32 主導権に翻弄されて…
ザハグランロッテの前に立ったロスに、ゼルバは分かりやすくイラつきだした。
「なんだぁ?おい、お前はここの店員だろ、邪魔しないで向こうに行ってろよ」
…こいつ思った以上に糞だな。
もしかして、このくらい糞な方が手段を選ばなくても済むから楽だったり……?
威圧してくるゼルバを見て、ロスの気分はどんどん冷えていく。
ザハグランロッテに対する応対と気持ち良いくらいの落差だ。
「あ、いや…俺は別に」
いつも威勢だけは良い頭の中と違い、考えをまとめられていないロスは、本能的に下手に出てしまった。
ゼルバの威圧に対応出来なかったのだ。
そんなロスに追い打ちがかけられる。
「チッ…」
し、舌打ち…。
小さいはずの音…ザハグランロッテの舌打ちに、ロスは益々追い詰められる。
「彼女は、俺の連れなんで!」
くっそ...めっちゃビビるな…。
こいつ絶対内郭の貴族だろ…!
貴族と関わっても何も得は無い。
目を付けられれば簡単に斬り捨てようとする奴もいる。
内心では強気に出られても、対面ではどうしても気を使う。
「……だから?俺には関係ない、それにお嬢さんにも関係ない事だ」
やっぱり引かないか…!?
「い、いや〜、そういう訳には…」
こいつマジでムカつくなぁ…。
今からでも何とか逃げられないか…?
理不尽な話だが、このままだとゼルバは更に怒りかねない。
そうなる前になんとか逃げられないかと余裕の無い状態でロスは必死に頭を回転させる。
「ふぅ…面倒だな。よし分かった。それなら決闘だ。それが早い」
「は?け…決闘…!??」
こいつ馬鹿じゃねーの……??
ゼルバは怒らなかったが、言い争うよりもサクッと終わらせたいと思うくらいには短気らしい。
待て待て…!
決闘…?こいつ今、決闘とか言いやがったのか!?そんなの…俺が勝てるわけ無いだろうが…!!
「そ、それはズル……」
ズルいだろ…!
なんとか断って別の方法を…!
「それでいいわ。お前も!さっさと終わらせてやりなさい!!」
「は…!?ちょ!ザハグランロッテちゃん!!??」
ロスが答えるより先にザハグランロッテが勝負を受けてしまった。
…ああっ!そうだ、ザハグランロッテちゃんもすっごい短気だったわ!!
あーもう!何でこんな簡単に…ザハグランロッテちゃん喧嘩っ早過ぎない…!?
身内に決闘の外堀を埋められ、ロスは頭を抱えて悩み込んだ。
「よし!じゃあ決まりだな!これに勝ったら俺と仲良くしてくれるよな?」
「お前ごときが私の駒に勝てるとでも…?」
「えっ!?えぇ…っ!?」
……待て待て待て待て!!
ちょっと待って!何で俺を置いて勝手に話が進んでいるんだよ!?
勝てるわけ無いだろ…!?
どうする!?おい、どうするんだよ…!?
話がスイスイ進むのが小気味良いのだろう。
ゼルバは不機嫌どころか機嫌が良くなっているようだった。
「よっしゃ!じゃあ表でやろうや!!」
自信満々のゼルバは、早く戦いたくてウズウズしている。
それに対して、良い考えが浮かばないロスは、どうにかして時間を稼ぎたかった。
「ちょ!ちょっと待って!す、少し彼女と話させてくれよ」
「何だよ白けるなぁ…ま、良いだろう」
断られたらどうしようかと思ったが、自信と余裕のあるゼルバは、舐めているのだろう。
ロスの願いを聞き入れた。
「た、助かる!ザハグランロッテちゃん、ち…ちょっとあっちで俺と話そうか…」
冷や汗をかきながら、ロスはザハグランロッテの手を引いて店の奥に移動した。
「何よ!お前なら簡単に勝てるでしょうが!」
…勝てないよ!?
何でそんな過大評価に!?
さっきフライトって奴に、俺が手も足も出なかったの見てたよね……!?
ホセじゃあるまいし、盲目になる理由がロスには分からない。
……いや、ホセとかミカド等のせいなのか?
あいつ等が勘違いで俺を持ち上げたり恐れたりするから……!?
