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王国最強の老騎士

 騎士になるためには、とにかく大変なことが多い。


 歴史、数学、神学、兵法、兵站へいたん、地理、法律、騎士道精神、外国語、剣術、馬術、銃の扱い……求められる知識と能力は多岐にわたる。頭がパンクしそうだ。


 日々の過酷な訓練で、手足の皮は全て剥けて、体中が傷だらけになった。


「さすが勇者だ。剣術も馬術も、他の学生とレベルが違う」

「女性だけれどたくましいな。俺も、ライラさんみたいになりたいよ」

「ヤバくね?あいつ、歴史のテストも神学のテストも100点だってよ」


……で、褒められ、もてはやされるのは、勇者ライラばかりときた。オレと成績は同程度なのに、だ。


――ライラは【勇者】、オレは没落の貴族。天と地を比べるような身分の差を、騎士学校生活の中で目の当たりにした。


 悔しい、不甲斐ない……その気持ちを原動力バネに、オレはハンニバル師匠を訪ねた。


「お忙しいところ、失礼いたします。師匠……オレに剣の稽古をつけてください!」


 そして、現在に至る。


 白く美しい満月の下の演習場、オレは、愛馬にまたがり、剣を握る。


「筋力が上がり、体幹が鍛えられてたくましくなったな、ヴァルハイトくん」

「恐れ入ります、師匠」


 オレの目の前には、馬に乗り、重い鎧を身につけたハンニバル師匠がいる。


 曲がっていた腰がまっすぐ伸びていて、鋭い眼光でオレを貫くその勇猛なる姿は、【戦士】のものであった。


「ワシは準備完了じゃ。いつでも来たまえ」

「よろしくお願いしますっ――いざ勝負!!」


 オレは馬を走らせ、師匠に斬りかかった。


 馬と馬が交差する瞬間に、風を斬るがごとく、素早く剣を振るった。


「剣技、十字斬クロススラッシュ!!」


「素晴らしい剣技じゃ。だが遅い――」


 オレの渾身の剣技は、ハンニバル師匠の剣によって弾かれた。


 剣の刃が風を切る「ビュン」という音が遅れて聞こえてきて、オレは落馬し地面を転がった。


「何が、起こって……?」


 砂の味がする。


 師匠は悠々と乗馬していた。


「ワシの勝ちじゃ、ヴァルハイトくん。腰のベルトを見なさい」

「腰のベルト……!?はっ!切れてる……」


 剣をおさめるためのさやを繋ぐ革ベルトがプッツリと切断されていた。


 馬に乗りながら、オレの剣技を受け流し、腰のベルトだけを切断するという凄技、早業、離れ技の三拍子。

 オレの今のレベルでは、師匠には到底敵わない。


 全身の力が抜けたオレは、砂の地面へ仰向けに倒れた。


「師匠、オレは、どうすれば強くなれますか?どうすれば、あなたのように強くなれますか?」


「落ち着きなさい、ヴァルハイト。焦っていては、強くはなれんよ」


 オレは口を閉ざした。


「ワシは騎士として、オーストリア継承戦争、七年戦争、バイエルン継承戦争……数々の戦を戦い抜いた。まず、君とは経験が違う」


「オレに、足りないものは何でしょうか……?やはり、師匠のおっしゃった経験でしょうか?」


 師匠はオレの隣に馬を寄せ、オレの顔を見下ろした。


「経験もそうじゃ。しかし、真に足りないのは、まさに、君のそういうところじゃよ」


「……?どういう意味でしょうか?」


「自分に足りないものは何か――そうやって内側にばかり目を向けて、自省ばかりで、自分の長所すら忘れてしまうところじゃよ」


 師匠は馬を下り、オレに手を貸してくれた。


「ヴァルハイトくん、君は、勇猛で、まっすぐで、かつ思慮深い。目立ってはいないが、君の成績も剣技も馬術も優秀じゃ」


「師匠……」


