眠れない夜……♥
僕は毎日、日記を書いている。
死んだ後に、姉さんに思い出話ができるように……
ーーーーー日記ーーーーー
僕たちが村に来てから、半月ほど経ちました。連れ去り事件の犯人も、悪魔も、まだ出てきません。
僕たちはすっかり、村の人たちと仲良くなりました。
村長さんは、僕とマーレのために、チョコとか、クッキーとかを差し入れしてくれます。
エーリカは、犬族のジョセフィーヌを連れ去り事件の犯人だと疑っていて、毎日孤児院に通っています。
マーレは、村の女の子【ユリアさん】に魔法を教えています。
今日、ついにユリアさんが【塩か砂糖か見分ける魔法】を覚えたみたい。マーレ、変な魔法教えてない……?
ヴァルハイトは、森の中に潜んでいて暇そうでした。陽が沈んでから、愛する妻ノアの棺に供える花を探し回っています。
僕から見ても、不審者にしか見えませんが、村の周囲を警戒するという重要な役割です。
明日も、この村の平和が続きますように。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
日記帳を閉じて、魔法のランプの火を消す。
でも、僕はまだ眠れない。
「我が愛しのアレス♥come here~(こっち来て!)」
なぜ眠れないのかというと、寝る前にマーレからちょっかいをかけられるのが恒例になっているから。僕とマーレは、結局同じベッドで寝ている。
僕は、マーレの腕に後ろからきつく抱きしめられた。
「うっ……マーレ、苦しいよ」
「アレスは小柄だから、いい抱き枕になるわ~」
「僕は抱き枕じゃないんですけど……」
マーレは、下着姿。
布一枚を隔てて、彼女の心臓の鼓動を感じる……ちょっと恥ずかしい。
けれど、彼女に抱きしめてもらえると、自然と心が落ち着く。
――なぜなら、マーレの青い瞳が、背が高いところが、明るい雰囲気が、姉さんに似ているからだ。
「――好きだよ、アレス」
「ぼ、僕もだよ、マーレ」
「え、え!?マジ?アタシたち、結婚しちゃう?」
「あ、あ、そういう意味じゃなくて……」
言葉の齟齬だ。僕が言った「好き」は、恋愛的な意味ではなかった。
「マーレのことは、仲間として好きだよっていう意味だよ!」
「ん~そっか」
マーレの美貌がずいずいと近づいてきて、彼女の息が鼻にかかった。
「おやすみのチューをしよう♥」
「え、あ、あ……あの、キスは……まだ早いと思うよ」
「え~いつになったらしてくれる?」
物欲しそうに、僕の両頬を撫でるマーレ。
彼女の手は適度にしっとりしていて、スベスベとした感触だった。
「悪魔狩りの旅をして、一緒に戦って、もっとマーレのことを知って、もっとマーレのことが好きになったら……いいよ」
僕の返事を受けて、マーレは「きゃ~」と、真っ赤になった顔を手で覆った。
……やっぱりショタコンだな、この人!
「おやすみ、アレス――明日はきっと、今日よりもいい日になるよ」
「うん、一緒に良い日にしていこうね。おやすみ、マーレ」
マーレと隣り合い、ベッドに横になって思う。
僕は、戦いがしたいわけでも、悪魔狩りがしたいわけでもなかった。
――ただ僕は、幸せになりたいのだ、と。
♢
夜中に聞こえてきた奇妙な【音】で、僕は目を覚ました。
(ん、何の音……?)
