37 確かにいたはずなのに
8月上旬
「なぁ、ちょっと頼みがあんだけどさ。この地のマフィア共…こいつら、俺達にやらせてくれねぇか?」
「は?」
荒事に加わると腹を括っていたミカドに、ユーゴは予想外の頼みごとをしてきた。
「えっと…え?なに?…どういう事?」
「俺達はあいつ等に物凄ぇ恨みがあるんだよ。今回の件が無かったらやられっぱなしだった恨みがな…」
…恨み…そうか、それは有るだろうな。…元々地の縄張りにいて、扱いも相当酷かったらしいし……ならそれも有りなのかな。
「分かった。でも時間を稼ぐのが目的だから無茶はしないように頼むよ。喧嘩の範疇に収まるようにね…」
「あぁ…任せろ!!思いっ切りぶん殴ってやるぜ…!!」
…ダメだぁ…全然分かってなさそう。…でもまぁ、武器無しならいいか…。
溜息を付きながらミカドは睨み合いの場に背を向けた。
「ホセ、エニアも…ロスさんの所に行こう」
「えぇ!?やらねぇのかよ!?」
「ロスさんが居るなら私はどっちでもいいよ?」
「別に残って喧嘩してても良いけど…」
「何だよミカド、寂しいならそう言えよ!がはは」
…違うよバカ。
参加する気満々だったホセは肩透かしを食らって多少不満気で、エニアの方は特に不満は無さそうだった。
ユーゴの掛け声で始まった争いが背中越しに聞こえてくる。
巻き添えに気を付けながらミカド、ホセ、エニアはロスの下へと向かった。
「ロスさんがここに来た理由が気になるんだ。ヘクターの爺さんだって、かなり弱ってるって話だったろ?」
「ロス兄の事だから俺らのことが心配になって来たんだろ。無事に決まってるんだけど、そうだな…顔見せて喜ばせてやろうぜ!」
「そうね」
…何なんだこいつらは?…お前らはロスさんを困らせてばかりなのに…。その自信はどこから湧いてくるんだよ。
このままホセとエニアを連れて意気揚々とロスの前に顔を出せば、恐らく凄く嫌そうな顔をしながら出迎えられるだろう。
…何か見なくてもロスさんの顔が余裕で想像できちゃうな。…あ、ナナもやっぱりそう思うんだ?
ロスのいる場所は、建物からあまり離れていなかった。
こんなに地の縄張りに入り込むロスに、ミカドは不可解さを感じて少し不安になる。
着いた先で、ロス、ザハグランロッテ、マルスの3人がヘクターを囲んでいた。
ヘクターの爺さんは見るからに弱っていて、マルスの無事を喜ぶ姿さえ痛々しく見えた。
…あぁ、もう終わるんだ。
誰に説明されたわけでも無く、ミカドはヘクターの命が終わるのだと理解した。
徐々に弱っていくヘクター。
マルスがいま何を思っているのか、ミカドは見ても分からない。
気丈な振る舞いから、ヘクターに不要な心配をさせたくないのは分かった。
マルスの目には涙が溜め込まれ、今にも溢れそうになっていて…。
「あの日、坊っちゃんに助けられて…私は…娘を助け…孫も見れました」
「そんなのは当然だ!だが…俺はお前の娘を守れなかった…!…孫もだ………!」
「アレは…病だったのです…」
「違う!俺が間違いさえしなければ医者に診せられた……俺が…俺の……」
「ふふ…私がどれほど感謝…しているか…娘も…孫も…感謝しておりますよ…。それに…そろそろお借りしていたものを返す時が来たのです…」
ヘクターの顔から険しさが抜けていく。
マルスの話に違和感を感じながら…関係の薄いミカドでさえ『待ってほしい』『もう少し生きてほしい』と思った。
自分でさえそうなのだ。
マルスの想いは自分の比ではないだろう。
「…もう…私は十分生きました……。私が娘に会いに行っても怒られない…でしょう…」
「爺!…もう…もう終わりなのか…?」
「マルス様…私はもう満足です…でも…はは…坊っちゃんの大きくなった…姿を…見られないのは残念ですが…」
「大きくなった姿?………決めた。爺…まだ死ぬな。大人の姿を見せてやる…だから!まだだ……死なないでくれ…」
ヘクターとマルスはお互いに積もる想いを抱えているのだろう。
ミカド達もロス達も…口を挟む余地は一つも無かった。
その場の全員が、只々その光景を黙って見守っていた。
ヘクターの手をマルスが取ると、手の周りがボンヤリと光り出した。
そして…ヘクターの顔色がみるみる悪くなっていく。
「お、おい!お前は何してんだッ!!」
ホセはマルスを罵倒しながら慌てて止めようとした。
声に反応したマルスは、ホセを一瞥すると、後は完全に無視を決め込んだ。
「ホセ、落ち着け。お前の気持ちも分かる。けどあれはお前が心配する様な…爺さんを傷付けてるわけじゃ無いよ…。ほら…見てみろよ」
ロスの言葉でホセは動きを止め、悔しそうに唇を噛んでいた。
そして…子供だったマルスの身体が少しずつ大きくなっていく。
そして、マルスが大きくなるのと引き換えに、ヘクターの活力が失われていった。
…何だこれは?…何が起きてる??
