25の4 カルルの憂鬱…③
「お前ら、俺に強盗を働こうとしたんだろ?だったら覚悟はできてるんだろうなぁ?」
その舐め腐った態度を後悔させてやるよ。
俺はお前らと違ってずっと地の糞共に鍛えられてきてんだ。
先ずは女だ。
女を攫って場所だけ伝えりゃ、女と遊んだ後にこいつらはのこのこ現れるだろ。
全員奴隷にしてやる。
俺は喋りながらゆっくり肩を怒らせ少女に近づいて行く。
こいつ等…素人だな。
警戒心も無けりゃ危機感すらねぇ。
助かりたいならこの段階で動くもんだ。
まぁ、もう遅いけどな!!
相手の鈍い反応に、ユーゴは鼻で笑いながら手を伸ばした。
ははは!チョロ過ぎるな!
「ふん。この女は貰っていくぞ」
「あっ…」
いまさら気付いても遅いんだよ!
呑気にしてるお前らが悪い、このまま全部奪いきってやるよ!!
くはは、まずは女!女だ!!
ユーゴが少女に手を伸ばしたところで、仲間の少年が悲鳴の様な声を出した。
攫って犯しまくってやる!
手を伸ばしながら仲間の少年を警戒する。
助けようと動いても力で制圧だ!
そんなユーゴの手首に温かくて柔らかな感触がした…そう思ったら、今度はかなりの力で握られた。
「あっ!いて!こいつ!?何しやがんだ!!」
手首を掴んでいたのは少女だった。
こ、こいつ…何て握力だっ…!?
どんどん力が強くなっている!?
て、手首が折れる!!
血が、くそ!何だコイツ!?
「離しやがれ!!」
ユーゴの手首は血が止まり、みるみる血色が悪くなっていく。
手首より先の感覚が痺れ、無くなっていく。
痛みと圧迫が強過ぎて、全身から脂汗が噴き出して止まらなかった。
俺の焦りはどんどん大きくなっていく。
「て、手加減しろよぉ…?」
少年の声色から、少女の性格が垣間見えた気がした。
くそ…。こいつ、イカれてんのか!!
「いて…ててててて!ああー!!」
嘘だろ…!?
このまま折るつもりか…!?
ふ、ふざけんなよ!?
そう思いながら、どこかで少女の冗談だと楽観視している自分がいた。
手を離した瞬間ぶん殴る!
もう許さねぇ!!ぶん殴ってやる!!
これは脅し…どうせそろそろ手を離す!
離せ!離せ!!痛いだろうが!!離せよ!!!!
「て、テメェ!!離せこら!ぶっ殺すぞ!!!!痛ぇーーってんだろ!?」
『ゴギンッ』
「ッ!?」
捻られた腕が鈍い音を出し、身体を伝って耳に響く。
心胆の冷やす鈍い音の後、遅れて激しい痛みが襲ってきた。
「あ!!ああーーー!!く、い、いい!!くそっ!このイカれ女が!!」
くそクソ糞!!痛え!!何なんだ何なんだよ!!どうする!?
身体中の毛穴から汗が噴き出し、顔中から脂汗が滂沱となって流れ落ちる。
本能が生命の危機を訴え、全力で逃げろと、けたたましくアラームを鳴らしている。
「お、おおお前ら!これ、これ以上手を出すならかかか、覚悟しろよ!!」
「うるさい…」
『ゴッ』
腕を取られたまま、ユーゴは更にふくらはぎを蹴り上げられた。
文句の一言すら許す気が無いらしい。
何が何やら分からないまま視界が逆さになっていた。
「……なぁ…ぁ」
次の瞬間には自分の頭、側頭部が削られる感触と、骨の音…頭と首が嫌な音を鳴らした。
「…ぁぁぁっっ……ぅぁ…」
視界は前後不覚のままチカチカと途切れ、痛みで声も出ない。
このまま死ぬ…本能が嘆いていた。
地面に転がされていたが、どうでも良かった。
無限に押し寄せる痛みが俺の世界の全てで、長い長い時間、無感情に苦痛を耐えさせられる。
実際には10数秒の事である。
「くぁ…ぁ…ぁ……」
ああああ…!!くそ…!こ、殺される!
て、、手を出しちゃ駄目だったんだ!
ああ、悪魔だ!
蹴られた足もたぶん折れている。
少し前の俺に教えたい。
顔が良いからと、この女に近づくのはやめろと。
やばい奴だ…あ、悪魔…。
なんとかして逃げ…。
どんな奴が相手でも、俺は逃げられる自信があった…だから大人しく付いてきたんだぞ!?
だが、常識が通用しない相手はいる。
そんな規格外が相手なら話は変わる。
そんな奴は相手にしてはいけないのだ。
地面に転がったユーゴの目は少年達を視野に入れていた。
少年達の目が同情を含んでいるのが分かる。
た、助けてくれ……!
声は出ない…出せば終わる気がした。
「…何してるの?ちゃんと頼まれた事はやらないと駄目なんじゃないの?」
少女の言葉で『ビクリ』と反応した少年達が映った。
更にやられるのかと絶望が積み上げられる。
頼まれた事…。
この3人の背後に命令を出した人間?
そんな奴がいるのか…!?
カルルとその旦那、そして娘の姿を思い浮かべながらユーゴは思った。
あの家族は…こんな腐った事…考えられねぇだろ…。
引かない痛みに悶ながら、ユーゴは得体のしれない黒幕の存在に、底知れない怯えを刻みつけられた。
ユーゴに少年が声をかけてきた。
し、死ぬのか…俺は?こんなあっさり??
