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呪われ豹王の専属魔法使い  作者: しゃり猫
一章_邂逅編
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12_忍び寄る禍(わざわい)②



 それからの展開は急激だった。ジルは急いで教師たちに事の次第を伝えたが、その時には既に日は落ち、不吉な闇が学園を包み込んでいた。


 松明を手に周辺を捜索する教師たちの声が時折聞こえてくる。

 エルマとジルは、不安に震える子供たちに夕食を食べさせ、必死に落ち着かせていた。だが、待ち望んだ朗報が届くことはなかった。



 夕食を終え、この日だけは早くに子供たちを寝かしつけた。


 蝋燭を片手に、ふとジルが校舎を仰ぐと、一箇所だけ灯りが漏れている部屋があった。吸い寄せられるように向かった校長室の扉は、拒むことなく開いていた。


「受け入れるべきではなかった……」


 掠れた声。両手に顔を埋め、項垂れるイルメダ校長の姿があった。その肩を、見知らぬ壮年の男性が痛ましげに支えている。豊かな赤髭に、憂いを帯びた緑の瞳。彼こそが、この領地の主、ソーンスタン準男爵だろう。


「校長先生」

「……ああ、ジル」


「準男爵様」

 ジルが膝を折って礼を尽くすと、準男爵は短く頷いた。イルメダの顔は、疲労と苦渋に沈んでいる。ジルは歩み寄り、彼女の震える腕にそっと手を添えた。



「アンナをさらったのは……私を襲った女の仲間なのですか?」


 ノアの正体については何も聞かない。そう彼と約束したはずだった。だが、幼いアンナが行方知れずとなった今、もはや沈黙を守る余裕はなかった。


 イルメダがノアの正体を知りつつ、彼を学園に受け入れたことは明白だ。襲撃以降の二人の連携を見れば、それは間違いないだろう。


 あの、血の気の失せた女の顔が脳裏をよぎる。ナタリーが目撃したという「死人のような男」も同類なのだろう。殺されかけた時の恐怖が蘇る。あんな化物たちに、幼いアンナが捕まっているとしたら――。


「……おそらく、そうでしょう」

 イルメダはもはや隠し立てしなかった。


「詳しくは分からないのです、ジル。アンナを連れ去った理由が……」

 彼女はそこで言葉を濁し、深い、底の見えない溜息をついた。


「今回も、あの方が助けてくれることに期待するしかありません」

「あの方……ノアのことですか? ノアはまだこの辺りにいるのですか?」


「ええ。森にいるはずです」

 その言葉に、ジルの胸が微かに波立った。彼がまだ近くにいるという事実に、否定しようのない喜びを感じた。



「あなたが危険な目に遭った時点で、ここから去ってもらうべきでした」

「自分を責めるな、イルメダ。彼がここから去ったところで、危険が消え去ったわけではないさ」

「……でも――」


 そこでイルメダは、夫がノアを「彼」と呼んだことに気づき、すっとジルを見た。


「……知っています。ノアが男性であることは」

 ジルの告白に、イルメダは一瞬目を見開き、やがて自嘲気味に微笑んだ。



「……そうでしたか。あの方は、お世辞にも女性らしく振る舞うのが得意とは言えませんでしたからね」

「ノアに連絡を取る方法はないのでしょうか」

「森にいる限りは不可能です。あそこでは……こちらの常識が通じませんからね」


「ウエストベリーに魔法使いの派遣を要請した。だが、馬車で半日はかかる距離だ。私の魔法は残念ながら探索向きではないのだ……」

 妻を労わりながら、準男爵はジルに、もはや成すすべがないことを示した。ウエストベリーは国の西方で最も栄えた都市だが、ここからはあまりに遠い。



「今は応援が来るのを待つしかありません。さあ、ジル。もう部屋に戻りなさい」



 促されるまま、ジルは部屋を退出した。イルメダの心痛は計り知れないが、彼女には愛する夫がついている。

 だが、今この瞬間、暗闇の中で怯えるアンナには、寄り添う者は誰もいないのだ。


 部屋に戻るよう言われたジルだったが、そのまま校舎を出て森の方面へと向かっていた。月明かりを頼りに、誰にも見つからないよう慎重に歩を進める。



 森の境界付近に差し掛かった時、ジルは何かに気づいた。

 目の前の空間に、まるで薄い膜のようなものが張られている。これまで一度も気づかなかった違和感に、ジルの足が止まった。


 これは一体、なんなのか。不思議に思っていたその時、森の奥から淡い光が現れた。二匹のウーゴだ。



「ウーゴ!」

 呼びかけると、彼らはぴょんぴょんと跳ね回った。だが、それは再会を喜んでいるというより、何かを警告するような様子だった。



「ねえ、森で女の子を見かけなかった? 七歳の子供よ、アンナっていうの。どこにいるか知ってる?」

 一匹のウーゴが深く「コクコク」と頷きかけた瞬間、もう一匹が猛烈な勢いで体当たりし、吹き飛ばした。

 残された方は慌てて知らないとばかりに首を横に振る。やはり、知っているのだ。だが、ジルを森に入らせたくないらしい。


「ねえ、ノアの居場所はわかる?」

 問いかけると、今度は二匹とも沈黙した。本気でジルを巻き込みたくないのだ。



「ねえ、この膜みたいなのは見える? 私はきっと、ここから出ないほうがいいのね?」

 ウーゴたちは激しく上下に揺れた。その様子に、これがノアの魔法なのだろうと推測できた。



 アンナを誘拐した男は、この結界の存在に気づいていたのだろう。だからこそ、お菓子をぶら下げてアンナを外に誘い出した。目的は間違いなくノアに関わることだ。子供を人質にして何かを要求するつもりか、あるいはノア自身を誘い出す餌なのか。



 ノアに助けを求めることは、彼の危険を増す行為とも言える。だが、状況を打破するには彼の力が必要なのは間違いなかった。それに、何も知らずに危険に対面するよりは、まだマシだろう。


「ウーゴ、お願い。ノアにアンナのことを伝えて」

 ウーゴたちは困ったように顔を見合わせたが、やがて頷いた。



「……ーーっ!」

 次の瞬間、ウーゴたちは脱兎の如き速さで走り去った。そのあまりのスピードにジルは面食らった。伝えに行ってくれたのだとは思ったが、同時に嫌な予感がした。



 しんと静まり返った暗闇に、かつて森を彷徨った時の心細さを思い出し、ジルは寮に戻ろうとした。

 その時。背後で乾いた葉を踏みしめる音がして、振り返った。



 そこに、アンナが座り込んでいた。



「アンナ!」



 ジルは駆け出した。顔を覗き込むと、その顔は土に汚れ、恐怖と涙でぐちゃぐちゃだった。だが、幸い大きな怪我はないようだ。



「アンナ……ああ、良かった。心配したのよ」

 アンナは放心状態で反応がない。ジルは急いで背負おうと、アンナの前で前屈みになった。




「その子供は置いていけ」



 氷のように冷たい声が、夜の静寂に響いた。


隔日更新目標ですが、連日で投稿する場合もございます。

投稿状況に関してはXにて(@sharineko01)

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