6 世知辛い世界…中編
「なんか…拍子抜けするくらい絡まれないな?」
ロスの記憶では、3歩歩けばトラブルに巻き込まれるくらいの記憶とイメージだったのが、今回は前線基地に入っても特に何も起こらなかった。
「お前が臭すぎるからでしょうね」
「え?でもザハグランロッテちゃんは俺の匂いを嗅ぎたくて後ろに…痛い!痛いって!」
失礼な彼女の言葉を揶揄するとまたしても物理攻撃が飛んできた。
「と、とにかく…服買って、それから宿屋、汚れを落としてから飯を食べて…宿屋に帰る。街に向かうのは明日…って感じでいい?」
この後に考えている流れを彼女に伝えながら整理する。
相手がいるとき、そして、その相手に安心してほしかったり、信頼してほしいときは、きちんと言葉にしておくことが大事なのだ。
いくら頭の中でしっかり考えていても、それを口にしなければ、相手は分からないまま不安をどんどん募らせる。
安心して貰うには包み隠さず話しておいた方がいい…。
「お前はお金を持っているの?」
「あぁ、それなら仲間から少しずつ掠めといた」
ロスは悪びれもせずそう言った。
実際、ロスは悪いと思っていなかった。
山賊たちの稼ぎは悪い事をして得た収入だからだ。
かといって困るほど盗るのはロスの流儀に反するので、ほとんど困らない程度…広く浅く掠め盗っている。
「…………」
彼女は批判こそしなかったが、恐らく良い印象を持たなかっただろうなと、そう感じた。
旅も終わりが近いからな…。
道中は気を許してもらった方が良かったけど…。
街に戻るなら気を引き締めさせとかないと…。
彼女を想っての発言だったが、自分が悪く思われるのは少し心が痛む…。
「さあ、服だ服!偽装も兼ねて少し防具も買っておこう」
気持ちを切り替えてロスは服屋を指差してザハグランロッテを先導する。
チラリと見える彼女の顔は見慣れてきた冷めた澄まし顔だった。
ポーカーフェイス…。
何を考えているのかロスには読めなかった…。
ロスとザハグランロッテは服を買った後、宿屋で汚れを落とした。
そしてロスは問題に気がついた。
ちょっと綺麗過ぎるな…。
汚れを落とし、綺麗な服を着た彼女はかなり魅力的で人の目を引きそうだった。
「弱ったな…ザハグランロッテちゃんの魅力が眩しすぎる…」
弱ったと言いながら悩みだしたロスに対してザハグランロッテは困惑した。
また適当な事を言ってる…。
ザハグランロッテは軽口を叩くロスに呆れ、完全に無視する事を決め込んだ。
「防具を付ける前提で薄くて軽い服にしたのはマズかったなぁ…」
薄い服はザハグランロッテの体のラインを隠し切れておらず、こんな格好で小綺麗になった彼女が、前線基地を歩けば今度こそトラブルに、それも間違いなく巻き込まれると思った。
簡単に予想できる事だとロスは思ったけれど…どうも彼女の方にその危機感は無いらしい。
「あの…もう一度汚れた服にき…」
「嫌よ」
せっかく綺麗になったのに、また汚い服を着せようというのか!
絶対に嫌だ!
という意志をヒシヒシと感じた。
「……ですよねぇ」
困った様子を見せるロスに、ザハグランロッテは気分が良くなった。
日暮れまで時間ないしなぁ…。
ロスが服を買い直してくる暇は無さそうだった。
「防具屋まで30mってところか…うーん、さっきは余裕だったんだ…心配し過ぎか…?」
ザハグランロッテはかなり不安そうに悩んでいるロスを見て、流石に心配しすぎな気がしていた。
30mなら1mに2秒かけても1分で着く距離なのだ。
そんな超短時間でトラブルに巻き込まれるなど考え過ぎだと思った。
「よし、決めた!行ってみよう!」
ロスは覚悟を決めて防具屋に向かう事にした。
たったの30mだ…。
真っ直ぐ寄り道しないで余所見しなければ大丈夫…なはずだ…。
「それじゃあ行くぞ?俺の後ろから出ないように、離れないようにしてくれよ?」
覚悟を決めたロスが私にアレコレと注文をつけてくるのはウザかったけれど、仕方ないので従ってやることにした。
「じゃあ、はい」
そう言ってロスは手を差し出してきた。
私は差し出された手をしげしげと眺めてから恐る恐る自分の手を伸ばした。
『パシッ』
伸ばした手を取られて、私は心臓が飛び出るほどびっくりしてドキドキした。
そんな事がバレるのは絶対に嫌だったので平気なフリをしたが…。
「よーし…行くか…」
私の気持ちも知らないでロスはそう言うと覚悟を決めた表情で宿屋の外に出た。
1、2、3、4…。
宿屋から出て4歩だ。
ロスは、周りの視線が自分達に…いや彼女に集まっている気がした。
不安は一層大きくなり、ロスは握っているザハグランロッテの手を強く握り直した。
5、6、7、8…。
8歩目…8歩目で男がぬぅっとロスの前に出てきた。
早い…!
