25の5 カルルの憂鬱…後話
7月下旬
あの事件から数日が経ち…。
「いらっしゃいませー!」
ようやく店内に元気なカルルの声が帰ってきた。
すっかり元気になった様に見える…けど、しばらく解決したと伝えてもカルルの不安は簡単には拭えなかった。
一向に元気にならず、時間が必要だと言っても『何とかしろ!』と、マスターから無責任に何度もせっつかれた。
人任せで無責任のマスター。
でも、約束は守ってもらうからな……。
俺は…仕方なく問題のユーゴを、カルルにもう一度会わせることにした。
会わせてトラウマが再発動しても責任はマスターだからな。
半グレと関わりを持ちたくない俺は、ミカドに頼んで半グレの口から事の経緯を説明させた。
今回の事件がそもそも詐欺だったのだと…当事者の口から聞いて、カルルはようやく終わったと認識したのだろう。
そこからかなり元気になっていった。
「そっか…誰も酷い目にあったり、損してなかったんだね…」
いや、実は損をしてる……。
それを、俺はホッとしているカルルには伝えない。
損という面で見ればこうなる。
まず、俺は金貨5枚を失っている。
ユーゴは金貨5枚ぶんの負債と、耳たぶ、それから横髪を失った。
それからユーゴが無くした白金貨2枚は、俺がスリで回収した物なので損失はゼロだ。
地のマフィアは金貨3枚ポッチの得をしか得られずに、歯噛みした事だろう。
俺の損は地のマフィアが躍起にならないようにする為の必要経費だ。
けれど、誰も致命的な損はしていない。
そもそも最初にぶちまけた蒸留ポーションからしてどうせ嘘なのだから作られた…虚構の損しか無かったのだ。
それから、俺が出した損失は必要経費としてマスターに付け替える予定だ。
これを交渉材料にして、あの糞高い魔導具『魔法の収納袋』の協力者として断らせないように持っていく。
カルルにも貸しを作れたから、協力してもらっておけば安心だろう。
今回一番の苦労人で、人知れず頑張った人物を挙げるとしたら、それはカルルの旦那のシークスだろう。
カルルはシークスを捕まえて結婚した事を自慢してもいい、少なくとも俺は本気でそう思っている。
離脱者のユーゴに対して追っ手が掛かるかと心配したが、杞憂に終わった。
ユーゴに持たせた『ハッタリ』が効いているようだ。
悪党にそれっぽい事を言えば、勝手に邪推して動けなくなる…狙い通りだった。
それっぽい事を言われた悪党は心当たりが多すぎて的を絞れなくなるものだ。
同じ派閥仲間への裏切りも抱えてたりするから効果はてきめんだろう。
ここが水の街で助かった。
地の街の魑魅魍魎が相手なら、俺の作戦は上手を取られて通用しなかった可能性が高い。
いや、確実に負けるな…。
そして、水のマフィアに鞍替えしたユーゴ…。
面倒はホセが見ているらしく、水の縄張りでの仕事探しも手伝ったと聞いた。
見つけた仕事は、単純で力のいるキツイものだったが、本人は晴れ晴れとしているらしい。
俺に似たタイプなのかもな…。
ロスは自分の小者臭をユーゴに重ねて空を仰いだ。
「どこを見ているのよ」
ボーッと考え事をしていた俺を、ザハグランロッテちゃんは許してくれなかった。
「あぁ…ごめんごめん」
俺は、彼女のカップに冷やした紅茶が入っているのを確認すると、自分のコーヒーを淹れ始める。
「俺はザハグランロッテちゃんの次くらいにホットコーヒーが好きだから」
「あらそう、なら良いわ」
自分で適当に言ったことだけど、何が良いのか分からなかった。
最近、彼女は俺の軽口をそのまま受け入れるという技術を身に付けていた。
物足りない…。
彼女は俺が蔑んだ目や罵倒で満足感を得ている事に気が付いたのだ…悲しい事に。
「………その顔を止めなさい。不細工が見るに堪えないわよ」
