25の2 カルルの憂鬱…③
「…監督?」
ザハグランロッテの口から疑問が漏れる。
「カルルからある程度聞いてるが…ただの同僚が、それも店員が解決すると言われても…」
シークスの懸念は容易に想像がつく。
ロスはシークスが口にしなかった言葉の裏側を、変わりに声に出した。
「信用できないし、期待もできない…かな?」
ロスの発言は、配慮したシークスから見れば挑発的に聞こえただろう。
一方で、助けに来たのに怒らせる発言をするロスに、ザハグランロッテは『これではカルルも怒るのでは?』という不可解さを感じていた。
この警戒を解かないと話は聞いてもらえないだろうな。
「親切心で来てくれたのなら感謝するけど…」
ザハグランロッテの思った通り、続くシークスの言葉には険が含まれていた。
今回のトラブルで、そうとう人間不信になっているようだ。
警戒するのは当然だよね…。
だって怪しいもんな……。
「何か他の目的をあると思って警戒してる…?」
「そうだ。だから信用できないし…それに、状況が更に悪くなるのを危惧している」
自分がシークスの立場なら、家族を守るために同じように警戒しただろう。
素晴らしい旦那さんだ…。
「うん…カルルさん。やっぱり良い旦那さんだね」
旦那を褒めながら親指を立てるロスに、カルルは困惑した。
「え…?えっ?あ、ありがとう?」
2人の雰囲気はあまり良くない。
このまま話すらできないで終わるかもと、カルルはハラハラしていたのだ。
「シークスさんの心配は当然だから。監督も落ち着いて?」
助ける事自体に懐疑的なザハグランロッテは、険を含むシークスに今にも噛みつきそうな雰囲気を出していた。
ザハグランロッテちゃんはリヴァイアス相手でも噛み付くからなぁ…。
「シークスさん。今回俺がしゃしゃり出たのは自分の意志じゃ無いんだ」
「……なら、どうして我が家のトラブルに首を突っ込んで来たんだ?」
それは流されて…。
「マスターから頼まれたのもあるけど、一緒に働いてるから…アンタなら分かるだろ? カルルさんは助けてあげたいなぁって思う人だから」
「…………。」
ザハグランロッテちゃんには理解できないかもな…。
地の街は、弱ってる人間を見たら基本的に骨の髄までしゃぶろうとする奴しかいない。
こんな話で信用できない…。
そんな顔してるな……。
「とにかく、アンタの家族を堕として利益を得ようとか、問題を拗らせるつもりが無いのだけは理解してほしいかな」
「……すまないが、それだけで信用する訳にはいかない。それに、カルルへの同情だけなら、肝心な所で逃げてもおかしくないだろう?」
まぁそうだよね…。
「途中で逃げるつもりは無いよ」
嘘だ…どうにもならなければ、ロスは逃げるつもりでいる。
「それに、こっちも多少の見返りは考えてる。マスターにだけど。それから、こっちの事情でちょっと見栄を張る必要もあるんだ」
見返りはともかく、見栄でこんな面倒に首を突っ込むなんて信じられない。
とか、考えてる顔してるな…。
「近いうちに仲間と協力しないといけない仕事があるんだ。若い子でね、そいつ等に俺が信用できるって所をを見せておきたいんだ」
「それが今回の件に関係あるのか?」
「ある。そいつ等に信用されないと、俺の目的が達成できない。だから、今回の件、俺も…失敗が許されない」
警戒心が強いな…。
「…………。」
「信用できないのは理解できるけど、シークスさんとカルルさんだけじゃ、手詰りなのも事実だろ?」
悩んでるな…。
シークスは無言だが、かなり悩んでいるのだろう。
自分が選択を間違えば、自分もカルルも…娘だって碌なことにならない。
一家全員で奴隷落ち、離散もあり得るのだから慎重にもなる。
もうひと押しか…?
