25の2 カルルの憂鬱…②
「今まで俺が稼いだお金と、ミカド達が稼いだお金…。これを合わせたら白金貨2枚くらいあるんだけど、今回はこれを相手の男に渡そうと思ってる」
エニアから『私のコーヒーは淹れてくれないの?』という無言のプレッシャーを感じながら、ロスは話を進める。
「えぇ!? お金を渡すのかよ!? 相手って、どうせ詐欺師だろ!?」
「そうだ。でも先ずは落ち着いて聞け」
お金を支払うと聞いて、ホセが納得できるはずも無く、感情のまま不満をぶちまけだした。
ホセが不満に思っているのは、お金を渡す事では無いのだろう。
問題は渡す相手…。
ホセの性格を大方把握しているロスは誤解無く不満を受け入れた。
こういう時のホセは無視するに限る。
下手に反応すると面倒になるという事を、ロスも学習しているのだ。
「でも、向こうは白金貨5枚って言ってるんだよね?」
「そうらしいね? だから白金貨2枚だと絶対に納得しないだろう…。けど、少し待つなら別の日に白金貨5枚追加で払えうって言ったらどうだ?」
相手はどうせ嘘つきの詐欺師……。
納品も支払いも、どうせ全部嘘だ……。
だったら旨い儲け話には必ず乗ってくる。
「当然食い付いてくるよな?」
「…………」
追加で白金貨5枚と聞いて、ホセに続いてミカドも不満そうな顔になった。
ちなみにエニアは、ロスがコーヒーを淹れなかった時からずっと不満そうにしている。
ロスたちが持っている白金貨2枚は、この約1ヶ月間に稼いだお金だ。
つまり、残りの白金貨5枚は3ヶ月あれば十分稼げる。
「ミカド達にはこの白金貨5枚を稼いで貰う。3ヶ月以内…出来るよな?」
現実的な数字だし想像しやすいだろう…。
貯めたお金の大半はミカド達の稼ぎだから反感を買うと思うけど…。
「不満があるのは分かってる、でもミカドも最後まで聞いてほしい」
ロスの稼いだお金はザハグランロッテに惜しみなく使われるので、実は手元にあまり残らない。
ここにある白金貨2枚分のお金は、ほぼミカド達の稼ぎだった。
これは言えないけどね…。
「ちゃんと説明するし、まだ話も途中だから…そんな顔すんなよ。ちなみに白金貨は、1枚も相手に渡すつもり無いからな」
「え…!? それってどういう……?…??」
不満が大き過ぎたので、不満の原因を先に潰すことにした。
白金貨を渡さないと聞いて、ミカドは驚いた後に頭を混乱させている。
「ははーん?さてはロス兄…また悪い事考えてんな?」
何も考えていないし、何も分かっていないであろうホセが、なぜかドヤ顔で知ったかぶっている。
「そうだなぁ…相手の男が詐欺師じゃ無かったら、俺のやろうとしてる事は悪い事かもな」
まぁ心配無いだろう…。
相手が素人だったなら、ロスに出来るのはお詫びに旅の道連れにすることくらいだろう。
詫びというか嫌がらせみたいだな…。
「それから、白金貨を渡さないから、荒事が起きる。荒事はお前らに手伝って貰うからな」
ロスの悪巧みと聞いて、ホセが見るからにワクワクし始め、ミカドも姿勢が前のめりになっている。
「俺の考えた作戦で、お前らには悪人になってもらう。じゃないと俺だけ凄ーく性格が悪いみたいで不公平だろ?」
ロスの言い分に、ミカドとホセが微妙に嫌そうな顔をしている。
人に面倒を丸投げしておいて、自分達は手を汚さない…?
そんな甘い汁は吸わせないよ…?
