魔法大学首席卒のスーパーエリート美少女魔法使い(ショタコン)
狐耳のお姉さんの誘惑から逃れ、裏通りを抜けると繁華街に出た。
通り沿いには、大衆酒場や食堂が並び建っている。
(うわ、地面で寝てる……)
酒を飲んで、顔を赤くしながら地面で寝ている人が何人かいる。これが都会か……
早歩きで通りを行く僕は突然、背後から何者かに抱き着かれた。
「わっ!?」
強盗やスリの類を疑ったが、どうやらそうではないらしい。
「は、離してください!何ですか、急に抱き着いてきて!?」
「ベリー・キュートな少年、こんなところで何をしてるのかな?夜道を一人で歩いてたら襲われちゃうぞー、色んな意味で。アハハハハハッ!」
高笑いして、僕の頭をわしゃわしゃと撫でたのは、青い瞳をした長身のお姉さんだった。
スカート型の青い魔法服と、つばの広い魔法の三角帽子、青いツインテールと青いリボンが印象的。
その美しく整った容姿はどこまでも広い青空を想起させる。肌に艶とハリがあり、長いまつげをパチパチさせるその姿は若く、20代前半に見えた。
「ねぇねぇ、アンタ何歳なの?12とかでしょ?」
頬を緩めて笑うお姉さんは、頬を真っ赤に染めて、口元からツンとしたお酒のにおいを漂わせた。
「じゅ、17です……」
「え、マジ!?この低身長、この童顔で17歳!?ヤバっ、アタシの理想なんですけど!」
このお姉さん、【そういう趣味】の人なのかもしれない。
さっきは裏路地で狐耳のお姉さんに誘惑されたし、僕は年上のお姉さん方にモテるらしい。
「あ、あの、お姉さん、ほっぺをグリグリするの止めてもらえませんか?」
「きゃああ!!そういう反応が可愛いんよ!もっとグリグリしたくなっちゃう!」
小柄な僕を腕で包み込んだお姉さんが、僕の耳元で「可愛いねぇ」という甘い声で囁く。
その場を離れようとすると、お姉さんに腕を掴まれ、抱き寄せられてしまう。
「痛い、苦しいです……うぅ、」
「ん~アンタ、マジでかわいしゅぎ!ずっと抱きしめていたい!アタシと今すぐに結婚しなさい!ほら、誓いの接吻をしましょう♥」
「何言ってるんですか!?僕たちは、今、会ったばっかりなんですよ!」
肩をがっしり掴まれて、お姉さんの湿っぽく艶めかしい唇がずいずいと近づいてくる。
そこへ偶然、黒いローブを目深に被った、赤髪、赤い瞳のメイド服の女性が通りかかった。
「た、助けてエーリカ!」
声変わりしていない僕の声に気が付いて、エーリカはこちらに振り向いた。
彼女は「は?」と、呆れと困惑の混じった低い声を響かせた。
「その女、誰?何してるの?」
「分からないよ!僕が歩いてたら、このお姉さんが抱き着いてきたんだよ!」
「……酔っ払いか。はぁ、面倒くさい」
深いため息をつきながら、エーリカは僕のもとへと歩み寄ってくる。
「っ――」
エーリカは息を詰まらせ、ピタリと歩みを止めた。
「あなた……只者ではないわね」
鬼気迫る表情のエーリカに対して、僕に抱き着くお姉さんは「んへ?」と、間抜けな顔をした。
「エーリカ、どういうこと?このお姉さんが只者ではないって……」
「私には分かる――あなたの体から、膨大な魔力が溢れ出している」
エーリカの目には、どうやら、お姉さんの膨大な魔力が見えているらしい。
僕の目には、魔力なんてまったく見えなかったけど。
「ふふふ……バレちゃ仕方ないわね!」
お姉さんは、魔法の三角帽子をかぶり直して、マントを翻し、魔法の杖を天に掲げ、声高らかに名乗った。
「アタシは、魔法大学首席卒のスーパーエリート美少女魔法使い、マーレ様よ!!」
「「は……?」」
僕とエーリカの呆れ声が共鳴した。
「アタシの魔力を見抜くとは……アンタも只者ではないわね!」
お姉さん改め【マーレ】は、魔法の杖の先端を、茫然と立ち尽くすエーリカに向けた。
赤髪を撫でたエーリカは、再び深いため息をついた。
「……私は【ノア・ナイトメア】のエーリカ。こっちは同じく、ノア・ナイトメアのアレスよ」
「ノア・ナイトメア……聞いたことがあるわ。悪魔狩りの旅をしている、秘密結社的な組織ね!」
どうやらマーレは、悪魔狩りの【ノア・ナイトメア】について知っていたようだ。
実はノア・ナイトメアって、名の知られたすごい組織なのでは……?
