アタシの夢は世界一の魔法使い!
空を覆い尽くす赤い魔法陣は、突然消滅した。これも、悪魔の仕業なのか。
しかし、その悪い予感は良い意味で裏切られた。
「この炎の鳥は……?マーレ、大丈夫!?」
自称天才美少女魔法使いのマーレが、地面に開いた大きな窪みの中心に倒れていた。
彼女の頭上、燃え盛る火の鳥が火の粉をまき散らして羽ばたいている。
「マーレ、何があったの!?」
「ふふふ……長きにわたる魔法研究の末、ついに完成したのよ――第四階位炎魔法が!!」
周囲の木々が焼き焦がされ、木の葉や草花が灰と化していた。
これが、マーレの完成させた第四階位炎魔法の力か。
「アハハ、初めて使う魔法だったから、加減が分からなくて……森の一部をぶっ壊しちゃった」
遠くにいる僕の額に汗が浮かぶほどの灼熱の中、マーレは満面の笑みを浮かべていた。
「エーリカちゃんたちが、魔導書や魔道具を買うお金を出してくれたから、魔法の研究が進んだのよ!ありがとう、エーリカちゃん、アレス!」
つまり、大地の揺れと魔法陣は、悪魔の仕業ではなく、マーレの新しい魔法の試し撃ちだったのだ。
エーリカは安心したのか「……こういうときに紛らわしいことしないでほしい」と、毒を吐いた。
僕は、くぼみの斜面を滑り降りて、地面に倒れるマーレのもとへ。
彼女の全身は汗でびっしょりと濡れており、魔法服の下の白い下着が透けて見えていた。
「なにアタシの下着見てんだよ、このこの~」
マーレはニヤニヤしながら、僕の頬を指でつまんでこねくり回す。
「や、やめてよマーレ、ほっぺグリグリしないで!」
「アレスは純情な顔しておいて、意外とむっつりスケベだなぁ♪」
彼女の腕がパタリと地面に倒れるとともに、燃え盛る炎の鳥は魔力を失って消失した。
どうやら、マーレの魔力は完全に底を突いてしまったようだ。
「マーレ、立てる?」
「甘い物……バームクーヘンがないと立てないよぉ~」
「バームクーヘンはないけど、チョコならあるよ。村長さんにもらったんだ」
僕は冒険服の内ポケットからチョコレートを一粒取り出して、マーレの口に放り込んだ。
チョコをじっくりと味わったマーレは、「マーレ様、復活っ!!」と、勢いよく上体を起こした。
「アレスも、魔法剣を使ったときに気を失ったでしょ?体の中の魔力を使い果たすと、体が動かなくなっちゃうの」
「ああ、そういうことだったんだ」
「全速力で走った後って、息切れして動けなくなるでしょ?それと似たような感じ」
なるほど、と僕は納得を飲み込んだ。
これでまた、魔法の知識が深まった。
「マーレ、はい、水」
「お、気が利くじゃん、エーリカちゃん!ベリーベリーサンキュー!」
エーリカはマーレに水筒を手渡し、騒ぎを聞きつけて集まった村人たちに事の経緯を説明した。
「見たあの火の鳥!?マジでやばいよね!!」
「ま、マーレ、落ち着いて」
「第4階位だよ!?最上位階位まで、あと一歩!憧れの【大賢者】が到達した領域に、あと一段階で手が届くんだよ!?アタシ、世界一の魔法使いになれるかもしれない!!夢を……叶えられるかもしれない!!」
興奮しているからか、マーレは早口だ。
「これからも頑張ろう!ファイト、アタシ!!」
「う、うん……頑張ってね、マーレ。応援してるよ」
マーレは、エーリカの肩を借りて立ち上がった。
「マーレ、あなた、魔法に関しては天才ね」
「え、えへ……えへへへへへ、あへへへへ~ああ、人から褒められるって、なんでこんなに気持ちいいんだろう!気分爽快ッ!」
そして、彼女は魔法の天才であると同時に、褒められるのが好きだ。
僕も重ねて「すごいよ、マーレ!」と褒めると、マーレは鼻の下を伸ばしてニヤニヤ笑った。
エーリカの言う通り、マーレは魔法に関しては天才だ。僕は、一番ランクの低い下位階位の魔法すら使えない。
そもそも、魔法を使えるのが100人に一人ぐらいの割合であることからも、彼女の天才具合がよく分かる。
これからの悪魔狩りでも、魔法の才能を存分に発揮してくれるだろう。
「ただ、アタシの魔力総量がまだ未熟だから、第四階位炎魔法を一発撃っただけで動けなくなっちゃう」
「実戦で使うには、まだハードルが高いということね」
「そゆこと。だから、悪魔と戦うときは、アレスとエーリカちゃんの近接戦闘に頼っちゃうかも~」
そう言って、マーレはエーリカの肩に体重を預ける。
高身長な彼女に寄り掛かられたエーリカは「重い」と、端的に不満を伝えた。
「ちょっと!レディーに重いは失礼でしょうが!」
「私は性別を問わず容赦はしない。言いたいことを言う、ただそれだけ」
エーリカから「重い」と言われたマーレは、頬をぷくっと膨らませて不満顔をした。
「お姉さん!」
そのとき、地面の窪みの縁から女の子が顔を覗かせた。村で酪農をしている女の子だった。
「何かしら、そこのキュートな女の子よ!」
「わ、わたし【ユリア】っていいます!マーレさん、でしたよね?」
「そうよ!アタシこそが、魔法大学首席卒のスーパーエリート美少女魔法使い……将来は【大賢者】に並ぶマーレ様よ!」
声高に名乗りをあげる。
ユリアと名乗った女の子は、少し言葉を詰まらせた。
「マーレさん、も、もしよかったら、わたしに魔法を教えてください!」
少女ユリアもまた、マーレと同じように魔法使いを夢見る少女であった。
「――Of course.(もちろん)」
「……?」
少女ユリアは、小首を傾げて困惑している。
「マーレ、カッコつけているつもりなのかもしれないけど、子どもに【英語】は伝わらないわよ」
エーリカに淡々と指摘され、冷たい視線を向けられる。
マーレの顔は、急速に赤く染まった。
「も、もちろんよ、ユリアちゃん!明日のお昼に、村の広場に来なさい!アタシが師匠として、魔法の授業をしてあげるわ!」
「ありがとうございます、マーレ師匠!」
マーレは恥ずかしさを取り繕うように、声を大にしてユリアに返事をした。
「師匠」と呼ばれたマーレは、また、鼻の下を伸ばして笑っていた。
「う、うへへへへ……アタシ、師匠だってさ。照れるなぁ~♪」




