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呪われ豹王の専属魔法使い  作者: しゃり猫
一章_邂逅編
18/39

18_まどろみの中で

本日は17話「ジルの慟哭」と18話「まどろみの中で」の2話をアップしています。ご注意ください。



 暖かい。この温もりを、知っている気がする。



 まぶたを持ち上げようとしても、鉛のように重くてままならない。けれど、薄い皮膚越しにぼんやりと蝋燭の柔らかな光を感じた。


 身体の線に寄り添うような、確かな熱。

 その正体を確かめたくて唇を動かしたが、喉からは掠れた呻きだけが漏れた。



「まだ寝てるんだ」


 鼓膜に届いたのは、穏やかな響き。大好きな、聞き慣れた声だ。低くて、どこか威厳があり、それでいてひどく優しい。


(ノアの声……)


 その響きに安堵したジルは、誘われるように再び深い意識の底へと沈んでいった。





      ※




 次に意識を取り戻した時、ジルは今度こそ目を開けることができた。


 視界に飛び込んできたのは、見慣れない天井だ。重い上半身をどうにか持ち上げて周囲を見回すが、やはりそこは知らない部屋だった。壁面は緻密で美しいペイズリー模様に彩られ、設えられた家具の木目からは重厚な品格が漂っていた。


 一度目に目覚めた時に感じたあの温もりは、今はもうなかった。静まり返った室内で一人きりであることに、ジルは急に心細さを覚えた。



 ふと、身体から痛みが消えていることに気づいた。

 恐る恐る自分の手を持ち上げてみる。あちこちにあったはずの切り傷が、跡形もなく消え去っていた。着た覚えのない清潔なシュミーズの襟元から中を覗き込むと、臍の左に赤い痕が残るのみで、穴は完全に塞がっていた。



「気づいたか」


 静かに扉が開き、一人の若い男が姿を現した。

 漆黒の髪に、冷涼な光を湛えた切れ長の瞳。よく見知った顔だった。以前の「ノア」と違うのは、その身体が男のものであるということだけ。


「ノア……?」

「ああ」


 ノアは静かな足取りでベッドへ近づき、その端に腰を下ろした。大きな手がジルの額にそっと触れる。「気分はどうだ?」という問いかけに、不意の肌のぬくもりで心臓が跳ねた。「大丈夫」と短く答えた。



 ノアは安堵したように小さく息を吐くと、ジルの隣に吸い込まれるように身を横たえた。間近で見ると、彼の顔色は酷く青ざめて見えた。



「あなたこそ、体調が悪そうよ」


 ノアは否定しなかった。肘をついて頬を支えながら、ただ真っ直ぐにジルを見つめている。ジルもまた、彼と向き合うように横たわった。二人は至近距離で、互いの瞳を映し合った。


 トクトクと、ジルの鼓動が早くなっていく。

 男性の姿で対面するのは初めてのことなのに、不思議と違和感はなかった。あの凄惨な夜、彼が獣の姿に成り果てていた時でさえ、ジルにはそれが彼だと確信できていたのだから。



 ノアの手が伸び、ジルの髪を掬い上げた。淡い金に、所々茶色や赤が混じった複雑な色合い。指先にその毛束を絡め、彼は慈しむようにその色を見つめていた。


「ありがとう」


 ぽつりとこぼれた言葉に、ジルは目を丸くした。その顔を見て、ノアの口元がわずかに綻ぶ。

「なんで驚くんだ。ジルがいなければ、俺は今頃、頭が狂った獣のままだった」


 ジルの頬を指先でなぞりながら、ノアはふと遠い目をした。


「いったい何をしでかしていたか分からない。あの時は……俺が、俺ではなかった」


 その言葉に不安を突き動かされ、ジルは思わずノアのシャツの胸元を掴んだ。彼の中に、まだ「何か」が今にも飛び出してくるように思えて。


 ノアは髪から手を離すと、縋り付くようなジルの手を強く握り締めた。



「ありがとう、ジル。本当に」


 ジルは小さく首を振った。お礼を言いたいのはこちらの方だ。助けられたのは、自分も同じなのだから。

 ノアはそのままジルを引き寄せ、背中に腕を回した。


 伝わってくる温もりと確かな重みが、ジルの心に溜まっていた澱を溶かしていく。

 安心感に包まれ、再びまぶたがとろりと重くなってきた。


 あの男は何者だったのか。ノアの身に何が起きているのか。山積する疑問はあったが、今は抗い難い眠気が勝っていた。



 それを察したのか、耳元でノアが低く囁いた。



「今度はちゃんと説明する。約束するよ」



 その誓いを子守唄代わりに、ジルは再び深い眠りに落ちた。




 ただ一つのーーもっとも安全な腕の中で。




更新情報はXにて(@sharineko01)

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