裸の誓い
「どうすれば……どうすれば勝てる?」
シャワーの冷たい水を浴びながら自問自答する。
どうすれば、ハンニバル師匠や勇者ライラに勝てるのか?どうすれば、二人の優れた技を吸収できるのか……オレの頭は、そんなことでいっぱいだった。
「よっ、万年ボッチのヴァルハイトくん」
そんなとき、オレを罵る【女】の声が聞こえた。
なぜだ……?男であるオレがいる中、このシャワー室に女が入ってくるなど有り得ない。可能性があるとすれば、よほどの常識外れのバカが来たか……
「おーい、聞こえないのか?ワタシの声が聞こえないぐらい、自分の殻に閉じこもっているのか?」
「……何の用だ、ライラ?」
「何の用って、そりゃ、シャワーを浴びに来たに決まっているだろう」
「オレがいるのは分かってただろう。バカか?」
「お前がいるか否かは関係ない。ワタシがシャワーを浴びたいと思ったから、浴びに来たんだ」
当然だと言わんばかりに、ライラはオレの隣のシャワーを浴び始めた。
冷たい水が彼女の黒髪を撫でて、ほどよい膨らみの胸部の輪郭をなぞり、少し割れた腹筋の間を滑り落ちて、筋肉質な太ももを流れ落ちる。
その様子は、どこか官能的で、どこか芸術的に見えた。
「……忠告しておくが、ワタシの体に触れようなんて気は起こすなよ?」
ライラはちらっと、鋭い目線でオレを貫いた。
「あいにく、オレは、女を襲おうなどという野蛮な考えは持ち合わせていない」
「もしもお前が襲ってきたら、その【ブツ】を嚙みちぎってやる」
「ハハッ、貴様のほうが野蛮じゃねぇか」
「イッヒヒ、言いえて妙だな」
恐ろしいことを言うものだ。彼女ならやりかねない。
まさに【タマひゅん】ものだ。
「なあ、ライラ、師匠と剣を交えてどうだった?」
オレは、今日の演習場での出来事をライラに尋ねた。
彼女はたくみに馬を乗りこなし、【聖剣】を振り回して師匠と互角に戦った。
しかし、強すぎる剣技で校舎のガラスを割ったため、勝負は引き分けに終わった。
「師匠は、とにかく強いな。ワタシは剣を振るのに必死だったが、師匠は、ワタシの剣の振り方、身のこなしをじっくり見ていた。あの余裕は、師匠の豊富な経験によるものだろうな」
ライラは顎に手を添えて考察した。
「オレの方は、まったく歯が立たなかった。あれは戦いではなく、オレが踊らされていただけだった」
「そうか?ワタシは悪くない戦いだったと思ったけどな。お前は相手をよく見ているし、剣の扱いも師匠には劣るが、上手いと思う」
「……いつから、オレのことを見ていたんだ?」
「お前と師匠の戦いが始まる直前から、スープ飲みながら見てたぞ」
「そうか……」
どうやらライラは、師匠に圧倒されたオレの醜態を見ていたらしい。呑気に、夕食のスープを飲みながら……
「お前は没落貴族の身だが、すごい人間だ。勇者のワタシが言うんだから、間違いない。もっと自信をもてよ、ヴァルハイト」
師匠の「自信を持ちなさいヴァルハイトくん」という朗らかな声が脳内で再生される。
奇しくも、勇者ライラの励ましの言葉は、師匠の助言と同じだった。
「オレは、【勇者】のような立派な騎士になれるだろうか……」
「なれるかな……じゃない、【なれ】よ。せっかく騎士学校に入学できて、成績優秀で、師匠に期待されてるんだから、さ」
ライラは髪を洗いながら、白い歯を覗かせて笑みを向ける。
そして、彼女はきっぱりと言った。
「――なろうと思って行動した者だけ、そうなれる」
オレはハッとさせられた。大切なのは気持ちだけでなく、行動なのだと、気づかされた。
「そうだな……貴様の言う通りかもしれない」
「一緒になろう、お前の言う【立派な騎士】ってやつに」
「だな」
オレとライラは正面から向き合い、互いに拳を突き合わせた。
その直後、ライラは目を細め、その黒い瞳に燃え上がるような野望を宿した。
「――だが、王国一の騎士の座は、勇者たるワタシのものだ」
ライラは自らの腰に手を当てて、拳をぎゅっと握りしめる。
どうやら彼女も、国一番の騎士を目指しているようだ……しかし、一番というのは一人しかなれない。
「いや、それは困るな。オレは両親に、国一番の騎士になって帰ってくると約束したからな」
「なるほど……つまりワタシとお前は、同級生であり、ライバルでもあるということだ」
「――オレは、お前を超える」
「やれるもんならやってみろ。ワタシはお前の2歩……いや、1000万歩先を常に行くぞ」
「……ハハッ、誇張しすぎだ、バカが。海を越えてアメリカ大陸にまで行ってるじゃねぇか」
1000万歩は、さすがに誇張し過ぎだ。オレも、そこまで突き放されるつもりはない。
「イッヒヒ。覚悟しておけ……ワタシは、勝利のためなら何だってする女だ。場合によっては【悪魔】と手を組むことも躊躇わないだろう」
「ほう……」
ライラは独特な笑い声を浴室に響かせた。
「お前のことを【上から】見下ろすのが楽しみだ、イッヒヒ!」
そう言って、ライラは体の水気をタオルで拭きとり、浴室を出た。
――勇者ライラ、お前を絶対に越えて、国一番の騎士になってやる。
そう決意を固めたオレは、その後、騎士の卵としてついに戦場に立つことになる。
相手は、オレたちの王国を脅かす隣国、フランスの革命軍だ。




