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呪われ豹王の専属魔法使い  作者: しゃり猫
二章_首都学園編
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04_学び舎への招待状


「王立学院に通ってほしい」

「へ?」


 唐突な提案を理解できず、ジルは書きかけの便箋から顔を上げた。聞き間違いだろうか。だが、ノアが左手に持っている封筒の印章には見覚えがあった。この一週間、彼の執務を手伝っていたジルには、それが紛れもなく王立学院のものだと判別できた。


「王立学院?」

「そうだ」

「私が?」

「もちろん、君がだ」

「あそこは……貴族の子息が通う学校でしょう?」

「入学許可はもう下りている」


 手渡された便箋を、ジルはおそるおそる受け取って目を通した。


『拝啓、親愛なるノーラン・サンバーランド・セラフィス殿下。貴殿が推薦されたジリアン・ノウルズの入学を心よりお待ち申し上げております。大魔女ヘルナの代行者の学び舎になれること、心より――』


 長々と恭しい美辞麗句が連なる手紙を読み、ジルの頭の中は疑問符でいっぱいになった。混乱する彼女の様子を、ノアは楽しそうに眺めていたが、やがて説明が必要だと判断したように口を開いた。


「ヘルナと相談して決めたんだ。以前の学校では、魔法学の授業は概論程度で大してなかっただろう? 王立学院は基礎魔法から魔法論理学まで幅広く学べる。授業の質自体も高度だし、魔法以外にも外国語や地政学の講義もあるんだ」

「わぁ……」

 

 俄然興味が湧き、ジルは浮き足立った声を出す。さらに追い打ちをかけたのは、ノアの次の一言だった。


「それに、あそこには王立薬学院の研究室が併設されている。薬草学のカリキュラムも豊富なんだ」

「通いたい! ありがとう、ノア!!」


 飛び上がらんばかりに喜ぶジルを見て、ノアの口元も自然と緩む。彼女の頭の回転の速さ、抜群の記憶力、そして底知れない探究心を知っているからこそ、この提案に食いつくことは確信していた。満面の笑みを浮かべるジルを見るのは、ノアにとっての喜びでもあった。


「早速、イルメダ校長に手紙を書くわ!」

 ジルは鼻歌を歌いながら、先ほどまで書いていた便箋を脇に避け、猛然とペンを走らせ始めた。


 その時、ノアの心に小さな罪悪感が差し込んだ。ジルはその一瞬の影を敏感に察したのか、ふと手を止めて彼を見上げた。ノアが「何でもない」と視線を逸らしても、ジルはじっと彼を見つめていたが、結局それ以上は何も追求しなかった。


「そういえば、一体いつヘルナ様と相談したの? あの人、いつも酔っ払っているのに」


 ジルは、ノアの机に置かれたカバンをちらりと見た。彼女の部屋に置いておくのは防犯上心許ないと、カバンはノアの部屋に移されていたのだ。ジルもノアに頼まれ、日中の多くを彼の執務室で過ごしているため、特に不便はなかった。


「酒を差し入れに行った時に、細々とな。酔っ払っていても、あの婆さんは意外に頭ははっきりしているんだ」

「吐いてばかりなのに?」

「まあ、体調不良なのは間違いないがな」


ニヤリと不敵に笑うノアに、ジルは少し引き気味に尋ねた。

「……何かしたの?」

「ん? カバンの中で大揺れを起こしてやったぐらいかな」

「ひどいなー……」


 自分にはとても真似できない所業だとジルがため息をつくと、ノアは彼女のふっくらとした頬に指を伸ばし、戯れに柔らかい肉を揉みしだいた。二人きりの時、彼はこうしてよくジルに触れてくる。そしてジルもまた、その体温を心地よく感じていた。


 その時、鋭いノックの音が響き、ノアの指が離れた。

 入室を許可すると、現れたのはロズリー公爵だった。ジルは反射的に背筋をピンと伸ばす。


「殿下」

 公爵はまずノアに、次にジルへ視線を向け「ジル殿」と短く挨拶をした。驚いたジルは慌てて立ち上がり、膝を曲げて挨拶した。


 公爵とは、王宮に来た翌日に温室で会って以来の対面だった。悪いことをした覚えはないが、あの時、彼がジルの存在に異常なほど驚いていたことを思えば、あまり歓迎されていないのは明白だった。それ以来、ジルはあの落ち着いた温室に足を運ぶのを控えていたのだ。


 ノアをちらりと見ると、彼は軽く頷いた。退室すべきだと判断したジルは、そのまま静かに部屋を辞した。

 重厚なドアを閉め、背中を預けて息を吐く。ノアはロズリー公爵を「信頼できる臣下」と評していたが、あの威厳に満ちた立ち姿には、どうしても圧倒されてしまう。


 (けれど、王立学院か……)