「そ、そうかな…?」
「何を喜んでいるよの…」
とまあ、結局我慢できずに罵倒してくるので…これは『彼女とのコミュニケーションが増えた』喜ばしい結果なのだ。
ちなみに、俺はいまカフェ『木かげ』で働きながら客としてくつろいでいる。
問題を解決したお礼をしたいと、カルルが譲らなかったので、しばらく自分の分まで働いてもらうことにした。
金貨5枚分の貸しをチラつかせ、マスターからも快く許可は貰ってある。
だから、俺はザハグランロッテちゃんの側に控えて、心ゆくまでお世話を堪能しているのだ。
傍から見れば完全に主と従者だが、俺とザハグランロッテちゃんの間には主従関係どころか何の繋がりも無い。
ただ…俺の欠けていた部分にザハグランロッテちゃんが丁度良く嵌り…ザハグランロッテちゃんも『今は』俺を必要としてくれているだけだ。
「お前は…私の事を見てなさい」
不機嫌な顔、不機嫌な声、責めるような言葉が俺に放たれる。
俺はそれを甘んじて受け入れ苦笑した。
「俺はいつだってザハグランロッテちゃんばっかり見てるんだよ?」
彼女を見ているから分かる。
何気ない行動、言葉の節々に…彼女が不安を抱えているのが分かるんだ。
俺は…彼女のそばで助けになりたい…。
彼女から、まだいても良いと思われている…。
嬉しい気持ちと、いつか必要とされなくなる未来を思い、寂しくなる。
「私を見てる……どうかしらね?最近のお前はあの小娘ばかり見ていたじゃない」
「い、いや、そんな事は…」
しどろもどろになってカルルの方に視線を向けてみると、こちらに気付いたカルルが親しげに手を振ってきた。
それを俺は無視できない。
額に脂汗を浮かばせ、笑顔を引きつらせながら手を振り返した。
「ふん…!」
更に不機嫌になる彼女に…可愛いと思う反面、対応に困ってオロオロした。
成り行きでカルルを助ける事になった。
それは俺の本意では無かったけれど…本音の部分で助けたいと思ったのも事実だ。
ただ…それを口にしたらしたで、彼女からの評価が更に下がりそうな気がして……。
「いや…あれを解決しないとザハグランロッテちゃんの事、安心して考えられないと思っただけなんだよなぁ」
半分は嘘である。
キッカケを作ったのはホセだった。
だけど俺の責任も少なくない。
カルルの魅力を拒みきれなかったんだから…。
「私が言いたいのは、他人に構ってるとお前に危害があるという事よ!…私はどうするのよ……」
強い口調でそう言ったザハグランロッテは、いつもの澄まし顔ではなかった。
ザハグランロッテちゃんは…一人になるのを怖がってる…ように見える…。
だからロスは、何度も何度も彼女に同じ言葉を繰り返して伝える。
「大丈夫だよ。俺はザハグランロッテちゃんの側に居るから。最後まで居るから心配しないで」
「ふん…」
また鼻を鳴らし、俺の言葉を聞き入れない彼女を見て、まだまだ信用が足りていないと思った。
「まぁ、これでしばらくは何も無いだろうし…俺はザハグランロッテちゃんとのんびり出来たら良いなと思ってる」
いや、ほんとに。
これ以上の面倒は本当に勘弁してほしい。
そろそろ雷の街に集中しないと、本当にマズいんだよ……。
ザハグランロッテを見ながら『変異』についてボヤッと考える。
いつまでもザハグランロッテの横顔から目が離せなかった。
これが…失われるのか……?
現実味の無い想像が思い浮かび、そして消えていった。
「旅に出ても、ザハグランロッテちゃんと一緒なら楽しいしね」
コーヒーを飲みながら…自分の出した言葉が独り言として溶けていく……。
足りない…俺に、もっと力があれば……。
楽しい…嘘だ……俺は、旅に出て彼女が危険に晒されるのが死ぬほど恐ろしかった……。




