38 出立…①
8月上旬〜9月中旬
外はしとしと雨が降っている。
「良い天気じゃ無くて残念だったな…」
「なに、まさかこんな大勢に送られるなんて爺も思ってなかっただろうよ。天気なんて瑣末なもんさ」
ヘクターの死因は老衰。
参列者はマルス以外に深い繋がりのある者もいない。
ただ、終わり際にほんの少し縁の出来た人数が多かった。
浅い縁に、大人数、そして比較的若くて、個人が老衰による往生。
降り続く重苦しい雨や雲と違い、葬儀の空気は重くなかった。
葬儀自体はひっそりとしたものだが、程よく偲ぶ…良い葬儀だと思う。
マルスも吹っ切れた顔をしていて、ヘクターも安心して眠れるだろう。
背の伸びたマルスは不遜な態度も相まって、あれよあれよという間に周囲から一目置かれる存在になっていた。
今後はマルスとユーゴが半グレ達を引っ張って行くのだろう。
「お前は街を出るのだな?」
墓の前に立っていたロスは、偉そうな態度のマルスから問いかけられた。
尊大な言動への違和感も今では全く感じない。
横に立ったマルスが、墓を前にして何を考えているのか…ロスにはよく分からなかった。
「ゼルバとかいう面倒そうな貴族に目を付けられたかもしれないからな。直ぐにでも出発するつもりだよ」
「ほう…あのゼルバか?…その割には五体満足なのだな?」
「あんな奴に構ってる暇はないからな」
尻尾を巻いて逃げた事などおくびにも出さず、ロスは堂々と言い切った。
もちろんそばではザハグランロッテが冷めた目でロスを見ていた。
…ツッコまないザハグランロッテちゃんの優しさ…みんな見習った方が良いよ?
頭の中でザハグランロッテを褒めちぎり、ロスは彼女の変異を思い浮かべていた。
「俺はザハグランロッテちゃんと大精霊に会いに行く。ゼルバみたいな小者の相手してる暇なんて無い」
…彼女が苦しむ姿を見たくない。
魔物化を防ぎたい、間に合わせたい…直ぐにでも出発したい…。
ロスの中には不安がこびり付いている。
マルスには格好付けているが、ゼルバの顔を思い出すと表情が歪む。
ゼルバはザハグランロッテの邪魔になる。
…盛大にコケにしてやったし、絶対に逃げとかないと…報復される。
「そうか…」
短い返事…不満そうな気配を感じた。
ロスは聞こうか聞くまいか悩んだ。
…まぁ、人っていうのは悩んだ時は大抵行動を起こさないもんだよな。
そんな事を考えている間に、今回も悩みは時間に流されて無かったことになる。
…面倒事が増えたら嫌だしな。
「後の事はユーゴに頼んだからお前も迷惑かけるなよ?」
その場から離れようと、マルスに背を向けながら軽く手を上げた。
そして歩きながら心残りが無いか確かめてみる。
ユーゴ達に思い入れは無い。
どうなろうと気にもならない。
…うん…情は移ってない、大丈夫。
そもそもクランチェスを名乗ったマルスなら、恐らく地のマフィアに対抗出来る力も持っているのだろう。
…ユーゴ達も平気だろ…たぶん。
…皆はもう出発する準備…気持ちも含めて大丈夫だろうか。…カルルに挨拶していないのは少し心残りかな。…シークス…今度はしっかり守ってやれよ?
ロスは放置できないやり残しがないか確認しながら集合場所に向かった。
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集合場所に着くと、もうみんな集まっていて、日陰で雑談しながら過ごしていた。
早朝にも関わらず気温は既に、焼けるように暑い。
…水の街に来たのはまだ夏前で、少し肌寒い季節だったよな…あれからまだ3ヶ月くらいしか経ってないのか……。
そんな益体もない事を考えながら…。
「悪い、待たせたね。さぁ、絡まれる前に出発しようか」
そうしてロスは、ザハグランロッテ、ミカド、ホセ、エニア、そして蛇のナナ、5人と1匹で水の街を後にした。
「あ゛ーあぢい……雷の街まで…何日掛かんのかな?」
「あーどうだろう…いつ着くかは分からないけど、着く頃にはこの暑さが恋しくなってるかもな」
「いやいやロス兄、俺は騙されないよ!まだこんなに暑いのにんな訳ないじゃん!」
…うーん…雷の街は北にあるし、辿り着くのに恐らく数ヶ月は掛かる。…騙すとかじゃなくて、普通にそうなりそうってだけなんだけどなぁ……。
数日で着くと思っていそうな駄目な子に、ロスは失笑してしまった。
ホセがげんなりしているこの道は、夏の日光に焼かれ、ゆらゆら揺らめいて見える。
…あー暑い。…これ、砂漠なら蜃気楼が見えたりすんのかなぁ……。
喋るのも億劫になりそうな暑さである。
ふと横を見ると、今度はミカドが口を開くところだった。
「あと何日掛かるか分からないけど、日数より途中から町とか村は無くなるらしいから、そっちの方が俺は気になる」
実際に見た事はないが、雷の街は精霊石を還して以来、街が廃れているらしい。
つまり、宿場町や村は雷の街に近づくほど、どんどん少なくなると言う事だ。
…みんな何考えてんだろ?
ミカドの答えにどんな反応をするのかロスは仲間の様子を窺ってみる。
「なるべく近くまで村が有れば助かるよな!」
…まぁ…ホセが何か考えてる訳ないよな。…でも、この楽観さは旅向きだし…これくらいの人数なら良いムードメーカーになる。…全員が辛気臭いよりよほど良い……。
ロスも案外ホセ寄りの考えで、村が無くてもその辺の心配はあまりしていない。
経験則で、地の街からの旅を思い出せば、町や村の跡が有ればなんとかなると思っている。
「人はいなくても、塀とか空き家は残ってるだろ。完全な野宿より安全だと思うし、心配し過ぎなくても大丈夫じゃないかな」
…悪い情報は伝え方に注意がいるけど、良い情報はどんどん共有出来るから楽なんだよな……。
悪い情報は伝え方を間違えるとテンションを落としたり、空気が悪くなったり、気力を削いだり、喧嘩の原因になったり、やる気を無くしたり…旅を危険にする事がある。
…危険が迫ってる時なら緊張感を持たせるメリットもあるんだけど。
「あ、あれ集落かな?」
「ホントだ。エニアちゃん目が良いんだねぇ。それも加護だったり…」
ロスは先頭を歩くミカドの動きを見て雑談を止めた。
ミカドは腰を落として周囲の変化を探り始めていた。
雑談を止めたロスを見ていたエニアもミカドが警戒態勢になったのに気が付いていた。
「…何かいた?」
ついさっきまで緩んでいた緊張感が、不安と共にロスの中で湧き上がってくる。
エニアの問いかけに軽く頷いたミカドは、気になる場所を指し示した。
「オークだな…」
水の街を出て、初めて遭遇する魔獣だった。