僕は昔から耳がよかったので、その音に気が付くことができた。
棚の上に置かれた懐中時計は、午後0時を指している。
僕の隣で寝ているマーレは、よだれを垂らしてグースカピースカ眠っている。
「うぅ……あぁ……」
【音】の正体は、同じ部屋で眠るエーリカのうめき声であった。
「エーリカ、大丈夫?」
エーリカは赤の瞳を閉ざし、額に汗を浮かべてうめき声をあげる。まるで、悪夢に魘されているようだった。
僕が「エーリカ!」と何度も呼びかけても、彼女が目を覚ますことはなかった。
――ベッドで苦悶するエーリカの頭には、ヘレボルスという白い花が咲いていた。
「んんん……なに~?バカ眠いし、寝不足でバリ頭痛いんだけど……」
僕の声を聞いて、マーレが眠い目を擦りながらベッドから起き上がった。
「マーレ、エーリカの様子がおかしい!苦しそうだし、何回呼んでも起きないんだよ!頭には、変な花が咲いてるし……」
「……どいて。魔法で無理矢理起こす」
エーリカは、ノア・ナイトメアの一番の戦力であり、グループの司令塔だ。なんとしても、眠りから目覚めてほしい。
「目覚めの魔法――【リム・ウェーク】」
マーレが魔法を詠唱して、エーリカの体が淡い光に包まれる。
しかし、エーリカは目覚めない。
「な、なにこれ……スーパーエリートのアタシでも破れない強力な術式が組まれてるわ」
「マーレ、それってどういうこと?何か分かったの?」
「今、解析魔法をかけたわ……エーリカちゃんに、第四階位催眠魔法がかけられてる!?」
マーレが資金と頭脳をつぎ込んで完成させた第四階位魔法……そんな強力な上位魔法が、エーリカにかけられているらしい。
「アタシが23年の歳月を費やして習得した第四階位魔法……そんな上位魔法、一体誰が使えるっていうの!?」
魔法の強力さも驚きだが、ノア・ナイトメアの主力である戦闘メイドのエーリカを狙うあたり、相手は相当な知恵と魔法の技量を持っていると考えられる。
(連れ去り事件の犯人か……それとも、新しい悪魔の仕業なのか?)
悪い予感を感じていたとき、ふと、窓の外を見た。
(ジョセフィーヌさん……?なんでこんな時間に?)
闇夜の孤児院の前に、犬族のシスター・ジョセフィーヌと、女の子が二人きりで佇んでいる。
その女の子は、マーレが魔法を教えていた村娘【ユリア】だった。
修道服のフードを目深に被ったシスター・ジョセフィーヌは、ユリアに何やら耳打ちして、孤児院の中へと招き入れようとしている。
「マーレ、窓の外見て!あそこ、孤児院の前!」
マーレは、青い瞳を見開いた。
「あー!!ユリアちゃん……あの犬女め!!」
シスター・ジョセフィーヌに手を繋がれて、ユリアが暗闇に満ちた孤児院に連れて行かれる。
その様子を、僕とマーレは確かに見た。
「子どもの連れ去り事件の犯人は、絶対あいつよ!エーリカちゃんが怪しいって言ってたけど……やっぱりそうだったのね!!」
・連れ去りが起こるときに、謎の力で眠ってしまう。
・子どもの連れ去りは、だいたい夜に起こる。
村人の二つの証言が結びつき、シスター・ジョセフィーヌへの疑いが確証へと変わりつつある。
エーリカを魔法で眠らせて、夜の闇に紛れて孤児院に子どもを引き込む――これが、シスター・ジョセフィーヌの子どもの連れ去りの手法か。
「行こう、アレス!」
マーレは、僕の手を引く。
「アタシに任せて。孤児院に入ったら先手を打って、アタシが魔力そのものを封じるから!そうしたらアレスが、あの犬女を押さえこんで!」
「最初に、相手の魔法を使えなくするんだね!」
「Exactly!!(その通り!!)」
あらかじめ作戦を共有しておく。
何としても、ユリアを生きたまま家に帰して、シスター・ジョセフィーヌを取り押さえたい。
「おかしいわね……あいつと顔合わせしたときに、強い魔力は感じられなかったんだけど……」
数々の証言と疑惑が交錯する中、僕とマーレは部屋を出る。
エーリカは、どんな悪夢を見せられているのだろうか……ベッドの上で瞳を閉ざし、魘され続けていた。




