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お姫様抱っこ

 僕には、歳が3つ離れた姉がいた。


「畑仕事、手伝ってくれてありがとね、アレス。はい、ご褒美のぎゅー!」

「や、やめてよ姉さん……恥ずかしいって」


 よく、僕のことを優しく抱きしめてくる、スキンシップが激しい姉だった。


「花飾り作ったから、付けてあげるね」

「あ、ありがとう」


 手先が器用な姉さんは、花飾りを作ってくれた。


「ん、似合ってるじゃん。可愛いよ♥」


 僕の黒紫色の長い前髪に、紫色のサフランの花飾りが結びつけられた。


「えへへ、ウチの弟は相変わらず可愛いなぁ」


 僕の赤くなった頬を撫でながら、姉さんは楽しそうに笑っていた。


 僕は、そんな姉さんのことが心から大好きだった。姉として、そして一人の女性として、慕っていた。





「姉さん……大好きだよ」


 亡骸を土に埋める前に、姉さんの体をもう一度強く抱きしめた。


 血が流れすぎたために、姉さんの体は軽くなり、石のように硬く冷え切っていた。


 僕とメイドさんは黙ったまま地面を掘り、姉さんを埋葬する。


 半月が輝く夜空の下、村からは未だに、黒煙が立ち昇っていた。


「――じゃあね、姉さん」


 僕は姉さんに別れを告げて、姉さんを穴に葬った。


 姉さんを埋めた場所は、僕が幼い頃に病気で死んだ母さんの墓の隣。これで、姉さんの寂しさが少しでも和らげばと願う。


 最後に、姉さんがつけてくれた紫色のサフランの花飾りを供えた。


 そのかたわら、赤髪のメイドさんはそっぽを向いていた。

 彼女がどんな表情をしていたのか、僕には分からなかった。


「ああ……嫌だ。これで姉さんとお別れなんて……」


 姉さんが本当に死んでしまったんだという実感が湧いて、胸が締めつけられる思いだった。


 ボロボロと涙をこぼす僕に対して、赤髪のメイドさんは「泣くな。泣いたって何も解決しない」と、冷たく言った。


「僕は、これからどうしたら……」



――僕には、もう何も残されていない。故郷も、家族も、家も、何もかも。


「じゃあ、死ねば」


「え……」


 メイドさんは腕組み、地面に膝をつく僕を無表情で見下ろしている。


「死ねば、すべて解決する。お姉さんを失った悲しみも、今抱えている痛みも、未来への不安も、何もかも無かったことにできる」


 メイドさんは、冷酷に吐き捨てた。


「な、なんでそんなこと……」

「気安く私の体に触ろうとするな。気色悪い、早く死になさい」


 メイドさんは、僕が伸ばした腕をはたき落とした。叩かれた手の甲が真っ赤になって、ジンジンと痛んだ。


「死ぬ……そ、そんなの、できないよ」


 地面に膝をつく僕を見下ろすメイドさん。

 その冷酷な赤い瞳の奥には、かすかな優しさの光が灯っていた。


「――死ぬのが怖い。生きる理由なら、それだけで十分よ」


 僕の黒い瞳をまっすぐ見つめるメイドさんは、そう言った。


「あなた、名前は?」

「……アレス、です」

「アレス、強くなりなさい」


 メイドさんは急に膝を曲げて屈み、僕の肩に手を添え、目線を合わせた。


「弱き者は自分を守れないし、大切な人も守れない。だから、アレス、強くなりなさい」

「強く……」


――弱き者は自分を守れないし、大切な人も守れない。


 メイドさんの言葉が、頭の中でぐるぐると巡った。


 僕が弱いせいで村の人たちは殺され、姉さんは死んだのかもしれないと思って、また吐きそうになった。


「さあ、お姉さんのとむらいは済んだ。行くわよ」

「ど、どこに?」

「あなたにとっての新しい居場所」

「え……?あ、あの、ちょっと!?」


 小柄な僕は、メイドさんに軽々と抱え上げられ、お姫様抱っこされた。


――彼女の体は、氷のように冷たかった。


 彼女の豊かな胸が押し当てられた。

 メイド服越しに、彼女の静かで、ほとんど聞こえない心臓の鼓動が感じられる。


 困惑する僕は、華奢きゃしゃなメイドさんに抱えられたまま、野を駆け、森の木々を飛び越えた。


「そろそろ到着するわ。ほら、あそこ」

「あれって、光……?」

「あそこに、私と旅をしている仲間がいる」


 夜の闇に閉ざされた森の中、魔法のランプのほのかな光が見えてきた。

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