運命の赤い糸を手繰って
「おい、銀髪ナルシスト。呑気に寝てる場合じゃないぞ」
訓練と勉強に疲れてベッドで寝ていたら、思いっきりデコピンされた。
「いってぇな……なんだよ、ライラ!?」
痛みに悶絶しながら、目を覚ます。
オレの額にデコピンを食らわせた犯人は、騎士ライラだった。
「陛下が、お前をお呼びだ」
「……はっ?陛下が?」
頭がボーッとする。寝起きで頭がガンガン痛くて、何を言われているのかの理解が遅れた。
「お前の要望が通ったんだよ。陛下は『王宮に参れ』と、おっしゃっていたぞ」
「あ……?つまり、陛下とお会いできるということ?」
「そうだ、陛下を待たせるな。早く行ってこい」
ライラに急かされるまま、オレは急いで軍服を着て、王族の住まいである【ホーフブルク宮殿】へと向かった。
ちょうど西の空に太陽が沈みかけていて、夕日が美しい時間帯だった。
「陛下はどちらに?」
「あちらの応接室であります。自分が、ご案内いたします」
陛下がお待ちしているという応接室へ案内され、戸をノックして入室する。
「し、失礼いたします陛下、王国陸軍第2軍騎士のヴァルハイト・フォン・ノヴァシュタインと申します」
「……入れ」
戸の向こう側から渋い声が響いた。
応接室には、椅子にドカッと座る皇帝【フランツ一世】の姿があった。
白髪で、白いあごひげは長く整えられ、顔のしわは深い。
そんな老体の皇帝の隣には、優美なドレスを身にまとった王女ノアが座っていた。
ノアは太陽のように眩しい笑みを浮かべて「ごきげんよう、ヴァルハイト♪」と挨拶した。
(ぐ……ガハッ……キュン死する……ノア様、本当に愛らしすぎる……)
ノアに笑顔を向けられて挨拶されただけで、心臓が爆発する気持ちだった。可愛すぎて、マジで血を吐きそうになる。胸が痛い、顔が熱い、息が詰まる……
(いかん、しっかりしろ、オレ。今日は、陛下とノア様に気持ちを伝えに来たんだ)
オレは陛下の前で膝をついた。
「陛下、この度は、オレの身勝手にお付き合いいただき、誠に……」
「ならん」
「は……?」
陛下はボソッと言った。
「ならん、ヴァルハイトよ。君と、世の孫娘ノアが結ばれることがあってはならん。世は、断じて許さん」
開口一番にノーを突きつけられた。ライラの予想通りだった。
陛下は、きっぱりと駄目だと言うために、わざわざオレを王宮に招いてくださったのだ。
「博識な君なら、よく知っておろう。現在、王国は世継ぎの問題がある」
国王は枯れそうな声で説明してくださった。
「難産、死産が相次ぎ、男子は皆、幼いうちに死んでしまった。ノアの叔母のマリー・アントワネットは、隣国フランスに嫁いでしまった。王位を継承できる直系の子は、もう、ノアしかおらんのだよ」
国王は平坦な口調で説明する。
やはり、ただの没落貴族が、一国の未来を背負う王女に婿入りするなど、夢のまた夢ということか……
「悪いことは言わん、ヴァルハイト。おとなしく仕事に戻れ。君には、騎士としての素晴らしい人生が待っている」
「しかし陛下……オレの気持ちは本当で……」
「下がれ、ヴァルハイト。これは、世からの命令だ」
国王からの命令とあらば、逆らうことなどできない。
「っ――はい、陛下。承知いたしました」
オレは顔を下げたまま、頬の内側をぐっと噛んだ。血の味がする。悔しさの苦味がする。
オレは渋々、応接室を出るために椅子から立ち上がった。
「ヴァルハイト!!」
「え、は……ノア様!?」
そのとき、ノアがテーブルを乗り越えて【飛び込んできた】。
オレはノアのタックルを一身に受けて仰向けに倒れた。
「ヴァルハイト、私は知っています!あなたが心優しく強い騎士であることを!」
「ノ、ノア様、急にどうされたのですか?苦しいです、死んでしまいます……」
オレはノアにきつく抱かれた。
「私もあなたと結婚したい!!そう思っています!!」
「え……はっ?」
ノアは鈴の音のような美声を響かせ、唐突に求婚する。
国王は、シワの深い目を見開き、あっけに取られていた。どうやら、国王陛下も予想していなかった展開らしい。
「あの、ノア様……?」
オレはノアの軽い体を抱きかかえながら立ち上がった。
「その……ちょっと言うのは恥ずかしいけど、一目惚れです。騎士の称号を授ける叙任式で一目見たときから、心がキュンキュンしておりました!」
「お、オレもです、ノア様」
「え……えっ!ほんと!?うれしい!相思相愛だなんて!」
再びノアに抱きしめられる。
国王は重い腰を上げて椅子から立ち上がり、杖を突いて、オレとノアのもとへヨロヨロと歩み寄ってきた。
「ノア、それは冗談じゃろう……?」
「おじい様、私決めたんです!彼と、そしてドイツの民と共に、素晴らしい国を作ると――私は将来、ヴァルハイト公と結婚します!」
「ならん、ノア!戻りなさい!!さもなくば、王位継承権をはく奪する!!」
細い声の怒号をものともせず、ノアはオレの手を引いて、王宮の中庭へ。この後、オレとノアは夕食前のティータイムを共にした。
「はぁ……まったく、困った若造と娘だ……」
孫娘ノアを引き留められなかった国王は、椅子に深く腰掛け、深いため息をついた。
「陛下、何やらお困りのようですね。わたくしにできることがあれば、何なりとお申し付けくださいませ」
オレとノアが去った応接室に、軍司令官のベネジット13世が入室してきた。
彼は、両手を擦り合わせて、国王に歩み寄った。
「ベネジットよ……」
国王は細い声で、ベネジット13世を呼んだ。
ベネジット13世は「はい、何でございましょう?」と、腰を低くして尋ねた。
「ヴァルハイト・フォン・ノヴァシュタインを排除しろ。彼は、わが孫娘を引き込み、王国を分裂させるかもしれない不穏分子だ」
「は、はぁ……」
突然の排除命令に、さすがのベネジット13世も動揺を隠せなかった。
「最悪の場合、【殺してしまっても】かまわない。全責任は、世が負うものとする」
「はっ。承りました、陛下」
「世は、お前を信頼している」
――この頃からだった、オレの命が密かに【内側】から狙われるようになったのは。




