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零れ落ちた命

「ありがとうございました、ノア・ナイトメアの皆さん」


 村長から改めて感謝され、報酬が手渡される。


 僕たちノア・ナイトメアは、一か月間におよぶ村の防衛と事件の調査という依頼を終えて、次の依頼へ出発しようとしていた。


「アレスくん、お母さんとわたしのことを助けてくれて、ありがとう。あなたは、命の恩人だよ」


 ユリアさんは、僕の手をぎゅっと握った。その瞬間、疲れて冷え切っていた僕の心は、少しだけ温かくなった。

 僕の努力と剣が、二人の命を救うことに繋がったことは何よりうれしかった。


「あががががが……アタシのアレスがぁぁぁぁ……我が愛弟子に取られたぁぁぁぁ……」


 マーレが口を開けてぼうぜんとする。僕とユリアが仲睦まじくしている様子が気に食わない様子だ。


 ついにはエーリカに「アレスは、別にあなたのモノじゃないでしょ」と、ツッコまれる始末だった。


「マーレ師匠も、短い間でしたが、ありがとうございました。教えてもらった魔法、決して忘れません」


 ユリアは、師匠であるマーレに深々と頭をさげた。


「ア、アタシも、貴重な経験ができたわ……ありがとう、我が愛弟子のユリアちゃん」

「わたしはこれからも、マーレ師匠みたいな立派な魔法使いを目指して頑張ります!」


 【立派な魔法使い】かどうかは置いておいて、マーレが魔法の天才であり、良き師であったことは確かだ。

 師マーレと、弟子ユリアは、別れ際に抱き合った。


 僕たちは村人たちから惜しまれながら馬車に乗り込み、いよいよ村を旅立つ。


「どうか、ノア・ナイトメアのみなさんに、神のご加護がありますように……」


 連れ去り事件の疑いが晴れたシスター・ジョセフィーヌが、僕たちに祈りを捧げた。

 その後ろからは「「またねー」」と手を振る子どもたちの姿もあった。


 村人たちから深く感謝され、別れを惜しまれながら、僕たちノア・ナイトメアは、ロレーヌ村をあとにした。


――また、どこかで会えるといいな。





 家族と故郷を失い、ノア・ナイトメアの仲間入りをして、悪魔たちとの戦い、魔法剣を習得して悪魔狩りの旅をする……

 ここ数ヶ月で、あまりに多くのことが起こり過ぎた。


 僕は疲れ果てて、長く深い眠りについていた。


「あ……」


 目を開ける。見知らぬ木の天井だ。

 僕たちは冒険の途中で、集落に滞在させてもらっている。

 

 ベッドから体を起こした。ちなみに、僕は相変わらずマーレと同部屋だ。


 木の椅子には、寝ぐせを立てるマーレが座っていた。机に肘をついて眠っており、上半身は下着姿で、ちょっと寒そう。


「はくしゅんっ!ふぇぇ……」


 うわ、くしゃみした!

 僕は、彼女の肩に毛布をかけてあげた。


「マーレ、そんな格好してたら風邪ひくよ」

「ひひ……」


 マーレはいい夢を見ているのか、目覚めず、ニヤニヤ笑っている。


 彼女の目の前の机には、ガラクタのようなものが一面に置かれていた。


 青い炎を灯す蝋燭ろうそく、リアルで立体的な口が描かれた怪しい本、宙に浮いた羽ペン、挿絵が動いている資料、さらに、歯型が残った食べかけのバームクーヘンなど……


 魔法の書物には、僕が知らない言語で長文が書かれていた。


(……すごい。これ全部、魔法の道具だ)


 僕は魔道具を見て、感心していた。

 これが、マーレが愛してやまない魔法の研究なのだ。


「んん~アレスぅ……二日酔いと寝不足で頭バカ痛いから、もうちょい寝かせて……」


 マーレが目を覚ました……が、すぐに机に突っ伏して二度寝。


「うん。わかった。おだいじに」

「にへへ……あへへ」


 僕は夢の続きを楽しむマーレをねぎらい、部屋を出た。


 外はよく晴れていて、どこまでも広い青空が広がっている。


「みて見て、サンフラワー見つけたよ!」

「綺麗だね~」

「こっちの白いユリのほうがきれいだよ」


 集落に住む子どもたちが、花摘みをして遊んでいた。

 

 そんな元気な子どもたちに囲まれているのは、地面に座る悪魔ヴァルハイトだった。


「おう、アレス。いい天気だな」

「おはよう、ヴァルハイト。何してるの?」

「子供たちと花摘みだ。集めた花を、我がノアの棺に供えてもらっている」


 ヴァルハイトと子どもたちに囲まれているのは、棺の中で眠るノアだった。

 子どもたちは、見つけてきた花々を棺にお供えしている。


……ノアが死して石になっていることも、ヴァルハイトが悪魔であることも知らずに、子どもたちは花を集めて供えて、楽しそうだった。


「「朝ごはんできたわよ~!」」


 集落のお母様方が我が子を呼ぶ声が響く。


 子どもたちは「またあとで来るよ、ヴァルハイトおじさん!」と言って、それぞれの家に戻った。


「ヴァルハイトって、意外と優しくて子ども好きなんだね」


 僕はヴァルハイトの隣に座った。


「子供は、愛らしく、純粋だから好きだ。子供は家族の宝であり、国の宝だ」


 そう言って、お決まりの昔話が始まった。


「50年前、オレとノアの間に子供ができた」

「ヴァルハイトとノアさんの子は、どこにいるの?」

「……オレとノアの心の中だ」


 心の中、つまり、【この世にはいない】という言い回しだ。

 野暮なことを聞いてしまったかもしれないと、申し訳なく思った。


 しかし、ヴァルハイトは白ユリの花をひつぎに供え、その真相を自ら語った。


「――ノアが、死産したんだ」


「え、そんな……」


「オレが戦場から戻って、ノアの部屋に入ったとき、ぐったりと頭を垂れた我が子を見た。オレは、我が子の泣き声さえ聞けなかった……ノアは、窓の外を見てただ呆然としていて、付き添っていたエーリカは、床に膝をついていた」


 ショッキングな話を聞かされて、僕は言葉を失い閉口した。


「ヴァルハイトとノアさんに、そんな悲しい過去があったなんて……」


「だからこそ、オレは何となくわかる――お前の、【大切なもの】が、ある日突然奪われる悲しみと喪失が」


「……」


 僕は姉さんと故郷を失い、ヴァルハイトは愛する妻ノアと、わが子を失った。僕たちは、互いに【失ったもの同士】だった。


 空気はよどみ、沈黙が流れた。

 鳥の歌が、林の木の上から聞こえてきた。


「よし、そろそろ朝食にしよう。マーレとエーリカをここに連れてきてくれ」

「……うん。分かった。あ、マーレは寝不足だから、まだ寝てるって」

「おう、了解した」


 僕は草の上から立ち上がり、エーリカを朝食に呼びに行く。


 ヴァルハイトはそよ風を受けて、棺の中で眠るノアの黄金の髪を撫でていた。

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