零れ落ちた命
「ありがとうございました、ノア・ナイトメアの皆さん」
村長から改めて感謝され、報酬が手渡される。
僕たちノア・ナイトメアは、一か月間におよぶ村の防衛と事件の調査という依頼を終えて、次の依頼へ出発しようとしていた。
「アレスくん、お母さんとわたしのことを助けてくれて、ありがとう。あなたは、命の恩人だよ」
ユリアさんは、僕の手をぎゅっと握った。その瞬間、疲れて冷え切っていた僕の心は、少しだけ温かくなった。
僕の努力と剣が、二人の命を救うことに繋がったことは何よりうれしかった。
「あががががが……アタシのアレスがぁぁぁぁ……我が愛弟子に取られたぁぁぁぁ……」
マーレが口を開けてぼうぜんとする。僕とユリアが仲睦まじくしている様子が気に食わない様子だ。
ついにはエーリカに「アレスは、別にあなたのモノじゃないでしょ」と、ツッコまれる始末だった。
「マーレ師匠も、短い間でしたが、ありがとうございました。教えてもらった魔法、決して忘れません」
ユリアは、師匠であるマーレに深々と頭をさげた。
「ア、アタシも、貴重な経験ができたわ……ありがとう、我が愛弟子のユリアちゃん」
「わたしはこれからも、マーレ師匠みたいな立派な魔法使いを目指して頑張ります!」
【立派な魔法使い】かどうかは置いておいて、マーレが魔法の天才であり、良き師であったことは確かだ。
師マーレと、弟子ユリアは、別れ際に抱き合った。
僕たちは村人たちから惜しまれながら馬車に乗り込み、いよいよ村を旅立つ。
「どうか、ノア・ナイトメアのみなさんに、神のご加護がありますように……」
連れ去り事件の疑いが晴れたシスター・ジョセフィーヌが、僕たちに祈りを捧げた。
その後ろからは「「またねー」」と手を振る子どもたちの姿もあった。
村人たちから深く感謝され、別れを惜しまれながら、僕たちノア・ナイトメアは、ロレーヌ村をあとにした。
――また、どこかで会えるといいな。
♢
家族と故郷を失い、ノア・ナイトメアの仲間入りをして、悪魔たちとの戦い、魔法剣を習得して悪魔狩りの旅をする……
ここ数ヶ月で、あまりに多くのことが起こり過ぎた。
僕は疲れ果てて、長く深い眠りについていた。
「あ……」
目を開ける。見知らぬ木の天井だ。
僕たちは冒険の途中で、集落に滞在させてもらっている。
ベッドから体を起こした。ちなみに、僕は相変わらずマーレと同部屋だ。
木の椅子には、寝ぐせを立てるマーレが座っていた。机に肘をついて眠っており、上半身は下着姿で、ちょっと寒そう。
「はくしゅんっ!ふぇぇ……」
うわ、くしゃみした!
僕は、彼女の肩に毛布をかけてあげた。
「マーレ、そんな格好してたら風邪ひくよ」
「ひひ……」
マーレはいい夢を見ているのか、目覚めず、ニヤニヤ笑っている。
彼女の目の前の机には、ガラクタのようなものが一面に置かれていた。
青い炎を灯す蝋燭、リアルで立体的な口が描かれた怪しい本、宙に浮いた羽ペン、挿絵が動いている資料、さらに、歯型が残った食べかけのバームクーヘンなど……
魔法の書物には、僕が知らない言語で長文が書かれていた。
(……すごい。これ全部、魔法の道具だ)
僕は魔道具を見て、感心していた。
これが、マーレが愛してやまない魔法の研究なのだ。
「んん~アレスぅ……二日酔いと寝不足で頭バカ痛いから、もうちょい寝かせて……」
マーレが目を覚ました……が、すぐに机に突っ伏して二度寝。
「うん。わかった。おだいじに」
「にへへ……あへへ」
僕は夢の続きを楽しむマーレをねぎらい、部屋を出た。
外はよく晴れていて、どこまでも広い青空が広がっている。
「みて見て、サンフラワー見つけたよ!」
「綺麗だね~」
「こっちの白いユリのほうがきれいだよ」
集落に住む子どもたちが、花摘みをして遊んでいた。
そんな元気な子どもたちに囲まれているのは、地面に座る悪魔ヴァルハイトだった。
「おう、アレス。いい天気だな」
「おはよう、ヴァルハイト。何してるの?」
「子供たちと花摘みだ。集めた花を、我が妻の棺に供えてもらっている」
ヴァルハイトと子どもたちに囲まれているのは、棺の中で眠るノアだった。
子どもたちは、見つけてきた花々を棺にお供えしている。
……ノアが死して石になっていることも、ヴァルハイトが悪魔であることも知らずに、子どもたちは花を集めて供えて、楽しそうだった。
「「朝ごはんできたわよ~!」」
集落のお母様方が我が子を呼ぶ声が響く。
子どもたちは「またあとで来るよ、ヴァルハイトおじさん!」と言って、それぞれの家に戻った。
「ヴァルハイトって、意外と優しくて子ども好きなんだね」
僕はヴァルハイトの隣に座った。
「子供は、愛らしく、純粋だから好きだ。子供は家族の宝であり、国の宝だ」
そう言って、お決まりの昔話が始まった。
「50年前、オレとノアの間に子供ができた」
「ヴァルハイトとノアさんの子は、どこにいるの?」
「……オレとノアの心の中だ」
心の中、つまり、【この世にはいない】という言い回しだ。
野暮なことを聞いてしまったかもしれないと、申し訳なく思った。
しかし、ヴァルハイトは白ユリの花を棺に供え、その真相を自ら語った。
「――ノアが、死産したんだ」
「え、そんな……」
「オレが戦場から戻って、ノアの部屋に入ったとき、ぐったりと頭を垂れた我が子を見た。オレは、我が子の泣き声さえ聞けなかった……ノアは、窓の外を見てただ呆然としていて、付き添っていたエーリカは、床に膝をついていた」
ショッキングな話を聞かされて、僕は言葉を失い閉口した。
「ヴァルハイトとノアさんに、そんな悲しい過去があったなんて……」
「だからこそ、オレは何となくわかる――お前の、【大切なもの】が、ある日突然奪われる悲しみと喪失が」
「……」
僕は姉さんと故郷を失い、ヴァルハイトは愛する妻ノアと、わが子を失った。僕たちは、互いに【失ったもの同士】だった。
空気は淀み、沈黙が流れた。
鳥の歌が、林の木の上から聞こえてきた。
「よし、そろそろ朝食にしよう。マーレとエーリカをここに連れてきてくれ」
「……うん。分かった。あ、マーレは寝不足だから、まだ寝てるって」
「おう、了解した」
僕は草の上から立ち上がり、エーリカを朝食に呼びに行く。
ヴァルハイトはそよ風を受けて、棺の中で眠るノアの黄金の髪を撫でていた。




