リヴァイアサン
♢チェコ プラハ♢
古都プラハの街を覆い尽くしたその魔物は、小さな【点】が集まり、女性の身体を形作った巨大な魔物だった。
よく見ると、その【点】の一つ一つが人間の死体であることが分かる。
「うわ、気持ち悪っ……あれ全部、人間の死体か」
ライラは顔をしかめた。
灰色の体表をもち、全身から死体の群れを蛇のように伸ばして、市民を追いかけ回していた――その魔物の名を【リヴァイアサン】という。
「どんなに神に嫌われていたら、あんな悲惨な容姿に生まれるんだろうな?」
「知るか。オレは、市民を護ることに徹する」
「だな。ワタシもだ――よし、一発やるか!」
オレとライラは剣を鞘から引き抜いて、戦闘準備を完了した。
「きゃああああああ!!」
「お母さん!!」
母親が死体の群れに連れ去られ、娘が泣き叫んでいる。
そんな光景を前に、正義感溢れるライラが黙って傍観しているはずがなかった。
「母親を離せ、魔物め!――剣技、【セラフィミック・バースト】!!」
落雷のような「ドンっ」という轟音とともに、ライラの剣から三日月型の衝撃波が放たれた。
衝撃波は、見事に死体の群れを両断し、母を解放した。
「ヴァルハイトは街の北側を頼む。ワタシは、それ以外の方角の人々を護る」
「貴様一人で守り切れるのか?」
「ああ、問題ない――だって、ワタシは【勇者】だからな」
ライラは襲い来る死体の群れに挑むべく、剣を手に街へと繰り出した。
(まさか、本物の勇者ではあるまい……いや、まさかな)
剣から衝撃波を飛ばすなど、ただ者ではない。魔法剣の類だとすれば、相当優秀な剣士だ。もしかしたら、本物の【勇者】なのかもしれないと、オレは一瞬思った。
いかん、あいつの剣技に見惚れている場合か。
騎士を目指すならば、人を護るんだ、オレ!!
「はあああ!!」
拙い剣技ながら、オレはリヴァイアサンに立ち向かう。
市民を連れ去ろうとする死体の群れを次々と切り裂き、人々を守護した。
「みなさん、あれは【リヴァイアサン】という魔物です!あなた方、生者を飲み込み、成長する厄介な魔物です!今すぐに、建物の中に避難してください!」
オレは慣れないながら、腹から声を出して避難を呼びかけた。
市民たちは、蜘蛛の子を散らすように離散して、近くの家屋や教会の中に避難した。
その間にも、死体の群れがオレの体を引き裂こうと迫ってくる。
「さあ、これで気兼ねなく剣を振れる――剣技、【十字斬!!】」
死体の群れを十字に斬り裂いた。
オレが剣を振るっている間にも、遠くから「ドーン、ドーン」という音が聞こえてくる。
その音の正体は、ライラの剣技であった。
「剣技、【セラフィミック・バースト】!!」
何度も何度も、ライラは剣技を叫び、剣を振るう。
彼女の剣からいくつもの三日月型の衝撃波が放たれ、リヴァイアサンの巨体を切り裂く。
リヴァイアサンの体表からは、死体がバラバラと落ちた。
(あんな巨大な魔物を、たった一人で相手するなんて……オレも負けてられないな!!)
