36 繋ぎたい想い…②
外に出るとホセが満面の笑みで出迎えてくれた。
「やったなミカド!俺は誰か起きるんじゃないかとヒヤヒヤしたぜ!」
「褒めてくれるのは良いんだけどさ、少し声がデカいんだよ。起きたら面倒だし、頼むから声は小さく…な?」
ホセに溜息をついてから、ミカド達は部屋の中に入っていく。
間取りはドアを入って直ぐの場所がロビーになっており、ソファーやテーブルが置いてある。
部屋などはその奥に作ってあるようだ。
外部の人間を、建物の奥まで入れるつもりが無い…という意志を感じさせる。
身内以外はロビーで対応し、そのまま外に追い出せるようになっている。
そのロビーに、ミカドはユーゴの仲間を数人潜ませた。
眠ってはいるが、敵のマフィアと同じ空間に息を殺して潜むのだ。
かなり神経を消耗する役割だが…。
その普通なら嫌な役割を、半グレ達は逆にやる気を漲らせていた。
役に立ちたくて仕方無いのだと、ユーゴは説明してくれた。
正直不安しかないが、そこはもう信じるしかなかった。
…不安で言えばホセもエニアも大差無いしね。
そう思った後で、ミカドはなんだか悲しくなった。
建物の中、先頭はナナのサポートで夜目の利くミカドが担当する。
注意が必要なのは目に見える視界だけでは無い、むしろそれ以外の情報がかなり大事だったりする。
この人数で行動しながら音を立てるのは許されない…かなり難しい事だ。
逆に、敵の立てる音が聞こえれば前もって対策や対処が出来る。
今の所、聞こえてくるのはいびきばかりだ。
人が起きて動いている音は聞こえてこない。
廊下の途中には、いくつかのドアがあったが、ミカドは無視してひとまず廊下の奥まで進んだ。
雰囲気からして手前の部屋に子供はいないと感じての事だ。
そのまま歩くと直ぐに廊下の先に辿り着いた。
目の前には上と下に繋がる階段があった。
怪しいのは下、地下だけど…。
「ホセとユーゴは2階に…エニアは俺と下に行こう。ホセの事、頼んだぞ?」
「おい、だからそれどういう…」
ホセとユーゴなら戦闘能力はさておき、頼りになるのはユーゴだろう。
…ホセは不満気だけど。
…のんきにしている時間は無いな。
これだけ静かなのだから、酒に酔って寝ているのだろうが…。
「下の方が怪しいし、俺も下がいい」
「いや…下は暗い可能性が高いから夜目の利く俺が行く。バランス考えたらホセは2階かなと…頼む」
チッ…という舌打ちを鳴らしたホセだが、それ以上不満を出す事は無かった。
階段の物陰にもユーゴの仲間を何人か配置しておいた。
どこで見つかっても敵を挟み撃ちにする為だ。
この辺の細かいアドバイスはロスからのものだった。
効果については半信半疑だが、かといって自分が妙案を出せるわけでもないので取り敢えず従っている。
マルスの居場所が簡単に分かれば良いなと思いながら、ミカドは階段を降り始めた。
階段の途中から…というか上にいた時から酸っぱい臭いが漂っていた。
この臭いだけで様々な憶測が頭の中に浮かんで嫌な気持ちが膨らんでいく。
廊下の様子を窺う。
通路に人は見当たらない。
敵がいないのを幸運だと思いながらミカドは手前のドアを観察し始めた。
ドアには格子の付いた覗き窓が拵えてあり廊下側から中を確認する事が出来るようだ。
…よし、これなら中が覗けるな。
ミカドは内心でガッツポーズを取りながら覗き窓から中の様子を窺った。
部屋の中は真っ暗だが、ナナに熱感知してもらえば人がいるか判断は付く。
マルスは子供だ。
見えなくてもナナなら大きさで大人と子供の判断くらいできる。
全部の部屋を一通り確認したところ、子供は2人いるようだった。
「中に入って確認してみる。エニアはここを守ってほしい」
「ん、分かった」
背後をエニアに任せ、ミカドは子供のいる部屋に入った。
