27継続する圧力…②
「ザハグランロッテちゃん…?」
様子がおかしい…。
顔が赤い…?目にも力が無い…??
ロスは、自分の中で『カチリ』とスイッチが切り替わるのを自覚した。
「どうしたの?どこか具合が悪い?」
声をかけながら、ロスはザハグランロッテの様子を何一つ見逃さないように観察する。
絶対に何かおかしい…。
「平気よ…気にしなくていいわ」
ザハグランロッテは鬱陶しそうにロスを手で払う仕草をしたが、その動きは遅く気怠そうで、ロスに視線を向けてこなかった。
ロスの不安が急速に大きくなっていく。
そういえば…ロスは思い返して気がついた。
水のギルドで、ザハグランロッテは一言も発していない。
あんな場面、ザハグランロッテちゃんが黙ってられる訳がないのに……。
もしかして、あの時にはもう……?
「悪い。俺達は先に帰るから、飲むならその後にして」
異変を見逃した自分への怒りで頭の中がぐちゃぐちゃになりそうだった。
嘆いても今更遅い…!
とにかく…今から、何一つ見逃さない!
ロスは彼女だけに集中すると誓った。
「なになに?ザハ姉風邪??酒で消毒すればパッと治るっしょ!」
「…ちょっと黙れ」
「あ…はい」
真剣な相手を前にしても空気を読めないホセが、エニアに黙らされていた。
エニアちゃん、空気が読めたんだな…。
助かった…ありがとう。
ロスがエニアを見ながら心の中でお礼を言うと、笑って答えてくれた。
ここでアイコンタクトか……。
仲間っぽいな…。
ザハグランロッテを心配するしかできなかった心に、嬉しさが少しだけ混じった。
「さぁ、ザハグランロッテちゃん。今日はもう帰って休もう」
ロスはザハグランロッテの手を取って立たせると、そのまま彼女を背負った。
「マスター!ごめんけどしばらく俺、店に出られないから!」
「ああッ!!何だって!?」
奥に居るマスターにはよく聞こえなかったらしいが、これ以上時間を使いたくなかった。
くそ!面倒だ……!
「…ロスさん先に行って。ミカド、ロスさんの代わりにマスターにちゃんと説明しておいて」
「え…?俺!?」
一刻も早く帰りたいロスの気持ちをエニアがサポートしてくれた。
ここに来てロスのエニアへの評価がぐんぐん上がっていく。
助かった…エニアのおかげでホセとミカドに八つ当たりしなくて済んだ。
もう少しで怒鳴り散らすところだった……。
普段はホセの勢いにタジタジになる事も多いけれど、ロスは今、些細な事でも冗談で流せない心境だった。
意外だ…エニアは空気を読める子だったのか。
扱いに困るだけの子じゃ無かったんだな……。
ロスはエニアに感謝しながら、今度は別の問題に悩んでいた。
忘れてたけど、ザハグランロッテちゃん…結構重いんだよ……困ったな。
これ…宿屋まで腕が持たないぞ…。
地力は気持ちに寄り添ってくれず、ロスは自分の非力さを深く嘆いた。
「エニアちゃん…。悪いけどザハグランロッテちゃんおぶるの代わってくれる?思ってたより重…」
いまのロスに見栄など何の価値も無い。
彼女を助けるためなら泥でも喜んで啜れるだろう。
「お前…許さないから…。絶対に…覚えておくから…」
ザハグランロッテちゃん……!?
声を出したザハグランロッテに、ロスは心の底から安堵した。
俺のはどうでも良いけど…ザハグランロッテちゃんの見栄を踏んじゃったか…失敗したなぁ。
「…やだなぁ、ザハグランロッテちゃん。誤解だよ…思ってたより俺の力が弱いみたいって事だから…」
失言を誤魔化そうとしたロスに、ザハグランロッテは反応しなかった。
ムカついて文句を言ったけれど、彼女にそれ以上の余裕は無かったようだ。
やっぱり心配だよ……。
「エニアちゃん。頼む」
外に出たロスは、ザハグランロッテをエニアに預け、自分は周囲の警戒に当たった。
狙われてるってのは厄介だな……。
今回のように何かしらの事情で、一人でも自由に動けなくなれば、逃げるのすら困難になる。
ロスは慎重に辺りを見ながら危険がないか…地のマフィアが襲ってこないか警戒する。
今襲って来たら…躊躇なく殺す…。
事が起きた場合について、覚悟を予め決めておく。
迷いは死に直結する。
ザハグランロッテを背負ったエニアをチラリと見る。
やはりあちらの世界の女性は力が強いらしい。
自分は背負う負荷に耐えられず、早々に音を上げたのに対して、エニアはまだまだ余裕そうだった。
『狙われている』
そう意識するだけで、何でも無い景色のあちこちが物騒に見える。
あの角から敵が飛び出すのではないか。
背後から尾行されていないか。
どう見てもこちらを意識していないすれ違う人すら怪しく見える。
死角が多すぎるんだよ……!
