31 ゼルバとフライト…③
これでようやく…。
「あの!それで、結局外に行くのとここに居るの、どっちが安全なの!?」
身分が高そうなフライトに向かって、失礼にならない程度、気をつけながら尋ねてみた。
少し下手に出過ぎか…?
心なしかザハグランロッテの顔は不服そうに見えるし、視線も痛い気がした。
…そういえばザハグランロッテちゃんは名家のお嬢さんだもんな。
もしかしたらこいつら如きと思ってるのかも……。
フライトが外に逃げた方が良いと言えば、ロスはその通りにしようと思っていた。
ゼルバは確かに強いが、ゼルバと魔獣の力関係などの状況判断はフライトの方が適切だろう。
避難誘導の時に協力してくれたフライトだが、いまはロスに不審な目を向けジロジロと観察している。
な、なんだ…?
もしかして小悪党の匂いでもしてるのか…??
褒められるような生き方をしてこなかったロスは、小悪党な雰囲気が漏れ出ていて、それに気付かれたのかと不安になった。
冷静に立場を含めて考えれば、ロスはフライトから毛嫌いされる人種だろう。
「あぁ、貴方はここの従業員か…ならここに…いや、そこの女性と一緒にいたら万が一も無く、大丈夫でしょう」
フライトは視線でザハグランロッテを示しながらそう言った。
その言葉の意図はロスにも容易に察しがつく。
ゼルバとザハグランロッテの姿を思い出し、ロスは不快な気持ちが胸に広がった。
確かに、俺みたいな小悪党よりお似合いだったけど…。
「むっ…!」
フライトが何かに気付き、急に腰を落とした。
両手を広げたフライトからゼルバが展開したような膜が出現する。
「備えて!」
は…?まてまて……!?
どう備えるんだよ……!?
フライトの警告とほぼ同時に、けたたましい音が響き、防御膜に建材が次々にぶつかってきた。
「カカガッ!ガンガンガン!!」
「お!?おお…っ!?」
膜はしっかりと建材を防いでいるが、ゼルバのものより範囲がかなり小さい。
そのせいか、飛んでくる建材の迫力も段違いに怖い、思わずロスは尻もちをついた。
ゼルバの時よりも防げない風の量が多過ぎる。
展開した膜の端から大質量の風が店内に流れ込み、激しい乱風となって掛け巡った。
口元を塞ぎ、目を細め、異物による目の損傷をロスは防いでいた。
「ゲホッ!コホコッ!ゴホッ!」
「!?!!??」
すぐ近くで咳き込む音が聞こえ、ロスは素早くそちらを見た。
するとザハグランロッテが苦しそうにしているではないか。
「ザハグランロッテちゃん!」
何をやってるんだ俺は…!
彼女の事を忘れ、自分を優先して守ってしまった。その視野の狭さに情けなくなった。
彼女の苦しそうな姿がロスの不安を掻き立てる。
込み咳む彼女に慌てて近寄り、ロスはポケットに入れてあった布巾を取り出した。
「これで口を抑えて!カルルも!2人とも、もう少しあの男の後ろに移動しよう!」
盾の後ろが一番安全と判断したロスは、返事を待たずに移動を開始する。
「えっ!?あ、ちょっと!?」
カルルは状況の整理が追い付かず、あたふたしながらロスに付いていく。
「肉壁に…ゴホゴホッ……ゴホ」
『するつもり?』…と言うつもりっぽかったザハグランロッテの言葉を、ロスは遮って絶賛する。
「さすがザハグランロッテちゃん!よく分かってる!」
咳き込んではいるが、いつものやり取りができて少し安心した。
「ちょっと!大丈夫なの!?」
ロスの意図が分からないカルルは、不安を口にしているが、判断はロスに委ねていた。
「なあ、あんた!俺達は本当にここに居てもいいのか!?」
邪魔にならないか…?