扉は中から開けられないが、鉄の棒を引っ掛けるだけで、鍵が必要無いタイプのもので、正直助かった。
「おい…マルスか…?」
暗くて良く見えない部屋の中、ミカドは子供に近付いて声を掛けた。
50%の確率だが、こういう時は大体ハズレを引くものだ。
…どうせ外れなんだろ?…こっちの子供じゃ無いんだろうな。
「……だれ?」
少し間が空いたあと、少し高い声で返事が返ってきた。
「お前がマルスか聞いているんだ」
自分の質問に答えなかった子供に対してミカドはイライラを募らせた。
本意では無い感情で、強く脅す様な態度になってしまった。
…余裕が無いな…情けない。
自分の未熟さに、ミカドのイライラは収まらない。
良くない事だと思いつつも気持ちを制御出来ないでいた。
…マルス以外に用は無いんだ。…子供でも、関係無い奴に情報は渡せない。
「…ああ、俺がマルスだ」
真偽は分からないが、マルスの顔を良く覚えていないミカドは、取り敢えず信じるしか無かった。
…ユーゴがいれば良かったけど。
組み合わせ的に仕方なかったとはいえ、ミカドは少し後悔した。
「そうか、無事で良かった。助けに来たんだ。早くここから出よう」
「助けに…?」
マルスの怪訝そうな様子に、ミカドは先を促した。
「いいから…細かい話は後にしてくれ。ヘクターの爺さんが……待ってる」
ここに来る前、ヘクターの容態が悪いと聞かされたミカドは言葉尻が鈍くなる。
「…ふん。まぁいいか」
初めてマルスと会ったときに感じた不遜な物言いを聞いて、ミカドは子供がマルスだと確信した。
どうやら50%で珍しく当たりの方を引いたらしい。
拘束を解きながら、ミカドは敵が数多くいる事、酔い潰れているだけで元気な事を言い含める。
マルスは子供で不遜だが、頭は悪くないはずだ。
今もこちらの意図も正確に読み取っているように見える。
…確信は持てないけど。…この子は理解出来ているはずだ……。
「とにかく静かに頼む…」
最後に念を押してミカドが部屋を出ようとしたとき。
「待て、他の部屋にもう1人子供がいる」
「はぁ!?そんな余裕…」
「見捨てるのか?」
「う…ぐぅ…」
ミカドの頭にロスの顔が浮かぶ。
…ロスさん…あの人ならどうする…?…見捨てそうだけど……。
「ミカド…子供が1人も2人も変わんないでしょ」
悩むミカドにドアの外にいるはずのエニアが割って入った。
「俺は子供じゃ…」
「お前は黙れ。ミカドさっさと動こう」
「あ、ああ…」
余計な行動はトラブルに繋がりかねない。
ミカドはそう心配したが、エニアにせっつかれながら動いた結果、特に問題無くもう一人の子供も回収できた。
衰弱しているようだが致命的な怪我は見当たらない。
病気かどうかは分からないが、ぐったりとしている。
「…臭いわね」
子供を担いだエニアが正直な感想をポツリと呟いたが、ミカドもマルスもそれを流した。
というか、マルスも結構臭うのだ。
「ロスさんの方が酷かっただろ…」
ロスとの出会いが頭に浮かび、ミカドはそう言ってエニアを諌めた。
階段を上りながら喋らない様に小声で注意を促した。
…喋らなくても臭いでバレないか…これ?…後は外に出るだけだけど…ホセにも知らせないと…。
ミカドがそう思った時、上の階から無視できない大きさの物音…争う声が聞こえてきた。
「&@#%$!!」
…これは。
見つかってるなと直感した。
「おい、俺達は先に出る!ホセとユーゴに伝えて皆逃げろ!」
ミカドは待機させていたユーゴの仲間に言い放つと先を急いだ。
騒ぎでいつ敵が臨戦態勢になるか分からない。
…ここからはスピードが重要だ!
なるべく静かに早く、廊下を抜けていく。
背後と頭上から聞こえる物音は、全く静かでは無い。
「うぁ…?…なん、だようるせぇ……」
案の定、目を覚ました敵の声が次々に耳に入ってくる。
…早く!