 向学心の強い彼女にとって、それは何よりのご褒美だった。もっとも、現実的な思考を持つ彼女は、その学生生活が必ずしも快適なものにはならないだろうという予感も、心の片隅に留めてはいた。






     ※





「入学の話をしたのか」

 ジルが退室した途端、ロズリー公爵が問いかけた。臣下らしからぬ無遠慮な口調だが、ノアは彼にだけはその不遜を許していた。


「今さっきしたところだ。飛び上がらんばかりに喜んでいたよ」

 公爵の厳しい表情の裏にある杞憂を読み取り、ノアは古参の臣を見つめた。


「ジルはああ見えて強く、そして聡い。当然、悠々自適な学園生活になるとは思っていないだろう」

「それでも喜んでいると?」

「彼女は向上心が強い。孤児という出自を卑屈に思うことなく、今の環境を恵まれていると感謝できる人間だ。与えられたチャンスは、逃さず活かそうとするだろう」



 (――もっとも、こちらの目的はもう一つあるが)



 ヘルナが入学を勧めたのは事実だ。だが、ノア自身も元々ジルを入学させるつもりでいた。ヘルナにはそのための「お墨付き」をもらったに過ぎない。


「例の、情報は集まったか」


 ノアは腹心に尋ねた。ロズリー公爵は、放蕩の限りを尽くして国を傾けた先代王に唯一直言した硬骨漢だ。親子ほど年は離れているが、ノアは彼を戦友だと考えていた。


 ノアはロズリーに、モーガンの過去を含め、彼がなぜ「it」や「泥人形」の仲間となったのか、あるいは彼自身がそうなったのかを極秘に調べさせていた。ノア自身の身に起きた異変や、七獣国との会談の内容も、信頼できる一部の上位貴族にしか明かしていない。


「モーガンは、元々はひどく病弱な少年だったようだ。三男坊ゆえに爵位も継がないだろうと、周囲に甘やかされた癇癪持ち――それが古くから仕える使用人の証言だ」


 病弱、そして癇癪持ち。いずれもノアの知るモーガンとはかけ離れている。


「八歳で王立学院に通い始めても、その性質は変わらなかった。入学以降も、鼻持ちならない三男坊の垂れ小僧として嫌われていたようだ」

「にわかには信じがたいな」

「だが、十五歳の頃だ。突然、生まれ変わったように変貌を遂げた。明るく社交的になり、ボクシングや乗馬に勤しむ快活な青年へと。まさしく別人になったのだ」

「……そのきっかけが、王立学院にあると?」

「その通りだ」


 王立学院のことは以前、二人で話し合っていた。その際の懸念が、今回裏付けられた形になる。


「学院内には以前から、禁忌の黒魔法を扱うカルト集団がいるという噂があった。モーガンの変貌ぶりがあまりに劇的だったため、当時は彼もその一員となり、何らかの存在に乗っ取られたのではないかと囁かれていたそうだ。もっとも、子供たちの他愛ない噂話の域を出なかったようだがな」


 そこで言葉を切り、ロズリーはジルが座っていた向かいの椅子に腰を下ろした。そして許可も得ずに、卓上のポットから紅茶を注ぐ。それはジルがノアのために淹れたもので、彼はまだ一口も飲んでいなかったのだが、ノアはそれを指摘するのをぐっと堪えた。


「だいぶ、調べてくれたようだな」

「なに、私の姪が通っているから。生の情報を手に入れやすいのだ」

「……そのカルト集団は、今も存在しているのか?」

「噂は絶えない。昔から、反体制運動と純粋な子供というものは相性がいい。調べてみる価値はあるだろう。――そのために、彼女を学院に送り込むのだろう?」


「それだけじゃない」

「だが、理由の一つではある。彼女には伝えないのか?」

「当面はな」

「何故だ?」


 鋭い追及に、ノアはわざとらしく肩をすくめて見せた。


「せっかくの学生生活だ、まずは楽しんでほしいじゃないか」


 本当の狙いは他にある。だが、ノアはそれをロズリーにすら明かすつもりはなかった。いずれ耳に入るだろうが、今はまだその時ではない。


 ロズリーは、王が何かを企んでいることを察した。だが、自分が信を置くこの王が、無意味に非道な真似をしたり、国を疎かにしたりしないことも知っていた。


 ロズリー公爵は、長年の剣術修行で日に焼けた逞しい手で、大柄な体躯には不釣り合いなほど繊細なカップを口に運んだ。



 「……うまいな」


 感嘆の溜息が漏れる。これはあの少女が淹れたのだろうか。あの、珍しい髪色をした少女。

 なぜか懐かしさを感じる彼女と、いずれじっくり話す機会もあるだろうか。

 彼女には聞きたいことがあった。



 なぜ、彼女があの隠された温室を見つけることができたのかを。




更新情報はXにて(@sharineko01)

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