26 確執と仲間…②
時間は15時30分、太陽は強い真夏の熱波を大地に発している時間だ。
仕事が終わった後に待つ憂鬱イベントにロスのテンションは落ちっぱなしだった。
「今日はもうザハグランロッテちゃんだけ見ていたい…」
カフェ『木かげ』を出て、ロスはザハグランロッテとミカド…2人を連れてギルドに向かっている。
正直、気分は最悪だった。
「ずいぶん不細工な顔ね。顔以外に何か問題でも?」
「ははっ。それだと俺の顔に問題が有るみたいだね。でもそれより悪いかもしれないんだよねぇ…」
彼女の声が耳に入るだけで、ロスの中に『嬉しい』という感情が湧き上がり、最悪の気分が少し紛れる。
「お前の顔より問題?…それは深刻ね」
冗談なのか本気なのか…ザハグランロッテは本気で深刻だと思っているように見える。
「う…ん。正直問題は起きてると思う。これからどのくらい大きな問題なのか聞きに行くところ」
ロスの手は、今ザハグランロッテの手を両手で握りしめている。
会話しながら、ザハグランロッテの小さくて柔らかい手を、両手でニギニギして心を落ち着かせようと努力している。
あぁ…面倒だなぁ、問題が大きくありませんように……!
ロスは『ザハグランロッテちゃんは自分の手より少しひんやりしてるなぁ』とか思いながら現実逃避を織り交ぜながら幸せと憂鬱のバランスを取っている。
どんなに気分が沈んでいても、彼女の白くて少し小さな手を見ると、ロスは『可愛い』という感情が湧き上がるし、柔らかい手の感触を味わっていると、不思議と心地良くて落ち着いてくる。
とにかく…あの手この手で心の平穏を保とうとしていた。
ザハグランロッテの方も、手を握るくらいの身体的接触は、いつも拒まなかった。
というか、ロスはザハグランロッテに拒まれた記憶が殆ど無い。
「お前が他人に構うからそうなるのよ。だから言ってるでしょう…お前は私を見てればいいの」
ロスはいつも…いや、不可避な時以外はザハグランロッテを優先し、彼女の事を一番に考えている。
それは彼女にも伝えている。
彼女も分かっている…と、思っている。
それでも、ミカド達と行動を共にし始めてから、100%を彼女に向けるのは難しくなっていた。
それが気に入らないのだろうか。
彼女は、ロスの気が他所を向きそうになると口にするようになった言葉。
私を見ろ…か。
「ミカド…お前の気持ちも分かるけど、もっと慎重に判断して欲しかったな」
ロスは八つ当たり気味に、ミカドに向かって小言をぶつけた。
ギルドとの話は十中八九、地の派閥とのトラブルについてだろう。
だから落ち着いて事実を聞けるミカドだけを連れてきたのだが…。
ホセは考え方が幼稚で感情が入り過ぎるし、エニアは全く把握していないだろう……。
「…………」
小言を言われたミカドは何も返事をしなかった。不満を感じているのだろうとロスは感じた。
「さて、ギルドの方も小言で済めばいいけど…」
ギルドの扉の前で、ロスは覚悟が決まらないまま呟いた。
俺一人なら扉の前で右往左往するんだろうな…。
今はミカドがいるし、ザハグランロッテちゃんが見てるから……。
見栄を張りたいロスは本心を隠して『堂々とした姿』を見せたかった。
怖気づく姿は見せられない。
本心をひた隠し、ロスはギルドの扉を開いた。
うわぁ…雰囲気悪ぅ……。
ギルドの中は、いつもより空気が重く感じられた。
そしていつもより注目を浴びているようにも…。
明かりとかわざと絞ってない……?
あんまり見ないで欲しいなぁ…。
集まる視線はまずザハグランロッテに向かい、次にミカド、最後にロスの順に動いていた。
特に自分を見る時の目が険しい…ロスはそう感じた。
おかしいな…俺はほとんどギルドに顔は出さないし、依頼もカフェ『木かげ』しか受けていない。
目立つような事は…。
「あいつがボスか…?」
ヒソヒソ話の中で聞こえてきた言葉で、ロスは自分の立ち位置が何となく見えた気がした。
そういや…コイツ等は狩りが上手いからギルドでそれなりに有名になってるんだっけ…?
