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悪魔にすべてを奪われた

 この世界には【悪魔】が住みついている。


 悪魔は人々を殺し、時に、国を滅ぼすことさえあった。


「アレス、アレス……どこにいるんだ……?返事をしてくれ!!」


 今日も、悪魔の手によって村が一つ、地図から消えた。





 僕【アレス】は馬車に乗り、油を買いに隣町へ出かけていた。


 その帰りに、故郷の村が燃えているのを目の当たりにした。


「ど、どうして……」


 家が、木が、馬小屋が、何もかもが、燃えていた。


 黒い煙に村全体が覆われて夕日が遮られ、周囲が夜のように真っ暗になっている。


 大量に流れた血で地面がぬかるみ、歩くたびに靴の裏側が「ぐちゃ、ぐちゃ」と粘つく音を立てた。


「ひっ……」


 辺りには、顔見知りの死体がいくつも転がっている。


 僕は膝から崩れ落ち、ある死体のかたわらに胃の中身をぶちまけた。


 焦げた死体それの正体は、読書が大好きな親友だった。その亡骸の周りには、破けた本のページの紙が舞い散っている。


(誰が、こんなことを?何のために?)


 僕は、油を買いに出かけただけ。


 村の人たちは、ただ日常を過ごしていただけなのに、どうして?


(姉さんと父さんを探さないと……)


 家族に会いたい一心で、転がっている死体を避けて歩いて、家の方向へ。

 焦げ付いた肉の臭いと、血の生臭さと、灰の臭いが服に染みついている。



 家の玄関の前、人が血に溺れ、うつ伏せで倒れているのを見つけた。


 その人は、美しく艶のある黒紫色の髪で、頭に空色のバンダナを巻いている長身の少女だった。


 間違いない――あれは姉さんだ。


「姉さん!!」


 倒れている姉さんのもとにヨロヨロと歩み寄って、彼女の体を起こした。


 姉さんの左胸には、大きな穴が開いていた。まるで、獣の牙で引き裂かれたような感じだった。


 そこにあるはずの心臓がえぐり取られていて、その周辺の桃色の筋肉と、折れたあばら骨が剥き出しになっている。


「あ、ああ……血、止まって……姉さん、嫌だ……死なないで、ダメだよ……」


 僕の小さな手では、姉さんの胸に開いた傷を塞ぐことはできなかった。生暖かい血が滝のように流れ出て、ズボンのすそが血で重くなった。


 姉さんは、残された最後の力で僕を見上げて、口を微かに動かした。


(に、げ、て……?)


 姉さんの黒色の瞳から、光が消えた。


 それきり、姉さんは動かなくなった。


「ああ……姉さん、姉さん……!!」


 僕は、姉さんの軽くなってしまった体を抱き上げて、嗚咽おえつの末に泣いた。



 そんな僕の泣き声を聞きつけて、【悪魔】がやってきた。


「――死こそが、この世界で最も美しいのサ」


 大きな鎌を持った悪魔は、理解しがたい戯言を口にしていた。


 牧師のような黒い服を着ている悪魔だ。葡萄ぶどう色の短髪が炎のように揺れており、細い首からは、髑髏ドクロの首飾りをぶら下げている。

 灰色の顔は、頬骨が浮き出るほどにやせ細っていて、ガイコツを彷彿ほうふつとさせる顔つきだった。


 僕は、姉さんの死体を腕に抱えたまま後ずさり、不気味に笑う悪魔を見上げた。


「お前、何なんだよ……誰なんだよ」


「ギヒヒ、死の瞬間こそが、その人の生涯の中で最も美しい瞬間。そして、死は絶対平等の救済であり、究極の芸術なのサ」


 猫のように縦に鋭い瞳孔をもった深紅の瞳が、ギョロリと僕を見据えた。


「お前が……お前が、姉さんを殺したのか……?」


 僕の声は震え、かすれていた。


「ギヒヒヒ、その通り。ボクが、その女の心臓を引きずり出して食べたのサ!」


 赤い目を細めて笑う悪魔。その口元は、血で真っ赤に汚れていた。


嗚呼ああ、心臓を引きずり出したときの悲鳴は本当に美しかった!!心臓を噛み潰した瞬間に深紅の血があふれ出して、ボクの喉を潤した……実に甘美、至高のひと時だったのサ!!」


 悪魔は、獣のような牙を剥き出しにして笑っていた。


 そのとき、死んだはずの姉さんの声が頭の中に響いた。


「きっとできるよ、アレスなら」という、優しい声だ。


 姉さんの優しい一言は、たった一握りの勇気を僕に与えてくれた。


――ありがとう、姉さん。



 その一握りの勇気で、僕は悪魔に一矢報いることができる。


「っ……よくも姉さんを殺したな!!」


 僕は咄嗟とっさに、地面に落ちていた木片を拾い上げた。

 血でぬかるんだ地面を踏み込み、尖った木片の先端を悪魔の赤い眼に突き刺した。


「ガアアアアアアアアアッ!?」


 悪魔の絶叫が響き渡る。


 僕は悪魔の目から噴き出した真っ赤な血を浴びながら、走り出した。


「がはッ!?眼球がこぼれ落ちる……お前、なかなか威勢がいいなァ!」


 燃え盛る木造の家々の間を走り抜けて、とにかく逃げる。


 心の中で「姉さん、とむらってあげられなくてごめんなさい」と、何度も何度も謝りながら、がむしゃらに走った。


「うっ……ごほっ、ごほっ」


 熱い灰を吸い込み、胸の内側が焼けるように熱い。心臓が破裂しそうだった。


 震える膝を抑えながら走る僕の目の前に、複数の人影が浮かび上がった。



――それは、死んだはずの村人たちだった。


 腕や脚、さらには頭部まで失った村人たちが、ヨロヨロと歩きながら、僕に向かってくる。


「「アレス、アレス……」」


 うめき声を響かせながら僕の名前を連呼する村人たち。その手には、農作業用の鎌や包丁が握られている。その姿は、まるでゾンビだった。


 いつの間にか、四方八方を死した村人たちに囲まれていた。


「みんな、どうしちゃったんだよ!僕と姉さんを助けてよ!」


「ギヒヒヒ、いくら呼びかけても無駄だ。そいつらは既に、ボクの操り人形なのサ」


 再び、悪魔が笑いながらやってきた。


 木片を突き刺して潰したはずの右目は、既に再生して元通りになっていた。


 悪魔が髑髏ドクロの首飾りに触れた瞬間、ゾンビと化した村人たちが一斉に飛びかかってきた。


「うわあああああああああ!!」


 僕は村人たちによって地面に押し倒された。


 手足を押さえつけられて、身動きがとれない。


「父さん!!助けて、父さんっ!!」


 どこかにいるかもしれない父さんに助けを求めた。

 

けれど、返事はない。父さんも、悪魔によって殺されてしまったのだろうか。


「さぁ、お前の美しい悲鳴をボクに聞かせるのサ!!」


 助けを叫ぶ僕の細い首元に、悪魔の大鎌の刃が振り下ろされた。


 僕は、死を覚悟して目をぎゅっとつぶった。大鎌の刃が空気を切り裂く「ひゅん」という音が遅れて聞こえてくる。



――そのとき、左目に黒い眼帯をした美人なメイドさんが、黒煙の暗闇から姿を現した。

♦読者のみなさまへ♦


毎日【必ず一話】投稿いたします。

完結まで、どうぞお付き合いよろしくお願いいたします。

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