外へ出なければという思いが逸る。
足は前に出ているが酷く遅く感じる。
いつもの狩りとは違い、相手は人だ。
殺しもできない以上、敵が向かって来ればこちらは大きな被害、死者が出る可能性もある。
…それはマズイ!…こんな時はどうするって言ってたっけ!?
ミカドの頭によぎるのはロスの顔だが、何と言っていたかパッと思い出せない。
「エニア!先に行け、外に!マルスも!!」
もどかしく思いながら、ミカドは先にエニア達を外に逃がした。
「…分かった!」
随分と騒がしくなってしまった。
酔い潰れて寝ていた敵が次々に起きて何だ何だと状況を確認し始めている。
焦るミカドはロスに聞かされていた話を思い出そうともがいていた。
……そ、そうだ!…思い出した!
「おい、俺は水のギルド員だ!子供は返してもらう!!ここは狭いし暗い!子供の借りは外で返してやるよ…相手してやるから全員外に出て来い!」
ミカドはそう啖呵を切ると、一度建物の奥を見てから外に向かって歩いて行く。
『スピードと態度で逃げも隠れもしないってアピールしときゃ大丈夫だ。早く動くなよ?相手を慌てさせるな』
ロスの言葉を思い出しながら、ミカドは歩く。
…刺激しないように普通の速度で歩く。…普通の……む、難しい!!
ホセとユーゴは音から判断すると、まだ建物の廊下辺りにいるようだ。
『薄暗い建物の中だと敵味方の区別がつかないし、建物の中にある物は地のマフィアの物だからさ…』
『奴らだって自分達の物は壊したくないし、混乱してるから、堂々としてればこっちの誘導に乗せられるさ』
ロスの言葉を反芻しながら、敵の出方を伺う。
…外に出てくるって言ってたけど…本当に出てきたな。…マジであの人、いったいどこまで読んでるんだ…?
外に出たミカドはホセとユーゴが出て来ないのでやきもきしている。
時間が経つにつれて建物の外にいる敵と味方の人数がどんどん増えてくる。
こちら側の仲間と敵との間で睨み合いが始まり、既に牽制合戦が始まっている。
「……だあ!」
少し間抜けな声と共にホセとユーゴが敵の集団から転がり出てきた。
「ホセ、無事か!?これで全員か!?ユーゴ、数を確認してくれ!!」
「おう!」
ミカドの頼みを聞いたユーゴは素早く行動を開始した。
「さーて!ミカド、どうする!?」
どうするも何も、ここから先の事はロスにも聞いていない。
全員無事なら目的は達成された事になるから後は逃げるだけだ。
「おい!全員いる!大丈夫だ!それより…お前らのボスが来てるぞ。このまま時間を稼げって…」
「はあ!?ロス兄が来てんのか!?何で!?」
ユーゴの言葉を聞いて、ミカドは驚き、ホセがそれを代弁する。
「知らねぇよ、何か爺さんもいたけど」
…爺さん!?…ヘクターの爺さんが!?
「まあいい!ロス兄が時間を稼げって言うなら俺達はそれに従うだけだ!よっしゃ!やるぜぇ!!」
「ホセ、待って!」
「お、おおぅ…!?」
ミカドはホセを制止してから敵の集団の前に出た。
「おい、武器は無しでやろう。お前らも、殺しは無しって決まりがあるんだろ?」
「ああ!?生意気な野郎だな、上等じゃねぇか!ボコボコにして奴隷に落としてやるぜッ!!」
地のマフィアでは殺すと金にならない。
だから生け捕りにして搾り取れというのが基本の不文律として存在している。
…はぁ…数は向こうの方が多い。…酒が抜けてない分、こちらが有利だったら良いけど…。
「よーし!やって良いんだな!?ミカド!」
「時間を稼げば良いらしいからな!」
「オッケイ!まかせろ!!ユーゴ!やるぞ!!」
「おおッ!これまでの糞みたいな扱いを後悔させてやる!!鬱憤を晴らしてやるぜッ!!」
…ふぅ…どうなるんだ?…本当に時間を稼げばいいだけなのか?
ミカドはその後の展開が予想できないまま、楽しそうなエニアの横顔を見てしまい、更に不安を募らせた。
そうしてミカドは因縁の地のマフィアと、初めての戦闘に突入した。