ロス達は宿屋で寝泊まりしているが、狙われているなら宿屋も安全では無いし、迷惑もかかる。
家…借りた方がいいかな……。
いや、直ぐにこの街を出るのに必要無い……!
宿屋を目の前にしながらロスは考える。
しかし今はザハグランロッテを休ませるのが先だと思い直した。
警戒しながら宿屋の扉を開く…いつ何時に襲われるか分からない。
慣れた場所でも、ロスは気が抜けなくなっていた。
「いらっしゃい…ん?何だ、あんたらか」
長く利用しているせいか、最近は宿屋のオヤジも入ってきたのがロス達だと気付くと直ぐに外面を剥がすようになっていた。
「悪いけど今日はそのまま部屋に行くわ」
いつもは軽く世間話や談笑をして情報を仕入れるのだが、今日はそんな余裕は無い。
ザハグランロッテを早く休ませたいので宿屋のオヤジには付き合えない。
「おお、そうか。まあ別に気にしなくて良いけどな。ははは」
愛想よく通してくれたオヤジに手を上げて二階の部屋に向かった。
部屋の中に妙な気配がしないかチェックし、それからドアの鍵を開けた。
扉を開けるときも最新の注意を怠らず、開いてからも安全だと分かるまでしっかり確認する。
大丈夫そうだな……。
自分の後にザハグランロッテを背負ったエニアを部屋に入れ、戦闘態勢のまましばらく様子を窺った。
ロスは部屋のベッドを手早く整えるとエニアに合図を送る。
「水と簡単なご飯を用意するから、ザハグランロッテちゃんを少しの間よろしく……ザハグランロッテちゃん。ちょっとだけ待っててね」
エニアとザハグランロッテに伝えると、ロスは足早に部屋を後にした。
心配だ…。
ただの風邪ならいいんだけど…。
襲われない様に警戒も続けないと…。
今後の生活、襲撃、ミカド達。
どう考えても平穏な生活が遠退いたとしか思えなかった。
ロスは頭を抱えて悩んでいた。
このままだと問題無く雷の街に出発するのは無理かも知れない…。
そう思うと益々憂鬱な気持ちが膨らんでいった。
カフェ『木かげ』の一室。
ロスの変化に、ホセはともかくミカドも気が付いていなかった。
あまりの呑気さに、エニアはイライラが爆発しそうになっていた。
今のロスさんは危ないのに…。
「…ナナちゃんが具合悪くなってもミカドはそんな暢気でいられるの?」
「え、いや、そんなの…!………」
大事なナナの具合が悪くなる。
想像して戸惑い、憤りを感じたミカドはエニアの言いたいことを察する事ができた。
「分かった…?あの人を怒らせて怖くないのかと思ったじゃない」
何だかんだで優しい性格をしている人ではある。
ただ、あの人はザハグランロッテが絡むと途端に雰囲気が変わる。
「そんなつもりじゃ…」
そんなつもりが無くても危険なのだ。
だから、一線を忘れてはいけないのだ。
「何なに!?怒らせたら怖いあの人って誰のこと?」
「…はぁ…ロスさんの事に決まってるでしょ」
ホセには言っても無駄…というのは、エニアも思っている共通認識だ。
それでも、一応は理解しているようだ。
「ああ、ロス兄かぁ。ロス兄怒らせて平気な奴なんてそうそういないんじゃ無ぇの??」
「いや、お前が怒らせかけたって話をしてるんだよ」
無責任にホセを責めるミカドに、エニアは呆れた。
「ええ!?俺が!?いつ!?」
「ミカドもでしょ…とにかく、今はザハさんを優先して。じゃないと捨てられるよ?」
「え?捨てられ…それは嫌だ!」
「………それは困る」
「なら、しっかりして!」
頼りにならない仲間に発破をかけ、エニアはロスの後を追って店を出た。




