お姫様抱っこ
僕には、歳が3つ離れた姉がいた。
「畑仕事、手伝ってくれてありがとね、アレス。はい、ご褒美のぎゅー!」
「や、やめてよ姉さん……恥ずかしいって」
よく、僕のことを優しく抱きしめてくる、スキンシップが激しい姉だった。
「花飾り作ったから、付けてあげるね」
「あ、ありがとう」
手先が器用な姉さんは、花飾りを作ってくれた。
「ん、似合ってるじゃん。可愛いよ♥」
僕の黒紫色の長い前髪に、紫色のサフランの花飾りが結びつけられた。
「えへへ、ウチの弟は相変わらず可愛いなぁ」
僕の赤くなった頬を撫でながら、姉さんは楽しそうに笑っていた。
僕は、そんな姉さんのことが心から大好きだった。姉として、そして一人の女性として、慕っていた。
♢
「姉さん……大好きだよ」
亡骸を土に埋める前に、姉さんの体をもう一度強く抱きしめた。
血が流れすぎたために、姉さんの体は軽くなり、石のように硬く冷え切っていた。
僕とメイドさんは黙ったまま地面を掘り、姉さんを埋葬する。
半月が輝く夜空の下、村からは未だに、黒煙が立ち昇っていた。
「――じゃあね、姉さん」
僕は姉さんに別れを告げて、姉さんを穴に葬った。
姉さんを埋めた場所は、僕が幼い頃に病気で死んだ母さんの墓の隣。これで、姉さんの寂しさが少しでも和らげばと願う。
最後に、姉さんがつけてくれた紫色のサフランの花飾りを供えた。
その傍ら、赤髪のメイドさんはそっぽを向いていた。
彼女がどんな表情をしていたのか、僕には分からなかった。
「ああ……嫌だ。これで姉さんとお別れなんて……」
姉さんが本当に死んでしまったんだという実感が湧いて、胸が締めつけられる思いだった。
ボロボロと涙をこぼす僕に対して、赤髪のメイドさんは「泣くな。泣いたって何も解決しない」と、冷たく言った。
「僕は、これからどうしたら……」
――僕には、もう何も残されていない。故郷も、家族も、家も、何もかも。
「じゃあ、死ねば」
「え……」
メイドさんは腕組み、地面に膝をつく僕を無表情で見下ろしている。
「死ねば、すべて解決する。お姉さんを失った悲しみも、今抱えている痛みも、未来への不安も、何もかも無かったことにできる」
メイドさんは、冷酷に吐き捨てた。
「な、なんでそんなこと……」
「気安く私の体に触ろうとするな。気色悪い、早く死になさい」
メイドさんは、僕が伸ばした腕をはたき落とした。叩かれた手の甲が真っ赤になって、ジンジンと痛んだ。
「死ぬ……そ、そんなの、できないよ」
地面に膝をつく僕を見下ろすメイドさん。
その冷酷な赤い瞳の奥には、かすかな優しさの光が灯っていた。
「――死ぬのが怖い。生きる理由なら、それだけで十分よ」
僕の黒い瞳をまっすぐ見つめるメイドさんは、そう言った。
「あなた、名前は?」
「……アレス、です」
「アレス、強くなりなさい」
メイドさんは急に膝を曲げて屈み、僕の肩に手を添え、目線を合わせた。
「弱き者は自分を守れないし、大切な人も守れない。だから、アレス、強くなりなさい」
「強く……」
――弱き者は自分を守れないし、大切な人も守れない。
メイドさんの言葉が、頭の中でぐるぐると巡った。
僕が弱いせいで村の人たちは殺され、姉さんは死んだのかもしれないと思って、また吐きそうになった。
「さあ、お姉さんの弔いは済んだ。行くわよ」
「ど、どこに?」
「あなたにとっての新しい居場所」
「え……?あ、あの、ちょっと!?」
小柄な僕は、メイドさんに軽々と抱え上げられ、お姫様抱っこされた。
――彼女の体は、氷のように冷たかった。
彼女の豊かな胸が押し当てられた。
メイド服越しに、彼女の静かで、ほとんど聞こえない心臓の鼓動が感じられる。
困惑する僕は、華奢なメイドさんに抱えられたまま、野を駆け、森の木々を飛び越えた。
「そろそろ到着するわ。ほら、あそこ」
「あれって、光……?」
「あそこに、私と旅をしている仲間がいる」
夜の闇に閉ざされた森の中、魔法のランプのほのかな光が見えてきた。




