたことがないが、ジャグラーや象、ライオンといった見たこともない動物たちもいるのだろうか。

 思わず鼻歌を歌いそうなほど上機嫌なジルに、エリアスは呆れた表情を浮かべたが、あえて水を差すような真似はしなかった。


 移動遊園地の魔法など稚拙なものに決まっている。だが、ジルがこれほど機嫌が良いのなら、それで構わないのだと彼は自分に言い聞かせた。


「そういえば、外出の許可は取れそうなの?」

 移動教室の際に気になっていたことを尋ねると、ジルは驚いたようにエリアスを振り返った。その表情は、「許可を得る」という発想自体が抜け落ちていたことを物語っていた。


「これまで学院に通う以外で、外出したことはないんだろう?」

「うん……。でも、禁止されているわけじゃないのよ。私がこれまで外に行きたいって言わなかっただけで」

「だからといって、勝手に王宮を出るのはまずいよ。護衛もつけなきゃいけないし」

「護衛?」

「そうさ。クラスの連中だって、みんな連れてくる。そうでなきゃ許可を出す親なんていないからね」

「エリアスにもつくの?」


 ジルの問いに、エリアスはひどく不機嫌そうに「来るよ」と短く応じた。考えてみれば、この学院に通うのは貴族の子弟ばかりだ。護衛が必須というのも頷ける話だった。


「護衛といっても、背後で控えているだけだよ。とにかく、豹王に聞いてみるといい」

「わかった……」


 返事をするジルの頬が、微かに熱を帯びる。ノアのことを思い出すと、どうしても動揺が表に出てしまうのだ。幸い、エリアスには気づかれなかったようだ、と彼女は胸を撫で下ろした。


 一方のエリアスは、ジルの様子がいつもと違うことにはっきりと気づいていた。

 何かが違う。頬は咲きたての薔薇のように色づき、柔和な眼差しはそのままに、どこか芯の強さが宿っている。


 エリアスはその変化のすべてを観察していたが、それが何を理由とし、なぜそのような変化をもたらされたのかは理解できなかった。それこそが、彼が神童と呼ばれながらも、まだ十歳の少年であるゆえんだった。


 そして結局、エリアスはただひたすらにジルを喜ばせたかった。そのため、万が一にも豹王が反対などしないよう、彼に向けて一通の手紙を送ることに決めたのである。




      ※





 実際のところ、エリアスの心配は杞憂に終わった。ノアはジルの喜ぶ姿が見たかったし、そのための努力を惜しむ男ではなかった。何より今回は、努力すら必要のない事柄だったからだ。


「じゃあ、本当に行ってもいいのね!」

 夜半、密やかに手を繋いだ年若い恋人は、喜びに声を弾ませた。


「護衛をつけるなら問題ないよ。クラスメイトたちと存分に楽しんでくるといい」

「嬉しい! ありがとう、ノア!」


 口元を押さえながらバタバタと足を動かす姿が愛らしく、ノアは愛おしそうに彼女の手をどけ、その唇を寄せた。途端に動きを止めて硬直する、慣れない恋人の反応を内心で楽しみながら、さらに深く触れようと身を乗り出した、その時。


「エヘン!」


 わざとらしい咳払いが響き渡った。

 弾かれたように離れるジル。ノアは隠そうともしない険しい表情を、声の主であるカバンへと向けた。


「なんだか、変な間があったからねぇ。あぁ! 閉じるんじゃ――」

 パタンとカバンが閉じられ、ヘルナの叫びは無情にも遮断された。


「まったく……役には立とうとしないくせに、口ばかり達者だ」

「そんなことないよ。昨日、『it』のことで少し話してくれたの」

 ジルは赤くなった頬を抑えながら、小声でヘルナをフォローした。


「ヘルナが? なんて言っていたんだ」

「直接的なことは何も。でも、ジョルノ・ジェラトーという研究者がオルガナの時代にいて、彼の『it』に関する研究本が発禁処分になったそうなの」


 ジョルノ・ジェラトー。初めて聞く名だが、三百年近くも前の話なら無理もない。これは調査の必要がある。


「私も、今度エリアスに相談して一緒に調べてみようと思うの。まずは学院の図書館から」

「そうか。俺も他国に情報を回して調べてみよう。だが、まずは明日の祭を楽しんだらいいさ」

「うん」


 無邪気に喜ぶジルを見つめながら、ノアは誰を護衛に据えるべきか思考を巡らせた。数少ない、確実に「泥人形」と無関係であると信じられる者を選ばねばならない。快く許可は出したものの、ノアの胸中は決して楽観視できるものではなかった。


 先にエリアスから届いた手紙を元に調べたところ、ワンダビ・ファンフェアーはセーブル発祥の歴史ある古い集団だという。情勢に合わせて各地を渡り歩く彼らが、この時期に突然首都を訪れたとしても不自然ではない。だが、人が密集する場所には常に危険がつきまとう。警戒を怠るわけにはいかなかった。


「ノア?」

「おいで」

 懸念は尽きないが、ジルの喜びに水を差すことだけは避けたかった。


 ノアはジルを優しく抱き寄せ、その腕の中に包み込みながら、彼女から溢れ出す浄化の魔力を堪能した。



「it」について、ひとつの手がかりが得られたのは収穫だ。たとえ小さな一歩であっても、確実に前進しているのだと、ノアはそう信じたかった。



更新情報はXにて(@sharineko01)

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