そう尋ねたロスに、フライトは頭だけ動かし、振り向いてまた前を見た。
「…そうですね。あの魔物は恐らくワイバーンのイビル種。危険な奴ですが…まぁ見ていたら分かります」
フライトの様子は、ゼルバがやられてしまう可能性を考えていない。
全く心配していない感じがした。
視線の先では、表通りをゼルバと魔獣がじゃれ合うように戦っていた。
イビル種の魔獣。
確かに凶悪な見た目をしている。
大きく裂けた口、どこにあるか分からない目、皮膚には鱗や羽らしきものは付いておらず、脈打つ太い血管が怖気を誘う。
イビル種って奴は…!
見た目の凶悪さにロスは舌打ちしながら目を離せないでいた。
目を離せは殺られる。
そう思わせる凶悪さを放つのがイビル種なのだ。
特にあの剥き出しの…赤い皮膚が痛々しくて駄目だ…!
イビル種本人は恐らく痛くもなんとも無いのだろう。
それでも皮膚が裂け、剥き出しになったように見える箇所は心の平穏を掻き乱す。
「まったく!あの人はいったい何を遊んでるんだ!」
苛立つフライト。
いったい何に苛ついているのだろうと、ロスはその言葉の意味を探ろうと、ゼルバの様子を観察する。
…笑ってやがる。
ってことは…余裕って事か……。
ゼルバは魔物の攻撃を受けたり躱したりしているが、きちんと見ればその動きにはロスの目から見ても余裕が感じとれた。
魔獣は体当たりや丸呑み狙いの噛み付き、太い尻尾を振り回してゼルバに当てようとしている。
気持ち悪いのが翼とは別に根元から腕が生えている事だ。
その腕がゼルバを捕まえようとしたり、殴ろうとしたりでブンブン振り回されている。
「ていうか…一番気持ち悪いのはやっぱアレだな…」
それは腕とは違うし尻尾とも違う…。
アレは恐らく生殖器…チンコだ。
そのチンコが伸びたり縮んだり、尻尾の様に鞭の様にブンブンと振り回されている…。
見ているだけで嫌悪感が刺激される。
まるで家の中でゴキブリを見つけた時のようにおぞましい。
「私…あんなのに…」
ザハグランロッテの口から溢れた言葉がロスの耳にスルリと入った。
「大丈夫だよ…」
根拠は無い。
ただ…想いは強く…知らず握った拳は力が入り硬くなっていた。
変異は魔物化で、それがイビル種の可能性は低いだろう。
低くても可能性はありそうだが…。
ザハグランロッテがチンコを振り回すなど、あってはならないとロスは思った。
ザハグランロッテちゃんなら俺はたとえそれがチンコだろうと愛でる覚悟だけどな…!
それに、あれはイビル種の『魔獣』だ…。
彼女が変異してもあんな感じには……いや、蛇ちゃんの例もあるのか……。
イビル種に…いや、イビル種にはならない…させない!
変異させるつもりは無いが、仮にザハグランロッテが魔物になっても、イビル種よりも可愛げのある魔物になる筈だとロスは思った。
「どりゃあっ!!」
「ゴオァッ!!グルルッ…!」
そんな無駄なことを考えていたら、ゼルバがしれっと魔物に一撃を入れていた。
『凄いな…』ロスがそう思いながら戦いを眺めていると、ゼルバがこちらをチラリと見るのが分かった。
こちらというか、まぁ…ザハグランロッテを見たのだろう。
「どりゃぁ!おらぁっ!!」
上手く避けていた時と違い、ゼルバは徐々に攻勢に出始めていた。
チラッ、チラッ、と頻繁に視線がこちらへと向いている。
ザハグランロッテと話している時は凄く良い男だと思ったが、露骨に気にしている姿からは小者臭が漂っている。
なんだよコイツ…!
鬱陶しいなぁもう…!
