6 世知辛い世界…前編②
「動かず、声も出しちゃダメ」
私はいま、動きを止められ、声を出せないようロスに口を塞がれていた。
「でも、危ないと思ったら迷わず呼んで…絶対に助けるから」
前方には、因縁のゴブリンの姿が見えている。
視線はゴブリンを捉え、ロスはいつもより真面目な顔を見せていた。
1体…単独行動か…?
ロスは彼女の側を離れ、ゴブリンに気付かれないように気配を消したまま少しずつ少しずつ近付いていく。
周囲に気を配り、音を立てず…細心の注意を払いながら…一気に背後から、ゴブリンへ組み付くと同時に口を抑え、そして首を掻っ切った。
直ぐに彼女の安否を確認…問題ないと分かって初めて息を抜く…。
「…さて、他に仲間は………」
本当に単独行動だったか再度確認しておかなければならない。
他…魔物の姿…無し…か…。
そう判断した後、いっときの間、間違いないか動かず確認し、それから初めてロスは構えを解いた。
彼女の周囲に危険が無いか確認しつつ、ゆっくりと側に戻って行く。
「他にゴブリンは居ないみたいだ」
ロスのその言葉を聞いて、私も周囲への警戒が少し解けた。
この男は冒険者で言えばBクラスに近い実力がありそうだ。
つまり、その言葉はかなり信用できるという事だ。
何で賊をやってるのか不思議なくらいだ。
「街までだいぶ近づいたと思うんだけど…」
ロスは倒したゴブリンを観察しながらザハグランロッテにそう言った。
彼女はまだ少し警戒しているようで、他にゴブリンがいないかキョロキョロと視線を動かしている。
「もう近くに魔物はいないと思うぞ?」
この男の言うことは恐らく正しい。
私よりも状況を把握する能力も優れているだろう。
けれど絶対では無い。
私は怖さから、自分が納得できるまで警戒を完全には解けないと思っていた。
ただ、怖がりだと思われるのは癪だ。
「ここに変種のゴブリンがいるのだから仲間を呼ぶかもしれないじゃない」
「いや…俺は紳士なゴブリンだし、こんな紳士なゴブリンが沢山いたら俺がもてなくなって困るだろ?というか俺が紳士なゴブリンに見えてるの?俺はザハグランロッテちゃんの目から見たら緑色なの?」
私が警戒を解かない理由を適当にでっち上げたら、この男は勝手に乗っかって自虐を始めた。
こういうやり取りは嫌いじゃない。
寧ろ楽しいと思った。
「ふん。お前の見た目を記憶に残すほど私は優しくないのよ?」
彼女の態度は相変わらず無愛想で失礼だったけど、慣れてしまえばどうという事もない。
「でもまぁ、この頻度で魔物を見るって事は街は近いんでしょう」
彼女は、ロスと同じ見解と感想を述べた。
このまま街に向かいたいところだけど………。
ロスは自分と彼女の身なりを見て口を開く。
「このまま街に行くのはちょっとなぁ…メチャクチャ嫌だけど前線基地に寄るしか無いかぁ…」
本当に嫌そうにするロスに、ザハグランロッテは同意していた。
私も、ロスが言うように前線基地には近寄りたくなかったが、この身なりで街に入るのは確かに難しいだろう。
街が伏魔殿なら前線基地はゴミ屑共の巣窟にして吐き溜めのような場所だ。
出来れば近寄りたくない…。
「俺達…ちょっと汚れすぎてるよな?」
街道を避けて森の中を移動したロス達は到着までに予定以上の日数を要した。
その分、汚れも予定より蓄積しているのだ。
「達?…お前と一緒にされるなんて屈辱なんだけど?」
「ザハグランロッテちゃんは汚れてても臭くても可愛いし魅力的だけどね……いて、痛い痛い!マジで痛いから!」
私の軽い嫌味に対して、この男は信じられない軽口で反撃してきた。
褒めながら揶揄してくる男に、私は怒りのまま攻撃をする。
「私は汚れて無いし臭くない!」
「痛い!痛い!!悪かった!!ザハグランロッテちゃんは汚れて無いし臭くないよ!!」
本当に心外だったらしく、彼女はかなり怒っている。
「実際ザハグランロッテちゃんは小まめに水浴びしてたし汚れてないんだけど服がね…?いやいや、もちろん少し臭うザハグランロッテちゃんも最高だよ?」
私をフォローするのに自分の性癖を混ぜてくる所が本当に腹が立つ…!
私の服は、森の中を歩けるように出来ていない。
だから、服はアチコチ引っ掛けて破けたり汚れも目立っていた。
「それもこれもお前のせいでしょう!」
「いや、その通りですけど、すみません!!ありがとうございます!」
森の中を進んだのは、ひとえに人目につきたくなかったロスの都合である。
ここに至るまで四六時中一緒だったので、流石にお互いの性格を理解しつつあった。
「ふぅ、とはいえ…ここからが本番だからなぁ…」
先の事を考えて、ロスは真面目な表情で呟いた。
「似合わないからその不細工な顔は止めなさい」
「いや…ザハグランロッテちゃん?それは無いと思うなぁ…。俺、結構真面目に考えてたんだけど?」
彼女の発言に、ロスの真面目な気持ちは霧散してしまった。
「はぁ…ところでザハグランロッテちゃんお金持ってる?」
「あげないし貸さないわよ」
彼女の言葉は地の街で生きてきた人間っぽさの出た言葉だった。
「いや、そうじゃなくて自分の服を買うお金を持ってるか聞いてるんだけど…俺、そんな物乞いみたいに見えんの??ここまで献身的にサポートしてきたはずなんだけどなぁ…」
ロスの落ち込む姿はパフォーマンスだと分かっていてもザハグランロッテは少し居心地が悪い。
少し言い過ぎたかと反省し、彼女はフォローしようと口を開いた。
「ほら!自分の分くらい、お金なら持ってるから…行くわよ!」
強引に先に進みだしたザハグランロッテの様子を見て、ロスは微かに頬を弛めた。
あの態度が、彼女にとって最大限に気を使った姿なのだ。
強気な彼女の態度にほっこりしていると、あっという間に目的地に到着した。
「前線基地か…気負うより堂々とした方が絡まれにくいかもな」
先を歩いていた私は、歩く速度を意図的に緩めた。
そして自然な形でロスに自分の先を歩かせようと画策した。
そんな事をしながら、何事も無いかの様に済まし顔をする彼女を見て、ロスは我慢出来ずに吹き出した。
「ぷはっ!」
「お前…何を笑ってるのよ」
やれやれ…気が強いんだか弱いんだか…。
口にすればムキになるであろう言葉を飲み込み、ロスは彼女の盾になるように先を歩いていく。
そう…問題の前線基地がようやく、そしてついに目に入ってしまったのだ。