「自信を持ちなさいヴァルハイトくん。君は優秀な……いや、歴史的な騎士になるための素質を備えておる」


 オレは、師匠の手を借りて立ち上がった。


「しかし、決しておごるべからず。日々学び、剣の腕を高め、多くの学生と交流して、自らを高め続ける気概を忘れぬように」


「はい、師匠!!貴重なアドバイス、ありがとうございます!!」


 師匠の言葉に励まされた。


 そのとき「何やってるんだ、ヴァルハイト?」と、オレを呼ぶ声が響いた。


 手すりに寄りかかり、皿を抱えてスープを飲む【勇者ライラ】がそこにいた……そうか、もう夕食時か。


「師匠に稽古をつけてもらっていたんだ」


 オレはライラの問いにこたえた。


 すると、師匠が剣を持ち、ライラに呼びかける。


「ライラくん、君もワシと一戦交えてみるかね?」

「はい、ぜひ!!」


 ライラは即答し、スープの皿を手すりの上に置いて、素早く準備を済ませた。

 剣を携え鎧を着て、愛馬を連れてくる。


「師匠、ワタシは強いですよ。本気を出してもいいんでしょうか?」


「……老人がゆえ、少々手加減してもらえると助かるの。フォッフォフォフォ」


 老騎士ハンニバルと、現勇者ライラの力が衝突する。

 オレは二人の決戦の様子を、固唾をのんで見守り、戦いの仲介を務めた。


「――はじめっ!!」


 オレの開始の合図とともに、2人が馬で走り出した。


 先手に出たのは、師匠ハンニバルだった。


 よく見ると、師匠の剣は青白く光っていた。魔法か、あるいは剣技の一種なのか……そう思っていた矢先、師匠は剣を高く掲げた。


「いでよ、天のつるぎ!!」


 師匠の頭上に、7本の巨大な剣が出現。ライラを狙って、次々と飛翔した。


「これが、師匠の剣技か!おもしろい、ワタシもいつかやってみたいです!!」


 ライラはたくみに愛馬を乗りこなして、7本の空飛ぶ剣を回避する。


 彼女は白い歯を覗かせて笑っていた。


「むぅ……さすがは勇者じゃ。ワシの剣技を、こうも簡単にいなすとは……」


「こんどはワタシの番です――剣技、【セラフィミック・バースト】!!」


 ライラは、自慢の剣技を用いて師匠に挑む。


 巨大な魔物リヴァイアサンを撃退した、あの三日月型の衝撃波が、師匠に襲いかかった。


「おりゃ、せいやっ、とりゃーー!!」


 掛け声はマヌケだが、衝撃波の威力は恐ろしい。


 狙いを外した衝撃波は、レンガの壁を粉々に粉砕した。


「ぬう……」

「師匠、大丈夫ですか?」

「ああ、心配は無用じゃ、ヴァルハイトくん」


 師匠は防戦一方。馬で駆け回り、迫りくる衝撃波を剣で受け流すか、斬り裂くことに専念している。


 衝撃波は四方八方に飛び、指揮学校の校舎に衝突した。

 その衝撃で、手すりの上のスープがこぼれて、校舎の窓ガラスや石造りの壁が粉砕された。


「ライラ、ストッッッッッッッップ!!」

「っ――あ、ヤッバ!」


 オレが制止を叫び、ライラはようやく剣をおさめた。


 騒ぎを聞きつけて、学校の職員が「何ごとだ!?」と、割れた窓から顔を覗かせた。


「も、申し訳ございません、師匠!割れた窓の弁償をさせていただきます!」

「……そうしてもらえると助かるのう。ライラ、今回は引き分けということでよいか?」

「はっ!またの機会に、ぜひお手合わせ願います!」


 勇者VS老騎士の戦いは、引き分けということで決着した。


――オレは、師匠に言われた通り、優秀な人間かもしれない。けれど、あの二人には到底届かない。


 そう落胆しながら、オレは汗を洗い流すために、シャワー室へと向かった。

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