いちいちザハグランロッテに注がれる視線を、ロスは物凄く鬱陶しく感じた。
「しっ!」
ゼルバが剣を振るたびに、ワイバーンの体から緑色の体液が飛び散る。
はっきり言ってイビル種のワイバーンでも、ゼルバを相手にするには力不足らしい。
その後も連続で剣を振り、みるみるワイバーンが傷だらけになっていく。
この様子ならもうすぐ決着がつきそうだと思った。
「…ザハグランロッテちゃん」
ロスは彼女の名前を呼ぶと手を差し出した。
そんなロスに対してザハグランロッテは差し出された手の意味が分からずに戸惑っていた。
ここはもう大丈夫だろ…。
決着がつく前にトンズラしときたい…。
戸惑うザハグランロッテの手を取り、ロスは裏口に向かおうと歩き始めた。
「あ、おい!どこに行くんだ!?」
フライトがこちらの動きに気がつくと、咎めるような口調で呼び止めてきた。
うわ…気付かれた…!
クソ面倒だな…!
「どこって、別に外に出るだけだよ?彼女はただの客だから逃がすんだよ」
ロスはフライトの高圧的な態度にイライラしながら
「それなら必要ないだろう!こちらの戦いも、もう終わる!」
フライトの言葉とほぼ同時に、ロスはワイバーンの首が一刀で落とされる瞬間を見た。
「チッ…間に合わなかった」
ロスは面倒事になりそうな予感に思わず舌打ちを鳴らした。
「お前はいいが、そこのお嬢さんは残って貰わないと。ゼルバ殿にお礼も言っていないだろう?」
頼んでいないし、余計なお世話…でもなく、実際ゼルバのお陰で助かったような状況に、ロスはどうするべきか少し悩んでしまう。
こいつらはワイバーンが来る事を知ってたみたいだったけど…。
「ふー!何とか倒せたな!どうだった?怖くなかったかい!?」
答えを出せずもたついたせいで、白々しいポーズを取りながらゼルバが戻って来てしまった。
こうなるともう逃げるのは不可能だろう。
視線はザハグランロッテに向いており、ロスの事など眼中に無いようだ。
しかし、ザハグランロッテの手がロスと繋がれていることに気が付くと、これまでの爽やかな態度が一変し、横柄に変化した。
「おいおい、何だ君は?今は俺がこのお嬢さんに声をかけているんだぞ?それをワイバーンと戦っている間に横から邪魔するなんて…もしかして君は俺を馬鹿にしてるのか?」
……何だこいつ?俺には凄ぇ自己中じゃねぇか…。
俺の第一印象の高評価を返せよ!
こんな奴にザハグランロッテちゃんは絶対に渡せない……!
ロスの飛躍した想いが爆発したが、そもそもミカド達と一緒に、近々この街を旅立つので関係ない。
「何か言ったらどうなんだ?ははっ。それとも萎縮しちゃってるのか?」
多分に嘲りを含む言葉だが、ロスにはまるで響かなかった。
そんな事より、どうやってこの場からザハグランロッテを連れ出そうかと悩んでしまう。
「おい、お前…」
あ…やべ、ザハグランロッテちゃんが怒っ…。
彼女が怒ると場が余計に拗れると思ったロスは焦った。
「なあ、せっかく知り合ったんだし、ここは仲良くしようぜ?」
幸い、ゼルバはザハグランロッテに対してかなり甘い対応を崩さない。
しかし彼女がゼルバの態度を気にするはずも無く…。
「黙れ。……さぁ、外に行くのでしょう?」
ゼルバなど眼中に無い。
彼女はゼルバをバッサリと切り落としロスの方を向く。
「あ、あぁ…そうだね」
ロスはザハグランロッテの強気な態度に逆らえない。
流されるまま動こうとすると、またしても邪魔をされた。
「待ちなさい!」
今度はフライトがロスの襟首を掴むと後ろに引いた。
「おわ!?…ぐっ…」
…何だよこいつ!
そのまま、ロスはフライトに喉輪を決められテーブルに押さえつけられた。
が…こいつ…ふざけんなよ…!?