ま、まあいい…今はそれより先にやらないといけない事がある…。
店の奥と言ってもゼルバとフライトの姿は見えている。
見えているからあいつ等は、ロスを見張るだけで許しているのだ。
ロスは奥の厨房に入るとマスターに向かって声をかけた。
「マスター。ちょっと急だけど、もうお別れかも。カルルも、世話になったね。ここの仕事は楽しかったし、もう少し働きたかったけど」
「えっ…。ロスさんでも勝てないの…?そんなに強いの??ていうか何で死ぬみたいに言うの!?」
「おいおい。やる前から諦めるなよ!見てたがやっぱり貴族は傲慢でいけすかねぇ!ボコボコにしてやれよ!」
カルルもマスターもロスを激励しているが、ロスから見ればどう足掻いてもゼルバには勝てない。
「いや、俺じゃ絶対勝てないよ。ありゃ本物のバケモンだ。強すぎる。まぁ、でも…出来る限り足掻いてみせる…」
まだ、良い考えは浮かばない。
「マスター、俺にも意地があるからね。舐め腐ったあいつ等にひと泡吹かせてやる……見ててくれよ?」
…俺はゼルバどころかフライトにも勝てないだろうけどな。
でも、こんなに期待されてるんだ…やれるだけの事はやろう。
でも、その前に……。
「コーヒーでも飲むかぁ…。そのくらいはあいつ等も待ってくれるだろ。ザハグランロッテちゃんも飲むでしょ…?」
「お前…」
ロスは自分とザハグランロッテのコーヒーをササッと用意する。
珈琲豆の良い香りが心を落ち着けてくれるようだった。
同じように、ゼルバとフライトのコーヒーも用意した。
「カルルさん、これをあいつ等に出してやって。飲み終わったら決闘だから…」
「どうせなら、ザハグランロッテちゃん…俺達は風に当たりながら飲まない?」
「何よ…お前がそうしたいならそうすればいいじゃない」
不満気なザハグランロッテを見て、ロスの心は驚くほど和んだ。
「じゃあマスター、ちょっとコーヒー飲んで作戦の一つでも立ててくるよ」
「ああ、分かった」
裏口を出ると入り口の横には空いて中身が空っぽになった酒樽が多く積んである。
そこにコーヒーを置き、ロスは覚悟を決めてザハグランロッテに向き合った。
「ザハグランロッテちゃん…」
これからの事を考えると気が重い。
ロスのそんな雰囲気を感じながらザハグランロッテは不満を隠さずぶちまけた。
「何よ!お前が情けないのが悪いのよ!あんな奴らサクッと殺ってしまえばいいじゃない!!」
酷く憤慨しているザハグランロッテに、ロスは自分の不甲斐なさを痛感する。
……あ〜あ、ザハグランロッテちゃんの望みも叶えられないで、俺は何やってるんだろうな……。
ロスは空をぼーっと見ながら何か良い考えが浮かばないか、閃きを待ってみる。
このまま戦えば、見るも無残にボッコボコにされるだろう。
……その後は?
その後は、あいつ等がザハグランロッテちゃんにちょっかいをかけるよな。
無理やり連れて行かれたり?
それとも、大人しく帰るかも知れない。
どっちにしても俺に主導権は無い……。
力が無い…足りない……。
「良い案…何も浮かばないな…」
「……………」
空をぼーっと見ているロスがポツリと呟いた。
視界の端で、ザハグランロッテが悔しそうにしているのが見えた。
……そうか。
そうだな、やっぱりそれしかない。
あいつ等に合わせる?
バカバカしい…何でザハグランロッテちゃんが悔しがる必要があるんだよ……!
ゼルバもフライトも確認に来てないな……。
「よし…。逃げよう…」
ロスはそう呟いてからザハグランロッテを見てニコリと笑ってみせた。
情けない……。
ザハグランロッテに幻滅される恐怖が、ロスの笑顔を不自然に強張らせている。
「お前…」
彼女はそう言って俯いた。
…幻滅したかな。
でも…俺じゃあ絶対勝てないんだよ…。
「…ふはっ…いいわね。それ…うん、あいつ等をコケにする…。最高じゃない!!」
「え…?あ、あれぇ…?」
幻滅覚悟のロスの目を奪ったのは、久し振りに見る彼女の笑顔だった。
彼女の笑う顔が、ロスの胸を弾ませる。
ロスの強張った作り笑顔が、自然で本物の笑顔に変わった。
「くふふ…。別に叩きのめすだけが気が晴れる方法じゃないものね!くふふ…」
…その笑い方は何だか嫌だから止めてほしいかな。
そうか…リヴァイアスを使って滅茶苦茶にしてやるって手もあるな。
逃げ切れなかったらその手を使うか…。
流石にあいつ等も大精霊よりは弱いだろ…。
それに大精霊に弓引くとかたぶん禁忌だよな……?
「よし!行こう!」
彼女の手を引きロスは走り出した。
恐らく数分もすればコーヒーを飲み終わり、ゼルバは早くしろと催促しに来るだろう。
コケにされた貴族が黙って引き下がるはずもない。
とにかく今は必死に逃げるしかなかった。
逃げている間もザハグランロッテは終始楽しそうだった。
額に汗を滲ませながら、開いた口元から白い歯を見せて笑っている。
「ははっ!アイツら…ふはっ!」
「そ、そんな楽しい…?ふふ…」
ロスは何がそんなに楽しいのか分からなかったが、彼女の笑いにつられて笑ってしまう。
「お前!良い仕事したわ!!あはははははっ!」
…俺は…ヒヤヒヤしてるけど。
ロスはカフェ『木かげ』のある方を何度もチラチラ見て、ゼルバが追って来ていないかビクビクしていた。
「今頃、腹を立てて悔しそうな顔をしている…と、思うと…ふはっ!」
あの強さを目にし、その身に受けたロスは不安が拭えないままだった。
しかし同時に、彼女の楽しそうな顔を見られて嬉しさを感じていた。
もう…後戻りできない…。
姿を隠さなければゼルバとフライトに殺されるかもしれない。
予定より少し早いが街を出る時が来たのだ。
心底楽しそうに笑い、愉快そうな彼女を見ながら、ロスは覚悟を決めた。
今度こそ本当の覚悟だ。
あれほど大きかった不安が不思議なほど心の隅に追いやられていく。
代わりに大きくなったのは、わくわくや、楽しみという気持ちだった。
ロスは楽しくなった気持ちをそのまま声に出した。
「よーし!それじゃあまた冒険の旅に出ようか!ザハグランロッテちゃん!!」
楽しそうな彼女の顔が…。
嬉しそうな顔に変化した…。




