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呪われ豹王の専属魔法使い  作者: しゃり猫
二章_首都学園編
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07_王宮 〜無秩序〜

 ロズリー公爵から手渡された紙には、モーガンが親しくしていた人物のリストが記されていた。ノアはそこに並ぶ名に鋭い視線を走らせる。内容を頭に叩き込むと、彼の手の中で紙は一瞬にして灰へと化した。



(ラノロー、コフトン……だが、これだけで確実に敵だと断定することはできない)


 侯爵から男爵、さらにはその近親者に至るまで、全方位が疑わしい状況だった。


「一国の主として、この状況は不甲斐ないな」


 自嘲気味にこぼしたノアの心中を、ロズリーは正確に察していた。彼自身、公爵として長年貴族社会の高位で采配を振るい、場をまとめてきた自負がある。それゆえ、この混迷極まる現状には忸怩たる思いを抱いていた。


「ザネッロ子爵家は見張らせているな」

「はい。モーガンの反逆以降、絶え間なく。ですが、兄たちが加担している兆候は見られません。子爵本人は潔白を主張しております」

「口ではどうとでも言える。確証が得られるまでは、引き続き監視を緩めるな」


 厳かに頷く公爵の顔を眺め、皆がこの男ほど高潔であればと思わずにいられなかった。ロズリーは公爵という地位にありながら、かつて豹王であったノアの父よりも近しい存在だった。ノアに魔法や剣術を指南し、王としての器になるべき鍛え上げてくれた。



 ノアは椅子の背もたれに深く体重を預け、フーッと長く重い息を吐き出した。

 状況は芳しくない。モーガンが単独犯でないことは明白だった。「it」の解放を狙う連中は、間違いなく組織的に動いている。だが、ノアをはじめとする七獣国の誰もが、その組織の正体も規模も掴めていなかった。いつから、どれほどの年月をかけてこの計画を練ってきたのかさえ不明だ。もしモーガンのように貴族社会の深部まで侵食されていたなら、各国の土台そのものが崩れかねない。


 さらに厄介なのは、敵を見分ける決定打がいまだに見つかっていないことだ。奴らは血を偽装する術を持ち、よほどの破壊を受けない限り「泥化」することもないという。加えて、肝心の七獣国側の足並みも揃っていなかった。


 ファレルから報告を受けた、ノア不在の七獣国会談の内容は苦々しいものだった。

 敵の正体を把握すべきという点では一致したものの、最北の国ノルドの熊王は、あろうことかノアの身柄を要求してきたのだ。大魔女オルガナの聖廟を破壊され、魔法使いを殺害された怒りは理解できるが、一国の王を差し出せという要求は異常と言うほかない。セーブルを含む四カ国が反対したことでノルドは引き下がったが、今後どのような無理難題を突きつけてくるか分からなかった。それにーー


「ナジャの王子は、未だに見つからないようですな」

 ノアの思考を読み取ったかのように、ロズリーが口を開いた。


「あの王子は元から放浪癖がある。その上、隠密の達人だ。自ら姿を現さない限り、見つけ出すのは至難の業だろう」


 そう、殺害されたナジャの女王の後継者もまた、会談を欠席していた。理由は不明だが、もともとこの王子に関する情報は極端に少なかった。


「やはり、モーガンが組織に降った経緯から追っていくのが最善ではありませんか」

 モーガンの性格が別人かと思うほど豹変した場所――それは、彼が通っていた学院。そして今、ジルが通っている学び舎でもある。


「そうだな。探ってみる価値はある」

「私もオリビア王女と同じく、学院の理事を務めております。何か探ってみましょうか」

「いや、お前はすでに表立って組織の捜査を指揮している。もし連中が今も学院に潜んでいるなら、お前が学院に赴いて動けば警戒されるだろう」

「……何か他にお考えが?」


 以前から考えていたことはある。だが、それを実行すれば少なからずジルを巻き込む危険があった。彼女には平穏に学ぶことを優先してほしいと考え、決断を先延ばしにしてきたのだ。しかし、背に腹は代えられない。


「考えがある。……一旦、私に任せてくれ」





      ※





 ジルは王宮の廊下を、一人静かに歩いていた。執務室にいるノアを訪ねるためだ。


 帰宅してから、今日起きた出来事を伝えるべきか悩み続けていた。けれど、結局は話すことに決めた。ノアからは「些細なことでも話してほしい」と言われている。これまで受けてきた生徒や教師からの嫌がらせに比べれば、今日の一件は奇妙な違和感に過ぎない。だが、それを単なる勘違いで片付けるのは得策ではないと感じていた。


