6 世知辛い世界…前編
ちょっと長かったので5話に分けます。
分けますが今日のうちに残り4話も投稿します。
5月
「そこの岩にタオル置いてあるの分かる?えっと…こんな事もあるかと思って念のために念入りに凄く綺麗に洗ったタオルだから心配ないよ」
ロスとしては気を使ったつもりだったのだが、ザハグランロッテは警戒を強めていた。
念のためにって何のためよ……。
用意が良いのも気味が悪いわね。
私は自分に愛想が無いのを自覚している。
にも関わらず、この男はなぜか腹も立てずに私に気を使ってくる。
なぜそんなに気を使うのか…私にはそれが全く分からなかった。
理由が分からない…それが余計に不気味さを増大させていた。
「そう…お前と違ってタオルは綺麗って事かしら」
悪い奴ではない…と思う…。
ザハグランロッテは、憎まれ口を叩きながら素直にタオルを使い始める。
ロスは素直にタオルを使い始めた彼女の気配を感じ、それを嬉しく感じる自分を不思議に思っていた。
ロス自身もなぜ彼女に親切にしたいと思うのかよく分かっていなかった。
彼女は素直な言葉は口にしない。
けれど、行動を見れば何となく考えている事というか…思いは伝わってくる。
それが可愛らしいと思うのだ。
彼女が意図してるか分からないけど…。
「服を着たら教えて…ふわぁ…」
警戒するのが自意識過剰に思えるくらい、男はこちらを見ず、それどころか眠たそうにあくびをしていた。
私は、このロスという男にもっと感謝を伝えるべきなのだと思ったが、それを口にする事はできなかった。
「ところでザハグランロッテちゃんはいくつなの?」
男は、即席で作ったスープを私に渡しながらそう尋ねてきた。
「顔と同じで質問まで失礼なのね、今年23になったわ」
家名を教えるのは躊躇いがあった。
それに比べれば自分の年齢など隠す理由も隠す必要も無い…だから素直に答えてみた。
「えっ?俺の顔って失礼なの??マジで!?」
「質問の答えよりも自分の顔を心配するなんて、お前は顔と一緒で中身もダメなのね」
冗談で言ったことに、男が割と深刻に捉えたので、私は慌ててフォローを入れようして…失敗した。
また…つい悪口を…。
「そうか…俺の顔は失礼な作りだったのか…教えてくれてありがとう」
妙に納得しているロスに、私は自分の非礼を忘れて呆れてしまった。
ここはもっと怒ったり、否定するところじゃ無いのかしら…?
「何を納得しているのよ…そう言うお前は幾つなの?」
「えっ?俺?俺は26才だな。いやこの前27才になったんだったかな?ちょっと正確な歳は分かんないな」
なんで照れてるのかしら…。
歳を聞かれ、恥ずかしそうにしているロスの心境がよく分からなかった。
「結婚は?」
「してないわ」
へぇ…結婚歴無しか…。
………て…!何喜んでんだ俺は!?
俺には関係ない事だし…!
「人の行き遅れを笑うなんて最低ね」
「いやいや、笑ってないよ?まぁ地の街の貴族連中じゃ、ザハグランロッテちゃんの魅力に気づけねぇよなって」
「…………」
「どうせ、どいつもこいつも相手が怒って君の魅力に気付かなかったんだろう?」
「…………」
「こんなに可愛いのに気付かないとか!見る目が無さ過ぎるだろ!」
どうも様子がおかしい…。
突然私を褒めだした男の様子に明らかな違和感を感じた。
その手に持っているコップには何が入っているのか気になった。
「…………お前…まさか酔ってるのかしら?」
「えっ?そんなに酔ってないよ?」
ビンゴだった。
軽くカマをかけたら、男は悪びれずにそう言った。
こんな外で…魔物や魔獣が出たらどうするのか…!?
私は危機感の無さに腹が立って男を責めた。
「酒なんか飲んで何かあったらどうするつもり!?」
突然怒り出したザハグランロッテに、ロスはキョトンとした。
あれ…?
これは結構本気で怒ってるな…。
「いやいや、自分の飲める量くらい分かってるし、判断だってきちんと出来るって!」
本当の事を言っているのだが、相手が怒っているからか、どうにも言い訳がましく嘘を言っているような感じになってしまう。
責められる謂れは無いんだけど…。
自分が盗賊であり、彼女からみればならず者のはずなのに、酒すら飲んだら駄目なのかと、ロスは苦笑してしまう。
「信用できないわね!さっきから歯の浮くようなセリフを連呼しておかしいと思ったのよ!?お酒なんか飲んでるから…!!」
あれれ…?んー?
この怒りって…もしかして照れ隠しが入ってるのか……?