「とりあえずオッサンの怪我は治るから安心しろ。ただし、このポーションは白金貨5枚だけどな…」
ホセは、エニアにボコボコにされた男に心から同情していた。
俺は分かるぜぇ…?
アレだ…エニアは怖ぇからな……。
同情を寄せるホセに対して、ユーゴの怖気は怒りへと塗り替えられる。
「そ、そんなバカ高いポーションがあるか!ふざけんな!!」
確かに今すぐ怪我を治してぇ…。
だが落ち着け!…話しぶりから俺を殺したり、いたぶる事が目的じゃ無さそうだ!…ならまだやれる……!!
俺は屑だぞ!!こんな奴らに負けてたまるかよ!!
自分が優位に事を運んでやる!
……そう思った時だった。
「今度見るときの目印。こっちの耳たぶ切っとこう。ナイフ貸して」
不穏な言葉が聞こえたと思った時には、既にナイフが少女に投げ渡されていた。
「おお、おい待て!何、あ!!」
頭を潰されるかと思う強さで踏み付けられ、痛みで動けなくなった俺の耳たぶは少女によって切り落とされた。
「ああーッ!!」
だ、だ、だ、だだダメだ!やっぱりこの女狂ってる…!!
何だ!?何が目的なんだよ!!?
「ポーション買う?」
ボタボタと耳たぶから血が流れている。
俺は少年の意図が読み取れなかった。
考える余裕が無い。
何とか交渉できないかと模索し、俺は懸命に悪足掻きする。
「かか、買いたい!!けど、い、い、いくらなんでも高過ぎるだろ!?」
この訴えは真っ当なもののはずだ…。
白金貨5枚なんて…。
いや…白金貨5枚…?
そうか、そういう事か…!?
急な展開と激痛で、簡単な事に気がつくのが遅れた。
白金貨5枚は、あの家族の負債と同額だ。
こんな強引な手段でチャラに?
なんて事考えやがんだよ!?
「…?これじゃあ耳たぶが見えない。そうか…髪が邪魔だな…」
『ブチブチィ!』
横髪が引き千切られていく。
「ああー痛い!痛い痛い!!」
俺がいくら叫ぼうと、少女の動きは鈍らない。
淡々と引き千切るだけだった。
髪と一緒に皮膚まで剥がれ、血がそこら中に飛び散った。
俺の右腕…左足、頭が削れてスースーする…それから左の耳たぶ、耳に掛かる横髪、更に皮膚……。
「…ポーション」
据わった目で口元だけが緩んでいる少女の笑顔に、俺は抵抗を諦めて…心の底から謝った。
「なぁオッサン…そろそろ元気だせよ…そんなに凹んでたら良い事が起きないぞ??」
完全に心を折られた俺は、何処かに連れて行かれている。
このあと俺はどうなるんだ……?
地のマフィアの事を、最悪の糞共と思っていたのに違ったのか…?
世の中には負けず劣らず、似たような奴等がいる…分かってる。
俺は手を出しちゃ駄目な奴に手を出したんだ。
俺が悪いというより運が悪かった。
でも、それが全てだ。
怪我は治った…。
でも俺は、もう二度と逆らえない。
怪我はポーションの効果で治ったが、俺はこのイカれた女が恐ろしい。
恐怖は確実に俺の心に深く刻み付けられた。
自分の中の序列が変わっちまってる。
地のマフィアより、単体なら…このイカれた女の方がヤバい。
恐らくもう俺は、この女に対して一生怯え続けるだろう。
地のマフィアとイカれた女、天秤に掛けられれば死んだ方がマシと思うだろう。
既に抵抗する気力を無くした俺は、もう『どうにでもなれ』という気持ちで連行されている。
毟られた横髪と、切り落とされた耳たぶは治っていない。
世界は俺に残酷すぎないか……?
そんなに俺が悪いのか?憎いのか??
「着いたぞ」
少年に案内されたのは水の派閥ギルドだった。
地の派閥が一番ヤバイと思っていたけど、ここはそれ以上なのか……?
もしそうなら、俺みたいなちんけな奴は生きて行くことを諦めろってか……。
くそ…考えれば考えるほど嫌になる。
「俺の聞いた話だと、誰も損しないらしいから心配無いと思うぞ」
誰も損しないだと……?
俺は既に大損してるだろうが!!
頭の弱そうな奴が言うことだ。
真に受ければどうせ痛い目にあうんだろ。
投げやりなユーゴは溜息をついた。
聞いた話…ね…。
あいつ等の話しぶり…今回の件は細かい指示が出てる。
水のギルドに来たって事は、地の糞共は関係ねぇって事か……?
あの時感じた黒幕の存在が、また現実味を帯びた。
水のマフィアか…?
こいつ等が黒幕…?
水のマフィアが地の糞共と同類なら…。
「おう、ホセじゃねぇか。今日は何の用だ?」
わざとらしい演技をしやがって…。
「今日はこのオッサンをうちのギルドに入れようと思ってさ!オッサン無所属なんだろ?」
少年の言う通り、俺は無所属だ…。
ただし、それは表向きだが…。
裏では地のマフィアの一員だなんて口にはできない。
それを言うと水のマフィアと地のマフィアの抗争になるからだ。
そんな事になれば地のマフィアから死ぬより恐ろしい目に合わされる。
どう転んでも最悪の展開だ。
だが、ここは水の派閥の縄張りだ…奴らにいったん話を合わせた方がマシだろう…。