ミカドが疑問を抱えている間に、マルスの姿は青年になった。
そして変化はピタリと止まる。
「爺…まだ…まだいかないでくれ」
懇願するマルスに、ヘクターは困った顔で弱々しく微笑む。
「あぁ…大きくなりましたな。…私も…坊っちゃんに……まだ付いて行きたい………」
目尻から涙が溢したヘクターは、それを最後にピクリとも動かなくなった…。
ヘクターは息を引き取った。
泣くマルスに声を掛けられず全員呆然と立ち尽くしていた…。
すると目の前で更におかしな変化が起き始める…。
…こんなに呆気無いのか?…いや、呆気無いんだ…俺は知っているだろ……。
ミカドの頭に孤児院の仲間…その死が思い出されていた。
「な…何だあれ…?」
ホセが驚いて声を上げた。
ヘクターから染み出したビー玉くらいの光の玉が暗闇にブワッと広がったかと思うと、そのままマルスを包み込んだのだ。
…!?…だ、大丈夫なのか…??
マルスに良くない影響が有るのではと心配したミカドは、ロスの様子を窺いながら、直ぐに対処出来る様に身構えた。
…防ぐか…逃げるか。
得体のしれない事象。
緊張から噴き出した汗が、脂を帯びてミカドの全身に纏わり付いた。
…ロスさんは動かないな。…落ち着いてるし、これが何か知っているのか…?
マルスを覆う光は時間とともに収束していった。
マルス自体にも、特に大きな変化は無いように見える。
ミカドは胸を撫で下ろしながら…しかし、警戒は解けないでいた。
「今回も一緒にいてくれるのだな…」
意味深な言葉を呟いた後、マルスはゆっくりと顔を上げた。
その瞳は未だ涙で潤んでいる。
そして、マルスの片方の目がボンヤリと光っていた。
「おいおい…あれは都市伝説じゃなかったのかよ……ていうか…」
落ち着いていたロスが驚いている。
…あの人が驚くなんて珍しいな。…危険なのか?
ロスはマルスの成長に驚き、そして似ていると思っていた。
脳裏に映っているのは、カフェ『木かげ』で絡んだ騎士。
その記憶の人物と、マルスと雰囲気がとても似通っていると感じていた。
「何だあれ!?格好いいじゃねぇか!俺も出来ねぇかな!?」
マルスの変化にホセは興奮して羨ましがっている。
そして、ロスはそんなホセに苛ついているようだった。
…いや、ホセ、今はそれ…不謹慎だろ。
ミカドはホセをシバいてやりたいと思った。
が、目の前のロスが不満そうにしているにも関わらず、ホセに何も言わないのだ。
…あの人が堪えてるんだ、俺も黙っておこう。
「それでロス兄」
「ん?なんだよ?」
「この後はどうし…」
「お前はまたか…!?何度言ったら……お前は私を見てれば良いのよ!!」
…お…おぉ?突然どうした?…ザハさんもかなり変な人だからなぁ…。
…今のいままで大人しかったのに……何で?…ホセの何かが気に入らなかった?
ホセのとの会話を遮って怒り出したのだ。
原因はホセの可能性が高い。
…でも、ザハさんも変だから。
もの凄く不機嫌な様子を一瞬見せたはずなのに、今はもう澄まし顔でその場から動き始めてしまう。
…せ、忙しないな。…ロスさんが甘やかし過ぎなんじゃないか?
「あぁ!ま、待ってよザハグランロッテちゃん!?ええ…なになに?俺はザハグランロッテちゃんしか見てないと思うんだけど?ああ!?待って待って!」
急に不機嫌になった挙句、その場から離れて行くザハグランロッテを目で追うロスの哀愁が凄い。
…お、俺…ああはなりたくないなぁ。
ミカドは憐れみの目でロスを見守る。
ザハグランロッテが絡むと、ロスは途端にポンコツになる。
その弱点とも言えるザハグランロッテの怒りの原因が特定できていないからだろうか。
…ロスさん迷っているな。
ミカドは他人事としてロスの行動を冷ややかに見ている。
ここに来た目的であるマルスの捜索と救出は既に成功していると言っていいだろう。
ヘクターは残念な結果に終わったが、これ以上ここに留まる理由は無い。
ザハグランロッテは近くで怒号が飛び交う争いにも興味を示さずに、一人でどんどん歩き、離れていく。
「えっ?本当に行っちゃうの…??」
…冗談でーす!…とか言って戻る人じゃないでしょ。…早くしないと見失うよ?