でもボスは止めてほしい…。
「なぁミカド、ボスって何?」
「……さぁ…?」
明らかに何か知っている感じだが、言わないという事は、言いたくない理由でもあるのだろうか。
まぁいいか…。
知らない方がいい事もある。
何となく今回はそれに当てはまる気がした。
受付で呼び出された事を伝えると、ギルド長の居る部屋に案内された。
ドアをノックすると「入れ」という声が中から聞こえた。
中に入ると壮年の男がロス達を迎えた。
見た感じ、あまり歓迎されていないらしい…予想通りだけど……。
めっちゃ睨まれてるな…。
「そこに座れ」
ギルド長と思われる男がソファを指差しながらそう言った。
ロスはミカドを先に座らせ、自分はソファを軽く拭いてからザハグランロッテを座らせた。
「今日は何故呼ばれたか分かってるな?」
「さぁ…?心当たりが無くて困惑してるんですけど?」
要件は恐らく地のマフィアに関する事と思うが、もし違った場合、弱味を見せる事になりかねない。
とりあえずすっとぼけるのが定石…。
向こうから言わせないとな…。
「しらばっくれるか…」
ギルド長の眉間に深い溝が刻まれる。
ロスの慎重さを嘲りと感じたのだろう。
「地の縄張りの住人を何人も引き抜いているんだろう?」
やっぱりその件か…。
嫌な予感が当たり、ロスは胸がキュッと締め付けられたような気がした。
「それね、誤解です。私もさっき聞いて凄く驚いたんですよ。もめ事になるから止めろって言ったんですがね…」
「……なら、お前の指示ではないと言うんだな?」
「そうですけど?」
「…それは良かった。しかし、起きた問題は無かったことにならない」
険しい顔をしていたギルド長の表情が少し和らいだ気がした。
しかし、ロスはギルド長の発した言葉の中で、気になる単語を拾い上げていた。
起きた問題…?
この言葉だけで既に手遅れな感じがぷんぷんするんだけど……。
「つまり?」
「今後、君達への庇護は無くなったという事だ」
起きた問題の結果…俺達は見捨てられるって事か…?
思ったよりも罰が重いな…。
だけど、早晩旅立つ事を考えたら…大した事無い…よな…?
致命傷にはならない。
ただ、パフォーマンスとして怒ったフリはしておく事にした。
「はぁ…?じゃあこれからは地のマフィアに狙われるって事かよ!?」
こうして怒っておけば、罰が機能したとギルド長も満足するだろう……。
ロスは冷めた感情を見抜かれないように注意しながらギルド長を睨み付けた。
「狙われるかどうかは分からない。ただ、地の奴等にお前達が襲われても、水のギルドは関知しない」
「それは、水の縄張りの中でも…という事か?」
「そうだ、我々の縄張りでお前達が襲われても…だ。それと、相手が地の奴等以外なら今まで通り守ると約束しよう」
なるほど…。
地のマフィアとだいぶ話を詰めているんだな……。
「こいつ等が引き込んだ奴らを返したらどうなる?」
短期間だとしても四六時中狙われ続けるのはキツイ…万が一ってのが…。
可能なら原因を無くし、問題自体を無かった事にしたい。
それに…出て行った後の責任まで持てないしな……。
「例えそいつらを返したとしても、地のマフィアが態度を変えない限り今回の決定が変わる事はない」
ダメか…。
「地のマフィアの様子は?」
駄々を捏ねるのは後だ…。
今はザハグランロッテちゃんを守る為の情報がほしい…。
ロスの覚悟が少しずつ固まっていく。
目を見開き、有益な情報を逃すまいと頭が冴える。
「見逃すつもりは無さそうだったな。だから今、この時から既に警戒を解かない方がいい。それと、こちらは関与しないが、水の派閥は地のマフィアに情報を渡さない事を約束しよう」
何を偉そうに…。
地のマフィアに日和ったくせに恩着せがましいんだよ…!
けどまぁ、ギルド長の言葉が本当なら、まだギルドに所属する価値は残る…。
「それから君達が襲われた時に所属の組合員が居れば、水のギルドもマフィアも当然動く。許容範囲を超えれば全面的に争うつもりだ」
それならカフェ『木かげ』は安全…いや水の縄張り内なら他の組合員も居る。
実質手は出しにくいのか…?
その条件なら…危ないのは、寧ろ人気のない場所か……。
「今回の事はお前の指示ではないらしいからな。この内容で向こうに伝える」
ギルド長の話を聞きながら、仲間を含めた安全な行動をロスはシミュレートする。
これ…俺の指示だったら捕まって地のマフィアに突き出されたかもな…。
日和ったなりに体裁は保った感じか…。
「そうか…配慮してくれて有難い」
何も知らされず地のマフィアに売られなかった事。
それは今回の面倒事の中で、唯一喜べることだろう。
これは意地を張って水のマフィアと関係を悪くするのは下策だな……。
「ギルド長、迷惑を掛けた。起きた問題はこっちで対処するよ。それと、ギルドの依頼は引き続き受けられるんだよな?」
「それは問題無い。変わったのは、あくまで地のマフィアがお前達に干渉する事だけだ」
「分かった。じゃあ今日はもう失礼するよ」
あれ以上の情報は無いだろう……。
ギルドを出たロスは、ホセとエニアに合流しなければと、急ぎ足でその場を後にした…。
「とりあえず『木かげ』に行こう…話はそれから…」
歩きながらザハグランロッテとミカドに直近の予定を話していく。
ギルド長の話を信じるなら、状況は悪いが最悪には至っていない。
だけど…安全だと伝えるのは情報と危険を共有してからだ…。




