30 すれ違う想い…②
「だからさ?話した事もない!見た事すら無い奴なんか心配できねぇっての!おい、聞いてるか親父ぃ!」
「ああ、聞いてるよ…うるせぇなぁ」
ザハグランロッテに近づけないロスは、酒を飲みながら彼女の代わりに宿屋の親父にウザ絡みしていた。
「俺はまだ!親父が困ってた方が心配できるっての!」
「そいつは、まぁ…ありがたいけどよ?」
言葉を濁したが、宿屋の親父は少し頬を赤らめて、満更でもない顔をしている。
女なら『ちょろイン』として活躍しそうだなと、ロスはぼんやりした頭で考えていた。
「親父がちょろくても意味ねんだよぉー!」
「な、何だよ失礼な!!」
「そんな事よりさぁ!」
ロスの言い分としては、ホセやミカドが引き入れた輩はトラブルの元でしかない。
初めから、関わらないのが一番だと思っている。
その上で今回の誘拐騒動だ。
ロスからすれば『そら見たことか!』と言いたくなる。
「やっぱりトラブルになってるじゃねぇか!それがなんで俺が薄情だの軽蔑されなくちゃなんねぇんだよ!!」
「まあまあ、あんたの言う事は正しいと俺は思うぜ?」
親父の返答は適当だが、愚痴をぶつけられれば良いだけのロスは気にせず、延々と愚痴を続けた。
「……だあろぅ?」
「お?少し酔ってきたかな?ほら、もっと飲んでもう忘れちまえよ!」
親父はロスを酔い潰して酒の売上と酔っ払いからの解放を目指す。
ロスの空いたコップに酒を注ぎ、分かる分かると同意しながら更に酒を勧めた。
おお…!目が回るぜぇ……?
「うぅーん…?ちょっと飲みすぎたぁ…かなぁ?おろぉぉ……?」
すっかり酔っ払ったロスは千鳥足になりながら自分の部屋に向かっていた。
あー…明日にらったらザハグランロッテちゃんの機嫌直っれるか、なぁ…?
アルコールの影響で耳は詰まり『ドクンッドクンッ』という大きな脈の音が聞こえる。
こめかみの脈打ちは鈍い痛みを伴い、視界に映る廊下が左回りにズレるように回っている。
…不思議だよなー。
回ったと思ったらシュッと元に戻って、やっぱりまた回るんだもんなー……。
「ズル…シュッ…ピタッ。ズル…シュッ…ピタッ。」
ズレた廊下は左下がりにズルリと傾いて行くので、酔っているロスはバランスを取るのに苦労する。
「おっ?おおっ?とと…」
視界が左にズレると言う事は体重を左足に乗せ、体は少し右に傾斜させるのだが、うまくバランスが取れない。
お…難しい…な…おお……?
これでバランスが取れないのは、実際に廊下が回っているわけでは無いので当然なのだが、酔っているロスに正常な判断ができなかった。
なんらこりゃあー……!
「ズル…シュッ…ピタッ。ズル…シュッ…ピタッ。」
体を右に傾けると転けそうになる。
それをロスは感覚で何とか持ちこたえる。
「どうら!よっねぇだろ!」
視界が回ってバランスを取ろうとして転びそうになり、慌ててまたバランスを取る。
「ズル…シュッ…ピタッ。ズル…シュッ…ピタッ。」
どこからどう見ても酔っ払いだった。
壁に手を付き、回る廊下に抵抗するロスの視線の先には自分の部屋が見えている。
うー遠いんじゃー…!
……ザハグランロッテしゃん?
ロスの一つ手前はザハグランロッテの部屋だ。
手前の部屋…そのドアを見ながらロスは考える。
顔…見たいなー。
入ったら怒るかなー?
入りたいな…いやいや、鍵が掛かってるよなー?
…………………。
…よーし!!
鍵が掛かってらかったら入ろー!
不用心はらめ!注意してやる……!!