ミカドが声に出さずに心配していると、マルスがミカドの代弁者となってくれた。
「お前も行け。ここは俺がやっておく」
…体が大きくなったせいかな?…偉そうな物言いが様になってる。…でもあんな言い方、俺がされたら腹が立ちそうだな。
「言われなくても優先はザハグランロッテちゃんに決まってんだろが!お前のことなんか知るかバーカ!」
…ああ、やっぱり腹が立つんだ?…でも、何でそんなガキみたいな口調で罵ってるんだ??
ロスがマルスに『手も足も出なかったゼルバ』を重ねている事をミカドが知る由もなく…ただ、これまでのイメージと違いすぎるロスに混乱させられた。
「悪いなホセ!それからミカド…そういう事だからあと任せるわ!」
ロスは朗らかに言い放ち、全てをこちらに丸投げしてザハグランロッテの後を追って行った。
「ザハグランロッテちゃん!俺も行くからちょっと待ってよー!」
重要な場面だと思うのだが、それを簡単にロスは投げ出してしまった。
ミカドとホセは理解が追いつかずに呆けて見送ってしまった。
更に、そんなミカド達をよそに、完全に理性を失って殴り合うユーゴ達と地のマフィア。
頭に血が上っていて傍から見た感じ、仲裁も逃げるのも難しそうだった。
「爺…見てろよ…」
ボソリと呟いたマルスはすくっと立ち上がり殴り合いの場に歩き始める。
…は?…あそこに参戦するつもりか!?
「おいおい!俺達は手伝うぞ!?」
「ぶっ殺…」
ホセとエニアが助太刀しようと動き出そうとした。
それをマルスは鬱陶しそうに拒否した。
「邪魔だ。手出しも心配も必要ない。俺一人で片付ける」
「な、何言ってんだガキが!……が、ガキか??エニア、こいつは何歳だ?」
「知らない」
ホセとエニアの気の抜けそうなやり取りを無視し、ミカドはマルスの本意を考える。
……一人で片付ける?…この人数を??
喧嘩は少なく見ても40人くらいいる。
この人数を一人で何とか出来るとは思えなかったミカドは、自分の耳に聞こえたマルスの言葉を疑った。
その間もマルスは歩いて争いに近付いて行く。
…まさか本当に一人で?
何をするつもりか分からず、ミカドは戸惑っていて動けない。
状況はミカドを置き去りに、どんどん勝手に変わっていく。
流されるまま、どうするつもりなのかと見ていると、マルスは急に立ち止まり…右腕を上げ、掌を空に掲げた。
…何を?
ミカドは動けなかった。
ただ…マルスの動きを観察し、見ているとボンヤリと手が光っているように見えた。
……魔法?…でも、何の魔法だ?
ミカドが何の魔法か思いつくより早く、球体の光が空に放たれふわふわと照明の様に発光し始めた。
「んあ…!?」
「な、何だ!?」
急に辺りを明るく照らした謎の発光体に、争っていたユーゴも地のマフィアも何かの攻撃かと思い手を止めた。
そこにいる誰もが眩しく光る球体に視線を吸い寄せられていた。
無視できない眩しさの光る球体、それが鈍い音を発し始める。
そして突然…破裂した。
一瞬で発光と破裂音が広がった。
元々明るかった球体が、破裂で更に強烈な光を音と共に炸裂した。
そこにいる誰もがまんまと目を眩ませた。
「遊びは終わりだ。戻るぞ。いいか地のマフィアども…俺の名はマルス・ベリ・クランチェスだ。文句があるならいつでも水のギルドを訪ねて来い」
「…クランチェス!?…は?…クランチェスって此処にもあんの!?」
急に聞き覚えの有る名前を耳にしたホセが驚きの声を上げた。
「く…クランチェスだと…!?」
「しかもミドルネーム付き…!?」
まだ目は眩んだままだったが、地のマフィアの中からそんな声が聞こえてくる。
奴らにとってクランチェスはあまり良いものでは無いのだろう。
地のマフィアに名乗った偉そうなマルスの態度は、頭の中にある印象と変わらない。
…マルスの言動は子供の姿の時と変わっていないよな?…違い?…偉そうな態度が妙にマッチして見える。…こっちが本当の歳なのか?
「爺を弔う」
そう呟いたマルスの声は、静まった夜中に大きく響いて聞こえた気がした。
周りの人間が、誰一人として異議を唱えられなかった。
こうして、ユーゴ達と地のマフィアの争いはあっさりと主導権がマルスに移っていた。
先程のザハグランロッテの様に、マルスもまた争いの場から興味を無くして背を向けた。
ミカドが戸惑いながらその後を追い、ホセとエニアもそれに従う形でその場を後にする。
「お、おい!もう終わりか?」
ユーゴの質問は無視され、場の空気は完全に白けムードへと変化した。
そのまま解散する空気でも無く、ユーゴは困った…すると。
「くそ…!てめぇら、いつか決着を付けてやるからな!」
「望むところだ…いつでも返り討ちにしてやるからよ!」
先に地のマフィアから捨て台詞が飛び出て一気に収束感を帯びた。
ユーゴも地のマフィアに捨て台詞を吐いておく。
そうしてようやく、長かった子供を巡るトラブルは解決した。