いや…無いな…。
思ったよりも怒っている彼女に向かって、ロスは別に用意してあったコップを差し出した。
「ザハグランロッテちゃんも少し飲む?大丈夫大丈夫、何があっても街まで俺が連れて行くから」
酒の影響は無いと言いつつも、多少気が大きくなっている事を、ロスは自覚していた。
「お前!……ふん、まぁいい私ばかり気を張るのも馬鹿らしい」
彼女は、ロスからコップをひったくると注がれた酒を一気に呷った。
「そんな一気に飲むのはよくないよ?勿体無いし…」
彼女の飲みっぷりに、ロスは経験則から忠告をしておく。
「不味い…」
「そりゃ、粗悪な安酒だからな。ところでザハグランロッテちゃんって酒癖悪い?」
「知らない。誰かの前で飲んだことなんてないもの」
薄々そうじゃないかと思っていたが、ここでロスは確信した。
彼女はずっと一人だったのだろう。
もしかしたら、誰かと楽しく過ごした経験が少ないのかも知れない。
恐らく友達とかいなかったんだろうなぁ…。
いや…あの街だといない方がマシかもしれん……。
彼女の過去を想像し、同情し、泣きそうになった自分を、マシという言葉で無理やりポジティブな考えに持っていく。
「俺…ザハグランロッテちゃんのマブダチだぜ?ダメだ…目から水が出ちゃう…」
「ちょっと…止めなさいよ!まるで私が惨めみたいじゃない!!」
憤慨した様子のザハグランロッテだが、どことなく楽しそうに見える。
「辛い事もあったかも知れない…俺も…ザハグランロッテちゃんも…。だけどさ…それはもう過去の事ぜぃ!!」
ロスは彼女のコップにお酒を注ぎ、こう言った。
「今は俺がいて、君がいる!…さあ、乾杯だ!!」
「お前…やっぱり馬鹿ね?………ふふ」
どうやら彼女はあまりお酒に強く無いらしい…。
少し頬を上気させながら、微かだが確かに笑った。
……可愛い。
ロスはザハグランロッテの笑った顔に見蕩れてしまった。
…い、いかんいかん…!
元々接待のつもりだったロスの腹積もりが、彼女の笑顔一つで忘れ去られる所だった。
「ささっ、今日はもうお疲れでしょう。ザハグランロッテ姫はもうお休みになられて…後は私めにお任せくだされ…!」
仰々しく…そして恭しく振る舞いながら、ロスは自分の顔が緩むのを抑えられなかった。
「…………」
「まぁ…今日は馬鹿なお前に乗せられてあげるわ」
大げさでわざとらしいこの男は、酒を飲み酔っていても私に気を使っているのだろう。
私はロスの用意した寝床に横になって目を閉じた。
近くで焚き火が夜の闇をゆらゆらと照らしながらパチパチと音を立てている。
積み重なった心労に、適度なアルコールが混ざる…。
ロスの気配が私に近付いてくるのが分かった。
酒で程よくリラックスしていた体が強張った。
何のつもりだろうか…?
少しは信用したいと思った矢先に、裏切られるのだろうか…?
男が何をするのか。
緊張で身を硬くしながら寝たフリを続ける。
「君がいままでどんな環境に居たのか分からないけどね…。俺は君の助けになろうと思う」
この男がどんな考えでそう言ったのか…私には分からなかった。
男の手が私の髪の毛に触れ、髪を指で梳き…そして私は頭を撫でられた。
私はなぜだか分からないが、男がそれ以上手を出してこないと確信し、数秒後には眠りに落ちていった…。
「……寝るの早…」
相当疲れていたのだろうとロスは思った。
街に着けば今ほど関わる事はないだろうが、時々ご飯を食べるくらいの友達にはなれるかもしれない…。
そうして…自分がこの子にとって楽しさを感じる…そんな一助になれば…。
ロスはそんな思いに囚われた。
目の前で揺れる炎をぼーっと眺めながら、ロスは地の街と、疲れて眠る女の子について考える。
地の街は精霊石の一つが祀られた、この世界の主要都市だ。
この世界の利権者たちが是が否にも守ろうとしている石と都市である。
そこは腹黒の奴しかいないとまで言われる伏魔殿のような都市。
住み続けるには並大抵の胆力では耐えられない。
人の弱味を探り合い、人の足を引っ張り合う。
そんな人間関係が延々と繰り広げられている。
ロスも一度、優雅な暮らしを夢見て地の街に潜り込み、そして3ヶ月で嫌気が差して逃げ出した事があった。
「はぁ…」
無意識にため息が溢れる。
この子は23才と言っていたな…。
23年間もあの街で…没落する家名を背負って成長してきたのか…。
他人を頼らない。
そんな生き方が垣間見えていた…。
いや…コレでも利用しているつもりなのか…?
「せめて本当に性格が救いようの無いほど悪かったら良かったな…」
そうすれば適当に相手できたのに…。
人を物のように利用するのが下手くそな彼女を眺めながら、ロスはそう思った。