くそが…!
何も手を出していないにも関わらず、ロスは一方的に組み伏せられた。
ロスがもがいても、フライトの手からは逃れられそうに無かった。
一度の取っ組み合いで、ロスは実力の違いまでハッキリと自覚させられたのだ。
軽く締まる首が脳への酸素供給を遮り視界が青ざめていく。
やはり、このフライトという男にも敵いそうにないなと、ロスはどこか冷静に分析していた。
「おいお前ッ!私のものにッ!!触るな殺すぞ!!」
フライトの行動に、ザハグランロッテが激昂していた。
攻撃しようと思ったのだろう…椅子が持ち上げられ、そしてゼルバに制止された。
「落ち着けよ。そんなに大したことでもないだろ?おいフライト、お前もそんなことしたら俺がこのお嬢さんと仲良くなれないだろ…?」
「くは!」
一瞬緩んだ隙にロスはひと呼吸入れる事ができた。
完全に雑魚扱いで蚊帳の外だった。
「ゼルバ殿!そんな事よりこの無礼な奴らに礼儀を教える方が大事でしょう!……ふん…!」
「ぐっ…!」
この野郎…!
クソが…!!
再び喉が締まり、元々少なかったロスの余裕は更に少なくなっていく。
や、やばいな…ど、どうする…!?
ロスは反撃するかどうか悩んだ。
反撃しても勝てない事は明らかだったが、逃げる隙くらいなら可能性はある。
問題は、下手に反撃して更に激昂されることだ。
そうなると厄介だ。
「殺す…私がお前を殺してやる」
ザハグランロッテちゃん…。
大丈夫だから……。
ザハグランロッテの抑揚のない声が、ロスの鼓膜をくすぐると、ロスの不安が一気に増大していった。
『ボフッ』
間の抜けた音が聞こえた。
「うっ…」
フライトの口から少し呻き声が漏れる。
ざ、ザハ…っ!?
何をしたのか。
ロスは心配で自分の事など忘れてしまう。
「ふん!離…!離せ…!!」
ザハグランロッテの冷めた声と、間の抜けた音が響く。
『ボフッ』『ボフッ』『ボフッ』
「くそ!止めないか!地味に痛い!!お前にも礼儀を教えた方がいいな!」
な、なに…こいつ…ちょ、まっ…!
フライトの手がロスから少し離れた。
「げほっ!ごほごほっ…、」
咳き込みながら、ロスは急いで体を起こすと『ザハグランロッテを守らなければ』という強迫観念に迫られた。
「ほい…。そこまで…な」
ロスが状況を把握する前に、ゼルバがフライトの手を止めていた。
「ゼルバ殿!!邪魔をしないで頂きたい!!」
止められたフライトは、全然納得できないのだろう。
青筋を立ててゼルバに食ってかかっている。
「フライト…俺は落ち着けって言ったよな?」
しかし、ゼルバは淡々とフライトの怒りを押し潰した。
そこには明確な力関係が見て取れる。
フライトはゼルバに逆らえない。
「く…分かりましたよ!」
感情を押し殺し、渋々ゼルバの言葉に従うフライトだが、その目は未だ攻撃的だった。
「お嬢さんも落ち着けるよな?その手に持ってるので何するつもりだよ…」
ゼルバの視線はザハグランロッテの握りしめるフォークに向いていた。
おいおい…。
ロスはザハグランロッテの物騒な思い切りの良さに度肝を抜かれる。
彼女ならやる…冗談抜きで殺る…。
格上のゼルバでも間違い無く殺る…。
しかし、その行為は彼女を危険に晒してしまうだろう。
そんな事は許容できない。
ロスの本能は彼女から危機を遠ざろと、けたたましいアラームを鳴らしていた。
ザハグランロッテちゃん…。
策も勝算も何も無かった。
それなのに、気が付いた時にはザハグランロッテを背に…ロスはゼルバと対峙し、覚悟を決めていた。