頭では強気に思いながら、ロスはザハグランロッテの部屋のドアノブをビクビクしながら恐る恐る回し…ドアを押した。
『カチャリ…』
「おいおい…おいおいおい…!!」
酔いが一気に醒めた。
見張りを兼ねて宿屋の受付でくだを巻いていたロスだが、不審者を見逃したりはしていないはずだった。
予想が外れ、簡単に開いてしまったドアに、耐え難い不安がロスを襲った。
部屋の中に危険が無いか隅々まで意識を向けて状況を把握する。
暗い部屋の中で何かが動く気配を感じ、それはザハグランロッテだと、ロスには直ぐに分かった。
彼女と絡みたい欲求が湧き上がるのを必死に抑え、注がれる視線には気付かないフリをした。
まだ警戒を解けなかったからだ。
…変な奴はいないよな!?
あーザハグランロッテちゃんの部屋に入ってしまった!
ドアが開いたら駄目じゃないかザハグランロッテちゃん!
俺…不審者?入っちゃったじゃないか……!
危害を加える輩はいそうに無い。
すると、醒めていた酔いが再びロスの正気を冒し始めた。
「おぁ…あれれー?あ、足が…あ…あぁ…??」
「お前…何しに」
咎める様な声が鼓膜を揺らし、ロスの中の欲求を刺激する。
理性で我慢していたロスの禁断症状が爆発した。
「あ、あれ?あれー?」
…あー。ザハグランロッテちゃんだぁ…。近くに行きたい!近くに行きたい!近くに行きたい!近くに行きたい……!!!!
頭の隅に追いやられた正気がヤバイと叫ぶが、酔いでタガの外れたロスは、本能に勝てなかった。
そばにいたい……!
彼女の言葉に答えてしまえば部屋を追い出されそうで怖かった。
追い出されたら、また彼女の近くにはいられなくなる。
嫌だ……!
ロスは聞こえないフリをしながら、ベッドに近付いていく。
足がもつれた様な演技は、酔いで無様なことこの上なかった。
しかし、部屋の中はそもそも演技が意味を成さないくらいに暗い。
傍から見ればわざとらしく、よく知らない者が見れば只の変質者である。
ロスはベッドの側でくるりと、華麗に半回転して座ろうとして…本気で転げた。
酔っ払いは足をもつれさせ、あろう事かその拍子にザハグランロッテを押し倒す形になってしまった。
あーやっべぇ…。
やっちまった…。
ロスは怖くなって硬直したように動けなくなった。
転んだ拍子に閉じた目を開くのも怖くてできない。
そんなロスの左の頬にザハグランロッテの頬がピッタリと引っ付いている。
ロスの胸がザハグランロッテの胸を圧迫し、やわ…いや…胸だけじゃなく、彼女の体全体が柔らかかった。
少し汗ばんだザハグランロッテの、肌の感触が心地良かった。
間近に香る良い匂いがロスの鼻をくすぐっている。
『すぅーーーー』
うわぁ…めっちゃいい匂いがするぅ…。ここは天国か…?
ついさっきまで恐怖で硬直していたのだが、気が付けばロスは夢中でザハグランロッテの首元に鼻を引っ付け、スンスンと匂いを嗅いでいた。
心のどこかで彼女との関係が終わったなと思いながら、それでも…ロスは自分を止められなかった。
下半身に血が集まるのを感じた…だがしかし…ロスの男性器はアルコールの影響でふにゃふにゃのままだった。
良かったような悪かったような…。
ロスの理性は不意に戻り始めていた。
そうすると、無言で無反応な彼女が不気味で、ロスはまた怖くなってきた。
「………が…………………ら……」
「う…ん……」
彼女が何か言った気がするが、ロスは内容を聞くのが怖くて脈の音に集中した。
目を閉じたままゴロリと横に転がり…『ドスン』と逃げるように床に落ちた。
…………。
…な、何か言ってたけど、は…反応、無いな……。
怖すぎて目が開けられん…!
どうしよう………。
ドクドクと脈打つ音を聞きながらロスは弁明を考える。
このままだと不味い……よな…?
うーん…。
うーん……。
どうし…よう…。
どう……し…………。
ベッドから落ちてザハグランロッテの匂いが遠ざかり、それに比例してロスの意識も遠ざかっていく。
あ…ダメだ…ね…むぅ………。