ライラの大活躍に鼓舞されて、オレは次々と死体の群れを斬り、人々を助け出した。
しばらく応戦していたら、死体の群れが現れなくなったので、街の中央部でライラと合流する。
「どうだ、ライラ?このデカブツを討伐できそうか?」
「決定打に欠けているといった感じだ。ワタシの力だけじゃ、討伐は難しい」
ライラは腰に手を添えて、はるか上空を浮遊するリヴァイアサンの巨体を見上げた。その体の表面の点……つまり、死体は、数を増している。
「ほら、見ろ……こうして話をしている間にも、リヴァイアサンの体の死体が増えて回復している」
リヴァイアサンの体を構成する死体の供給源はどこなのだろうか?見る限り、この街の住民ではないようだが。
とにかく、今考えるべきは、あの巨大な魔物をどのように討伐して街を守るかだ。
「オレも協力しよう。できる限りを尽くす」
「ヴァルハイトは、あいつの右腕を落とせ。ワタシは左腕を狙う」
「了解。善処する」
黒い雲から、ライラの剣に一直線に落雷。
ライラは、電撃魔法の電気を帯びた剣を手にしていた。
「っ――魔法剣だと!?」
「これがワタシの全力……お前には真似できまい」
オレとライラは阿吽の呼吸で踏み込み、リヴァイアサンの巨体に飛び込んだ。
「っ――剣技、十字斬!!」
「天の怒りを知れ――剣技、【雷神憤怒】!!」
ライラはリヴァイアサンの左腕を電撃の剣で焼き焦がし、オレの剣は右腕を十字に斬り裂いた。
リヴァイアサンの両腕は、オレとライラの剣技を受けて崩壊した。死体がバラバラと街に落ちている。
リヴァイアサンは「ギャアアアアアア!!」という絶叫をあげながら、黒い雲を巨体に身にまとい、空の彼方に飛び去った。
「ヴァルハイト、やるな。勇者たるワタシに追随するとは」
「これぐらい、オレにもできる。舐められては困るな」
街の平穏は、オレとライラの剣によって守られた。
「あのお方、勇者じゃないか!?」
「「勇者様万歳!!」」
「我々の街を護って下さり、本当にありがとうございました!」
「さきほど助けてもらった者です!これはほんの気持ちです。受け取ってください」
ライラは、空が割れんばかりの歓声を一身に浴びていた。百人もの人々に囲まれ、感謝され、お礼のクッキーや指輪を受け取っていた。
……一方、オレを褒め称える声はなし。
しかし、ライラに対して嫉妬の念は一切湧かなかった。なぜなら、今、目の前に、幼い頃から憧れている【勇者】がいるからだ。
「ライラ、貴様……本当に、本物の勇者なのか……?」
オレは恐る恐る、市民の群衆をかき分けて彼女に歩み寄った。
ライラは白く整った歯を見せて、ニッと笑った。
「そうだ――ワタシこそが、第18代勇者のライラ・フォン・イスカリオーテだ」
騎士学校の同級生が、まさかの勇者だった件について……驚きを隠せない。
オレは、この圧倒的な強さを誇る女勇者ライラと騎士学校に入学し、寝食を共にして、競い合い、切磋琢磨するのだ。
「夢だとしても、都合が良すぎるな……」
オレは改めてライラに握手を求めた。
彼女は、快く握手に応じてくれた。
「オレ、勇者に憧れてたんだ……」
「ほう、そうか。憧れの人に会えて、さぞ嬉しいことだろう」
「その剣は、つまり……勇者の証、聖剣か?」
「そうだ。この聖剣は、かつてアーサー王が持ち、魔王を打ち倒して、勇者代々受け継がれてきたものだ」
「持ってみてもいいか?」
「あ、ああ。いいぞ」
オレはライラから、本物の聖剣を受け取った。
聖剣は、宝石や金で飾られていて、ずっしりと重かった。これを軽々と振るう勇者ライラは、やはり、ただ者ではない。
オレは「ありがとう、ライラ。感動した」と感謝しつつ、聖剣を彼女に返した。
聖剣の力は、魔物リヴァイアサンとの戦いでライラが示した通りだ。様々な剣技を可能として、巨大な魔物を打ち砕く力を持っている。
名実ともに、彼女は正当な【勇者】なのだ。
「悔しかったら、努力して、ワタシを力で追い越してみろよ。イッヒヒヒ!」
勇者ライラは、すがすがしい笑みを浮かべ、青空の下の街を見据えていた。