「――マーレ、私たちと手を組む気はないかしら?」
しかし、続くエーリカの一言は予想外であり、突拍子のないものだった。
当のマーレも「え、え……どういうこと?」と困惑して、一歩後退した。
「エ、エーリカ!?マーレさんとは、さっき会ったばっかりなんだよ?」
エーリカは僕を無視して、勧誘を続けた。
「マーレ……あなたの魔法を活かして、悪魔狩りに協力してほしい。もし協力してくれるなら、可能な範囲で、あなたの望みを叶えるわ」
「なによ。急に手を組もうなんて、怪しさ120%なんですけど。スーパーエリートのアタシに何を求めるって言うのよ?」
マーレは、ジトっとした目つきでエーリカを怪しんでいる。
「アタシは欲張りよ。衣食住付きで、アタシの好き勝手に魔法の研究ができて、毎日甘いものが食べられて、【小さくて可愛い男の子】が隣にいる環境が整ってないと、"YES"とは言わないわ!」
「可能よ」
「え?マジで?」
「ええ、マジよ」
マーレは宝石のような青い瞳を見開いて、驚いた。
「ノア・ナイトメアの資金は、潤沢とは言い難いけれど……魔法の研究は、好きにしてもらってかまわない。甘いものならいくらでも用意する。それから【小さくて可愛い男の子】なら、ここにいる」
「え、僕……?」
マーレの望む「小さくて可愛い男の子」は、どうやら僕のことらしい。
「ま、まあ、そこまで好待遇なら、協力してあげてもいいわ」
「あなたを【酔っ払いのバカ女】として済ませるには、あまりにも惜しい人材よ」
エーリカは腕を組み、いつもの無表情と低い声で毒舌を披露した。
「は、はぁ?ちょっとアンタ、失礼すぎるでしょ!アタシはバカじゃないし、酔ってませーんっ!」
すかさず、マーレは反論した。
「ま、まあいいわ。アタシは、好きに魔法の研究ができたら万々歳だもの」
マーレは、ノア・ナイトメアの一員になることに乗り気らしい。
「じゃあ、契約は成立ね。これからよろしく、マーレ。詳しいことは、宿に着いてから説明するわ」
「こちらこそよろしく、エーリカちゃん、アレスくん!アタシのベリーストロングな魔法に期待して、大船に乗ったつもりでいてね!あ、アタシのことは【マーレ】って、気軽に呼んでね!アタシ、堅苦しいのは大嫌いだから♪」
マーレが僕の小さな右手と、エーリカの包帯が巻かれた左手と力強く握手を交わした。
その直後……
「きゃああああああああ!!」
「早く……早く逃げろ!!」
何やら大通りの方が騒がしい。複数人の悲鳴が聞こえた。
マーレは「火事でもあったのかしら?」と物騒なことを言った。
――この夜、僕たちを含めて、街にいた人々が狼の遠吠えを聞いた。
「っ――アレス、マーレ、ついて来なさい。仕事の時間よ」