シークスだって、助けが得られるのなら喉から手が出るほど欲しいはずだ。
このまま説得出来るとロスが思った矢先、ザハグランロッテが豪快にぶっ壊す。
苛つき気味の彼女は白金貨2枚分のお金が入った小袋を、『トシャ』と音を立てながら、雑にテーブルに投げた。
「話が長い。どうでもいいから、お前か…そっちの小娘がコレを相手に渡しなさい。後はこの男が何とかするわ」
「…これは?」
「私のお金…白金貨2枚分よ」
ほぼミカド達の稼いだお金だし、そもそも彼女は働いていない。
堂々とした嘘だなぁ…。
「は、白金貨2枚ッ!?」
驚いたカルルの大声に、ロスはビクリと驚いた。
「……しっかりしなさい」
「あ、はい…」
ザハグランロッテにビクリとした所を見られていたらしい。
恥ずかしい…。
「いや、こんな大量のお金を貰うわけにはいかない…」
「は…? 誰がお前に譲ると言った? そのお金は強請りに来た男に渡す金よ。このお金を渡してお前は時間を稼ぎなさい」
このままザハグランロッテちゃんに説明を任せて大丈夫かな……。
些か不安が…。
「時間を…?」
「そ、そう!シークスさん達はこのお金を使って3ヶ月支払いを延ばす交渉をして貰う。後はこっちで全部やるから」
やはり豪胆なザハグランロッテに任せるのは不安が大きく、ロスにはできなかった。
シークスがロスの事を信用できなくても、目の前にあるお金は嘘をつかない。
そして追い詰められているのはシークスだ。
そして、シークスには解決のために取れる手段が無い。
「あなた…」
娘のシャルルを抱っこしたカルルは、不安な表情を浮かべたままシークスの判断を待っている。
「信用…しても良いのか……?」
「大丈夫」
本当は大丈夫とは言い切れない。
だからといって、馬鹿正直に無理なら逃げるつもりなんて言う場面ではない。
「……すまん、よろしく…頼む!」
よし…折れた…。
そう言って頭を下げたシークスだが、頭の中は不安で渦巻いている事だろう。
仮にこの選択が間違いだったとしても、カルルはきっとシークスを責めないだろう。
そのくらい、シークスは家族の事を考えながら決めている。
「カルルさんは、いつもお世話になってる大事な同僚なんだ…だから心配なのは分かるけど、任せて欲しい」
「俺はこのお金を渡して3ヶ月支払いを延ばす…でいいんだな? でも、相手が納得するとは…」
また驚かれるんだろうな…。
先の反応が読めると、その大袈裟な反応への対応が少し面倒になる。
「うん。だから相手に白金貨2枚渡して、更に5枚払うと言ったらいい。合計で白金貨7枚になる。恐らく乗ってくるよ…」
「「白金貨7枚!?」」
夫婦揃って驚いたので、面倒な気持ちより、少し面白いという気持ちがロスの中で上回った。
「作戦の成功率を高めるために、詳しく話せないけど、支払いを3ヶ月延ばせたら相手も含めて誰も不幸にならないはずだ」
話せなくてもどかしいのはロスも同じだった。
「これが本当に重要で…延ばせなかったら、泥沼になるかもしれない…だから、しっかり交渉してほしい」
ロスの言葉にシークスは喉を『ゴクリ』と鳴らし、事の重大さを認識した。
これだけ言えば慎重にやってくれるだろう。
ひと仕事終えて、ロスは少し肩の荷が下りた。
あとは相手が詐欺師なら想像通りの動きをするはずだ。
ふぅ…疲れたな…。
今日は帰ったらザハグランロッテちゃんとまったり過ごそう…。
ロスが気を抜いていると、ザハグランロッテが急に喋り始めた。
「今回は仕方ないから少し貸してあげるけど、この男は私のものだから。それだけ覚えておきなさい」
なんだかよく分からない感じでザハグランロッテが話をまとめてくれた。
真意は分からないが、彼女に必要とされると、嬉しい気持ちがロスの胸いっぱいに広がっていく。
この嬉しさ…!
気持ちを誰かと共有したい…!
ん……??
部屋の影からこちらを窺う子供と目が合った。
不安そうな顔をしている。
「監督の許可も出たし、おじさん…しっかりやるからね。シャルルちゃん…頑張ったね」
「けだもの」
こんな子供にまで警戒するザハグランロッテが面白くて、ロスはクスッと頬が緩んだ。
「お父さんもお母さんも、シャルルちゃんも心配ないよ。監督とおじさんが頑張るからね」
キョトンとしたシャルルの顔は子供らしく、事態を飲み込めていないのが良く分かる。
小さいけど…自分のせいで大好きな両親が困ってるのを見るのは…。
相当つらかっただろう…。
カルルがシャルルを抱き上げ泣くものだから、子供のシャルルも釣られて泣いてしまった。
泣きじゃくるシャルルと「子供を泣かせるなんて最低ね」といつもの調子で罵倒してくるザハグランロッテを交互に見て、ロスは自分の覚悟を更に鋭くしていった。
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「ところでさ、準備に1ヶ月って話はどうなったの?」
ミカドが予定について聞いてきた。
「それは延期…するしかない。で、でも! ホセが安請け合いしたのが原因だからな!? お前らも反対しなかったからな!?」
言い訳じみた発言だが、事実である。
「それに…俺が一番早く出たいんだ…。それだけ遅らせるんだから、必ず解決させるぞ…?」
最後の方は、取り繕っていないロスの本音だ。
だから、誰も文句は言わなかった…。
これ以上の遅れは本当に勘弁してほしいとロスは思った。




