31 ゼルバとフライト…①
8月上旬
その日、ロスは休んだ日の分までカフェ『木かげ』で精力的に働いた。
ザハグランロッテは今日も変わらずテラスで優雅に本を読んでいる。
美しい…ザハグランロッテちゃんいつ見ても絵になるなぁ……。
本を読んでいるザハグランロッテを、ロスはとても綺麗だと見惚れている。
仕事中もかなりの頻度でチラチラ彼女を盗み見ているのだが、持ち前の器用さで仕事と両立しているので、いまの所マスターからは何も指摘されていなかった。。
はぁ…可愛いなぁ…。
本を読みながら澄まし顔で佇む彼女は正統派お嬢様といった雰囲気で、通行人も彼女に気が付けばしばらく視線を外せなくなっている。
黙ってたらマジで非の付け所がないもんな…。
ここまで贔屓目で見るのはロスしかいないのだが、彼女が目を引いているのは事実だった。
そして、今もまた通行人の男が彼女を見て数秒立ち止まり、そして彼女の方へと近付き始めた。
またか…。
マスターは広告塔として考え、彼女がテラスに在中するのを許可したのだが、たまに彼女の魅力に抗えない男がナンパ目的で近づくのだ。
大丈夫かな…。
ロスの目から見て、今回の男はかなり見た目の良い男だ。
正直ちょっと近付いて欲しくないと思った。
男は顔が良いだけでなく、若く精悍で、服の上からでも分かるほど、良く鍛えられているのが分かる。
ギラギラと自信に満ちた目。
身に着けている服は仕立ても良く、高価な物だとひと目で分かる。
雄々しく逞しい男だった。
……完敗だ。
何一つ勝てる気がしないな。
ザハグランロッテちゃんがあっちを選んだとしたら、俺は情けなく引き下がるしかない。
けど、今は駄目だ……!!
男は知らないだろうが、ザハグランロッテがロスから自由になるには、魔物化を防がなければならない。
だからお前はザハグランロッテちゃんから離れろ……!
早く離〜れ〜ろ〜!!!
「なぁ、あんた」
「…………」
ロスの呪いは空振りし、男は気安い口調でザハグランロッテに声をかけた。
こんな顔もそれ以外も良さそうな男に、ロスの心が落ち着かない。
だがロスの心配を余所に、ザハグランロッテは完全に無視を決め込んでいるようだった。
全く動じる様子がない姿は見ていて清々しいほどだ。
良いぞザハグランロッテちゃん…!
軽くあしらって追い払うんだ…!
「あんた、凄く良い女だな。ここには良く来るのか?」
無視されたにも関わらず、男は気負う様子もなく自然に話しを続けた。
やはり他の女性から見ても、男の風貌は精悍で魅力的に映っているのだろう。
店の女性客がキャッキャと言いながら雌の顔を見せている。
羨ましい……!
「俺はゼルバ・フロムウェルって言うんだ。歩いていたらあんたが目に入ってよ。仲良くしたいと思って声を掛けちまった。はははっ」
話し方や声のトーンを聞く限り、性格も悪くなさそうな気がした。
ザハグランロッテちゃんは…。
どう思うのかな…。
尚も男の話を無視している彼女の心の中が気になった。
ザハグランロッテに集る蝿を追い払いたいと思ったが、ロスは仕事中だった。
見た感じ大きな危険も無さそうな上、ザハグランロッテも男を受け入れそうに無い。
なので、ロスは渋々様子を見る事ができている。
「なあ、あんたの名前は?何て言うんだ?教えてくれないか?」
精悍な顔つきに爽やかな笑顔、家柄も良さそうな上に、自然体なのに隙も見当たらない。
やはり何度評価しても良い男だ。
言い寄られて悪い気のする奴なんているのだろうか。
同じ男でも少なそうだ。
少なくとも俺は喜びそうだ…くそ…!
そんなロスの考えを余所に、ザハグランロッテの無視は続く。
凄えな…流石ザハグランロッテちゃん。
こいつを完全に無視するのか…。
高物件な男に微塵も動じない、そんなザハグランロッテの澄まし顔に、ロスは改めて驚いていた。
「…うん、そうか…やはり良いな!こんなに無視される事、経験が無いよ。簡単に流されないところ、好感がもてる!」
普通の男なら、人前でこれだけ無視されればムキになってもおかしくない。
しかしゼルバはムキにもならないし怒るでもない。
むしろ上機嫌になっていた。
器までデカいのか…。
それとも只の変わり者か……?
