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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

名探偵スバルのはつ恋

作者: 曲尾 仁庵

 川沿いの道を並んで歩く。風は穏やかに吹き、川面は陽光を反射してキラキラと輝いている。ジョギング中の女性とすれ違いざまに会釈する。何の変哲もない午後の風景であり、まるで十年前と見紛うような、変わらない風景でもある。


「……変わらないな」


 スバルは少しだけ目を細めてつぶやいた。隣を歩く同級生――川西朱里が噴き出すように笑う。


「変わらないはずないでしょう? 十年経ってるんだから」

「そう?」

「そうだよ」


 朱里は景色を指さしながら十年の変化を説く。あの店は潰れた、あっちに郊外型のショッピングモールができた、曲がり角の向こうのアパートが取り壊されて駐車場になった――思い出を辿るためのよすがはもうないのだと、淡々と語る。スバルは「そんなに?」と目を丸くする。朱里は足を速めて前に回り込むと、芝居がかった様子で、飾り気のない左手の、その人差し指を立てた。


「君の目は節穴かね? 探偵くん」


 降参、と言うようにスバルは両手を上げる。ふふっ、と笑って、再び朱里はスバルに並んだ。


「……変わらないものなんてないよ、スバルくん」


 朱里は小さくそうつぶやいて目を伏せる。少しの間を置いて、スバルは呻くように言った。


「君も、変わった?」




 スバルと朱里は高校の同級生だった。席が隣同士になった、その偶然がもたらした友情はスバルにとって居心地の良いものだった。三年と言う月日はあっという間に過ぎ、スバルが友情とは違う色彩を自覚したときにはもう、彼は卒業を迎えていた――いや、もしかしたら、逃げたのかもしれない。『友情』という名前が剥がれることを。彼女と過ごした時間の意味が変質することを。卒業後にスバルは上京し、朱里は地元に残った。そして二人の関係は、途切れた。




「変わった変わった。苗字も変わったし、おばさんになった」


 煙に巻くように朱里はカラカラと笑う。確かに、スバルが知る彼女は『野崎朱里』であり、『川西朱里』としての彼女をスバルは知らない。当時の彼女は『スカートは嫌い』と言っていたのに、今は落ち着いたロングスカート姿だ。それに、癖だろうか、しばしば左右の袖を直している。快活な当時の彼女にそんな癖はなかった。返答に困るスバルの様子をからかうように朱里は悪戯っぽい表情を浮かべた。


「スバルくんもおじさんになったよ。昔はもっと美少年だった」


 そうかな? とスバルは頭を掻く。そうそう、と朱里は大げさにうなずいて見せる。ちりんちりんとベルを鳴らして自転車が向かってくる。朱里が道を空けて足を止める。スバルも立ち止まり、ふたりは何となくすれ違った自転車の背を見送る。

 十年前もそうだった。よくふたりでこの道を帰った。この道を歩いた先には商店街があって、古本屋と中古レコード屋を巡った。買いもしないのに、たぶん、一緒にいたかったから。スバルは道の先に目を遣る。商店街は寂れ、古本屋も中古レコード屋も、もうなくなっていた。スバルは耐えきれなくなったように、シャッターの降りた商店を見つめながら言った。


「君、なんだろう?」


 朱里は仮面のような微笑みで応える。


「どうして、そう思うの?」


 スバルは朱里を振り返った。


「言わなきゃ分からない?」

「分からないよ」


 当たり前でしょ、と朱里は笑い、すぐに目を逸らす。川面をまぶしそうに見つめ、どこか納得したようにつぶやく。


「でも、そっか。スバルくんなら、分かっちゃうか」


 朱里は再び歩き出す。スバルは慌てて彼女に並んだ。


「予感はしてたの。駅で君を見かけたとき。悪いことはできないなって」

「ごめん」


 頭を下げたスバルに朱里は微笑む。


「何が『ごめん』なの?」


 顔を上げたスバルの声に後悔が滲む。


「間に合わなかった」

「当たり前だよ。スバルくんは神様じゃない」


 どこかに感情を置き忘れたような朱里を、スバルは見つめる。


「もっと早く戻ってきていたら、助けられたはずだった」


 朱里が口の端を上げる。皮肉げに、自虐的に。


「それは傲慢だよ、スバルくん」


 少し冷たい風が吹く。川沿いの道が終わり、県道と合流する。朱里は不自然なほどに明るい笑顔でスバルに言った。


「もう、行かなきゃ」


 じゃあね、と手を振り、朱里はスバルに背を向けた。スバルは彼女の右手首を掴み、強引に引き止める。


「ダメだ!」


 振り返り、子供のわがままをたしなめる顔で朱里は首を横に振る。


「もう、遅いんだよ。スバルくん」


 朱里は右手首を掴むスバルの手に左手を重ねる。スバルは掴む手に力を込めた。痛いほどの力に顔をしかめ、


「もう、おしまい」


 そう言う朱里の耳に、パトカーのサイレンが聞こえる。朱里ははっと目を見開き、スバルは目を伏せる。脱力したように朱里が笑った。


「スバルくんはいつも正しい。だから、そんな顔しないで」


 サイレンの音が近づく。ふたりの時間が終わった。停車したパトカーから二人の刑事が降りてきて、朱里の目の前に逮捕状を掲げる。


「川西朱里。夫殺害の容疑で逮捕する」


 スバルが朱里の手を離す。朱里が刑事に両手を差し出す。ガチャリという金属音がやけに大きく響いた。手錠姿で朱里は肩越しに振り返る。


「あなたはいつだって正しかった。だから私はあなたが大嫌いで、憧れて――」


 朱里の目に涙が浮かび、


「――あなたが、好きだったよ、スバルくん」


 頬を伝う涙と共に、悲しい笑顔を残して、朱里はパトカーに乗り込んだ。答える言葉を持たないまま、スバルは去っていくパトカーを見送る。


 ――自分が探偵であることを、これほど悔やんだことはない


 日が傾き始め、世界を少しずつ赤く染める。拳を握り、肩を震わせ、スバルはその場にずっと立ち尽くしていた。


 制服姿の男女が仲の良さそうに話をしている。


「私、古本屋のこの匂いが好きなんだ。ほこりっぽいっていうか、カビっぽいっていうか、独特な匂いがするでしょ?」

「確かに、変な臭いがする」

「情緒というものを理解しない男だな君は」

「そ、そんなことないだろ」

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