 執務室の前に差し掛かると、ちょうど扉が開き、中からロズリー公爵が出てきた。彼はジルに気づくと足を止め、「ジル嬢」と短く挨拶を交わした。


「ロズリー公爵様」

「……何やら疲れているようだが、大丈夫か」

 思いがけない気遣いの言葉に、ジルは表情を取り繕うことができなかった。


「あ、ええと、今日は色々ありまして……」


 言葉に詰まりながらそう返したものの、ノアと共に国を支える重鎮を相手に何を言っているのかと、すぐに恥ずかしさが込み上げた。


「もちろん大丈夫です! 全然、何も問題ありませんから」

 慌てて笑顔を作ると、驚いたことに、公爵の口元がわずかに綻んだ気がした。


(今、笑った……? もしかして……)


 だが、その表情は一瞬で引き締まり、いつもの威厳ある姿に戻った。見間違いだろうか。白髪の混じった黒髪は襟足を隠すほどに整えられ、長年の苦労を物語るように、陽に焼けた肌には細かな皺が刻まれている。


「学業の方は順調だと聞いている」

「はい。日々、多くのことを学ばせていただいています」

「今の調子なら、学年が追いつくのも時間の問題だろう。励みなさい」

「ありがとうございます、公爵様」


 去っていく背中を見送りながら、ジルはそわそわとした面持ちでいた。これまで公爵のような年配の男性と接する機会はほとんどなかった。ましてや激励されるなど。初めて会った時は疑いの目を向けられていた気がしたが、彼にはジルを蔑んだり見下したりするような気配は微塵もなかった。


 執務室をノックすると、中から「どうぞ」と声がした。

 入室したジルを認めて、ノアは柔らかな笑みを浮かべた。けれどジルは、彼が自分に気づく直前まで、酷く強張った表情をしていたことを見逃さなかった。


「……どこか、身体が辛いの?」

「いや……。ああ、少しな」


 ノアが伸ばした手を、ジルはそっと握りしめた。そのまま促されるように長椅子へ向かい、二人は隣り合って腰を下ろした。大きな手の温もりに、ささくれ立っていた心が落ち着いていく。それでもジルは、自分の話を切り出す前に、ノアのことが心配でたまらなかった。何か重いものを一人で抱え込んでいるような、彼の憂鬱が。


 ジルはこれまで、ノアの手伝いこそしたものの、彼が「豹王」として背負う重責や、彼自身の内に抱える「それ」については、あえて踏み込まずにいた。じっと見つめられたノアは、困ったように苦笑した。だが、ジルがそれ以上追及してこないことに甘え、沈黙を守った。


「今日の学院での生活はどうだった?」


 その問いに、ふとエリアスの顔が脳裏をよぎった。一瞬、疲れ果てているノアをこれ以上悩ませるべきではないかと躊躇したが、やはり話すべきだと判断した。ジルは図書室で目撃した一部始終を、努めて正確に伝えた。


「エリアス・サルダーノか。知っている、サルダーノ伯爵の長男だ。五歳にして歴史書を読破したという神童だと聞いている」

「そんなに? それなら、今の私よりもっと上の学年にいてもおかしくないのに」

「確か、病弱で長く領地療養をしていたはずだ。今も体調が悪そうだったか?」

 ジルは首を横に振った。


「年齢の割に体は少し小さい気がするけれど、健康そうに見えたわ。ただ……」

「虚ろな目になった、だったな」

「私の気にしすぎならいいんだけど。あの事件があったから、少し過敏になっているのかも……」

「いや。泥人形との類似点がある以上、無視はできない。この件は、自分に任せてくれるか」


 学院内でのことに対し、ノアが具体的にどう動くのかは分からなかったが、ジルは彼を信じて深く頷いた。


「サルダーノとは普段から話すのか?」

「ううん、全く。今日まで一言も話したことはないわ」

 ノアは押し黙った。その険しい表情から、彼が何かを懸念しているのが伝わってくる。


「ジル、頼みがある」

「うん」

「もし次、何か怪しいことを見つけても、絶対に近づかないでくれ。いいか、絶対にだ」


 念を押すノアの形相は真剣そのもので、ジルが拒む余地はなかった。今日はたまたま居合わせただけで、自分から危険に飛び込むつもりなど毛頭ない。


「近づかない……」

 でも、答えてすぐに、もし誰かが傷つきそうになっていたら果たして自分は無視できるだろうかと不安になった。ノアはジルの返事を確かめるように見つめると、ふっと力を抜いて、彼女の頭の上に自分の頭を預けた。


 こうして触れ合う穏やかな時間が、もうずっと続いている。

 それがいつまで続くのか、先のことは誰にも分からない。けれどジルは、この時間が永遠に終わらなければいいのにと、心から願わずにはいられなかった。



更新情報はXにて(@sharineko01)

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