早すぎるだろ…!!
「お前いい女連れてるじゃねぇか…」
ガラの悪い男がテンプレの様な絡み方をしてきた。
ねっとりとした視線が彼女に向かうのが分かる…最高に気持ち悪い…。
「女を置いていけよ」
……………どうやら私の考えの方が甘かったらしい。
気持ち悪い男がねっとりとした視線を私に向けている。
気持ち悪くて全身が粟立つのが分かる。
私が目当てらしい…。
正直不快で仕方なかったけれど、ロスなら上手く切り抜けるだろうと謎の確信を持っていた。
握っている彼女の手が強張っている。
そして周囲の関心が、どんどん集まっている。
あまり時間を掛けるのは良くない。
くそ…!
勘弁してくれよ…!
コイツだけなら…やれそうだけど…。
ロスは男を値踏みして、自分の行動を考える。
勝てるとは思うが争いは苦手だ…。
「いやぁ…この子は街の子だよ…?街の子に何かあればアンタもただじゃ済まない。知ってるだろ?」
街の住人を外の人間が害すれば、容赦なく死刑になる。
だから…普通なら躊躇する。
争いを避ける為の方便だけれど、普通なら引く。
けれど、前線基地は異常者の巣窟。
常識を理解できない人間も普通に大勢歩いているのだ。
「知ってる知ってる。それは女が街に戻れたらって話だろ?」
男はニヤニヤと楽しそうにしている。
周囲の空気は完全に様子見、娯楽と見做しているようだ。
おこぼれ狙いの下衆まで集まりだした。
ロスがやられればザハグランロッテは死んだ方がマシと思えるような目に合うかもしれない。
これは…穏便に済ませるのは無理か……。
「この子は俺の連れですし…」
「あぁ!?そんなの関係ねぇ!」
ニヤけていた男は突然キレだし、ロスに詰め寄って行く。
「こんなだから…」
「は……?…ぐっ…いで…ぇ…」
絡んできた男が突然ふらつき、前のめりにロスの前に倒れ込んだ。
「こんなだからゴミ屑の吐き溜めとか言われるんだよ…」
余裕を装っているが、ロスの鼓動はバクバクと早鐘を鳴らしている。
内心の恐怖を勢いだけで無理やりねじ伏せているだけである。
刺した…!
ロスは…私の目の前で、ナイフを躊躇無く男の胸に刺した。
その対処方法は私の予想とは違うもので、私はこの男なら、私の考え付かない方法で切り抜ける…そう思っていた…。
躊躇いなく人を殺したロスに、私は少なからず動揺していた。
ロスはその間に男の服で血の付いたナイフを拭うと、動かなくなった男の懐を漁り、袋を掴み上げた。
袋の中身を確かめる姿は、まるで賊のようで、私はガッカリした。
まぁ…賊なんだけど…。
お金を抜き取ったロスが周りの観衆に喋りかける。
「さて!騒がせたな!これはこの男からの迷惑料だ!!」
ロスが周りの聴衆に向けてお金をばら撒いた。
娯楽として見物していた聴衆が、我先にとばら撒かれたお金を拾い始め、その場が騒然となった。
「さぁ、今のうちに!」
私はロスに手を引っ張られ、そのまま防具屋へと駆け込んだ。
「はぁ…はぁ……はぁぁ……疲れたぁ…」
防具屋に入った途端にロスはしゃがみこんだ。
「あの人…死んだの…?」
ザハグランロッテの言葉にロスはチラリと彼女の表情を窺った。
「たぶんね…」
「…………」
「殺すのはダメだった?」
「別に…」
「俺は善人じゃないからな。悪意を向けられたら…まぁそういう事もある」
ロスという人間は、必要が有れば盗みもするし殺しも厭わない。
ただ、好んで悪事をするタイプではないし、出来れば自分の手を汚すのも嫌だ。
そんな小悪党なのだ。
それはこの世界で生きるのに必要な事で、責められる謂れは無いものだ。
私は…。
頭では分かっていてもザハグランロッテは、ロスの人柄、考え方、そして行動。
人を殺す方法を簡単に選んだロスがそれらを台無しにした気がして残念に感じていた。
これは…私が勝手に幻滅しているだけでこの男に非がある訳では無い…。
ザハグランロッテは自分勝手な自分の感情に嫌気が差していた。