「別に不純な気持ちじゃないんだ。ただ俺と仲良くなってくれないか?」
…これがこいつの決め顔か?
爽やか過ぎてぶん殴って顔を整えたくなるな。
女性客はキャーキャー言ってるし。
お前…雄としての格が高いんだよ……!
そんな格の高いイケメンゼルバに向かって、ザハグランロッテがようやく反応を見せた。
『パタン』
彼女の本を閉じる動きに『ビクリ』とロスの鼓動が弾み嫌な予感が駆け抜ける。
そして彼女は迷惑そうな顔で話しかけてくる男を咎めた。
「はぁ…お前、さっきから五月蝿いのよ。邪魔だから今すぐどこかへ消えてちょうだい」
冷たい口調、冷たい表情で一分の隙も無く、彼女はそう言い切った。
その凛とした姿にロスはゾクゾクし、彼女の強さに陶酔した。
冷たくあしらわれたゼルバは驚いた顔を見せ、そして笑った。
「はははっ!やっと喋ってくれたな!そうかそうか!邪魔だったか!はははっ」
…なに笑ってんだよこいつ、この余裕…やっぱ器がでかいのか…?
この状況でよく笑ってられるな……。
怒らないまでも、少しはムッとすると思っていたロスの予想は外れ、ゼルバは笑顔のままだった。
ザハグランロッテの発言は、小物なら絶対に流したりできないだろう。
「すまんすまん!でもしばらくここを動けなくてね。他所に行けないんだ」
いや…さっさとどこかに行けよ…!
ロスは男の言葉にイライラしながら、仕事を放棄してこっそり様子を窺う。
「それよりこの後なんだけど…」
「ゼルバ殿!」
突然、ゼルバの話を遮る緊迫した声が店の中に響いた。
見ればゼルバと同じ格好をした男が慌てた様子でテラスのそばまで駆け寄ってきた。
あれはゼルバって奴と一緒に歩いてた…。
「何だよ…まだ話の途中だってのに」
ザハグランロッテには決して見せなかった不満そうな顔を、ようやくゼルバは見せた。
しかし、ロスの興味は既に別の所に移っていた。
ロスは後から来た声の主を確認しながら、ザハグランロッテの方へと歩き始めていた。
……なにか。
良くない事が起こる……?
後から来た男の声がロスの危機感を刺激し、それをロスは無視できなかったのだ。
男の様子から何か良くない事が起こる…そんな気がしてならなかった。
お前らの近くにいたらザハグランロッテちゃんが巻き込まれるんじゃないか…?
「ん?来たか??」
テラスから少し体を出したゼルバは空を見上げてキョロキョロしている。
何かを探しているように見える。
「悪い、ちょっと騒がしくなる。けど大丈夫だから。ごめんな」
ゼルバの言うことは要領を得ないが、言葉尻から『何だ?何か起こるのか?』と不安を抱かせる。
何も…ないよな…?
店内からは空が見えない。
変化も無いし、おかしな所も見当たらない。
けれど、やはり何か起こりそうだとロスの勘は訴えかけていた。
テラスの先にある通りが少し暗くなった。
太陽が雲で遮られる。
よくある光景だ。
そう思いたかった…。
「グルルルルッ!?!、?!!」
大気が震え、鳴き声が腹に響き、臓物を撫でられたかのような不快感がゾクゾクと身体を巡り、怖気を無理やり引き出そうとする。
息は詰まり、状況も分からず、混乱する余裕すら無い。
まるで全身が痺れたようになり、本能がその場から逃げたがる。
もがいても動けない…そんな錯覚に襲われる中、更に大きな音が周囲に響きわたった。
「グワッガシャアアンッ!!」
地鳴りのような音、それは甲高い音と混ざり、爆発音となり、その場にいた者の鼓膜を震わせ鼓動を速く強くした。
「な、なん…」
「ゴウッガキュキシャアアンッ!ガンガンガンガンッ!!」
気が付けば息が浅くなり息苦しくなっていた。
流されるままで、何も理解できないでいた。
感じた疑問は、続く突風で遮られ、考えるキッカケすら奪われる。
砂埃が舞い上がりロスの目に左右から細かいチリが襲い掛かる。
崩れた建物の建材がこぶし大にまで砕かれ、まるで無数の弾丸のように、目で追えない速さでロスに襲い掛かる…その弾丸が理解できない何かで弾け、潰れていく。
「おお、ずいぶんお怒りだねぇ!」
誰もが動けない中、緊張感の無い声がロスの耳に届く。
ゼルバだった。