「相手が糞なら、甘い正義感なんか糞の役にも立たない。世の中の厳しさをついでに学ぶといい。地の街仕込みの本物を見せてやろう」
ロスは悪い顔を見せながらミカドとホセを脅しつけた。
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「じゃあもう一度、最初から説明するぞ?」
「俺達(ほぼミカド達だが)の稼いだお金を、カルルさんと旦那さんから相手に渡す。お前達の楽しい仕事はそこからスタートだ」
楽しそうなロスとは対照的に、ミカドとホセは嫌な顔をしながら段々元気が無くなっていく。
「そんなにビビるなよ、相手が詐欺師なら罪悪感も無いだろ?」
「〜〜と、いう感じ」
説明を終えるとエニアがパチパチ手を叩いて称賛してくれた。
ミカドとホセは、かなり引いているようだ。
地の街で生まれ育ったザハグランロッテは何一つ驚いていない。
それどころか『甘いわね……これだけ?』等と言って更にドン引きさせていた。
「じゃあ、そろそろ俺達はカルルさんの家に向かうから。いま話した作戦、ミカド…ちゃんと把握しておけよ?」
ホセもエニアも頼りにはならない。
これはミカドの仕事だろう。
まだ呆けているミカド達を残し、ロスはザハグランロッテと一緒に、カルルの家に向かった。
さて……。
旦那の方は大丈夫なんだろうか……。
トラブルが起きてから、恐らく1人で悩みまくったはず…。
強烈なストレスを抱えて、カルルと娘の前では気丈に振る舞う旦那さんの姿が思い浮かぶ。
「はぁ…お前は何でそんなに面倒事に首を突っ込むのが好きなのかしら」
隣を歩くザハグランロッテが、呆れた溜息をつきながら嘆いている。
顔に出ていたのだろうか。
突然ザハグランロッテからそんな指摘をされた。
「いや…どちらかと言えばあまり関わりたく無かったんだけど…」
カルルの匂いに惹かれて決めた…とは言えず、ロスは歯切れの悪い答えしか出せなかった。
「お前が失敗したら私はどうなると思ってるのかしら…?」
意地悪な質問をぶつけてくる。
これは、ロスが嫌がる事を知っていて投げてきた言葉だ。
どうもならないよ…。
絶対に失敗させるつもりは無いから…。
今回の件が失敗すれば、ザハグランロッテも危険に晒される事になってしまう。
だから、本当に今回も関わるつもりは無かったのだ。
理性を飛ばすくらい訴えかけられたからなぁ…。
あの時のカルルと、その匂いの記憶が刺激され、ロスの鼻がピクピクと動いていた。
「そうやってスケベ心で私を蔑ろにするのね」
「そ、そんな事ないよ!? 俺はザハグランロッテちゃん第一主義だから! あ、そうだ喉渇いてない?あの店で飲み物でも買おうよ」
見透かされている…!
後ろめたいロスは、強引にザハグランロッテの手を取って店に向かって歩き出す。
誤魔化そう…!
あれは気の迷いだから…!
いや、気の迷いでも良くないけども…!
だけど…街を出る前に…世話になったカルルに恩返しもしたいし…。
性欲に流されて首を突っ込んだ。
だけど、それだけでは無い。
俺…綺麗事にも流されてるのか…?
これは…良くないぞ……。
この世界は優しく無い。
綺麗事に流される人間は、いつか騙され搾取される。
性欲に流され、綺麗事に流され、全然冷静に判断ができていなかった。
このままではザハグランロッテへ、いつか危害が及ぶかもしれないと思った。
それは絶対に防がなきゃ…。
「そんな顔をしても、お前の顔は残念なままなのだけど?」
「そっかぁ…!でも…いま気が付けて良かったよ!!」
彼女の冗談にロスは別の意味を乗っけて返事をした。
彼女を守りたいのに、そのために必要なものを、気が付かないまま無くしそうになっていた。
次から気を付けよう…。
もう、何度目になるか分からない反省をした。
仕切り直さなきゃ…。
気が付いて仕切り直したくても、既に起きたことは無かった事にはならない。
今はとにかく…カルルの問題をきちんと解決しないと…。
頭の中で何度もシミュレーションして、十分解決できると確信はしているが…。
大丈夫…上手くいく筈だ…。
それでも、失敗したらザハグランロッテに不利益をもたらす。
そのリスクをロスは拭いきれない。
不安は残る。
繋いだ彼女の手、伝わる温もりがロスの不安を大きくしていた。
太陽が地平に隠れて街全体を紅く染め上げている…これから段々と暗くなり、やがて夜になるのだ。
夜の闇は心を不安にさせ、恐怖を呼び起こす。
ロスは今、カルルの家に着いたロスはドアをノックして反応を待っている。
ドアの向こうからトタトタ音が響いて近づいて来る。
家のドアがガチャリと開き、カルルが顔を覗かせた。
「ごめんねぇ。こんな遅くに…」
顔を見るなり申し訳なさそうに謝ってくる。
その顔は目元が腫れており、だいぶ泣いたのが見ただけで分かる。
それでも、カルルの出す雰囲気は柔らかく、旦那から叱られていないのが見て取れた。
家族がいれば夜の不安は克服できる。
この家は、カルルと旦那と子供が不安から守られる空間だ。
そうやって作った安心できる居場所がいま、危険に晒されているのだ。
「大丈夫だよカルルさん。半分以上マスターのせいだから、それより、旦那さんは居る?」
この家を必死に守ろうとしている人…。
「うん。仕事に行こうとしてたけど、ちゃんと家に居るように言ったから…今日は…。あ、中…入って」
カルルはザハグランロッテを見ながら恐縮した様子を見せる。
恐らく、普段は客と店員の関係なので遠慮があるのだろう。
「うん。お邪魔します」
カルルの家はこじんまりとしているが、細かい所まで手が行き届いているのが分かる。
旦那の仕事が大工という事で、機能性に優れているように見える。
綺麗好きなんだな…お?
通されたダイニングの奥に、カルルの娘らしき子供が、こちらを恐る恐る見ていた。
「やぁ、こんばんは」
ロスがにこやかに挨拶すると、子供はビクリと反応して顔を引っ込めた。
「子供から見ても不審者なのね…」
「ちょっとザハグランロッテちゃん? あれは人見知りなだけでしょ」
何でもかんでも俺の顔のせいって訳じゃ…子供だしよくある反応…。
「俺のせいじゃ無いよね…?」
不安になったロスはカルルに尋ねてみた。
「あの…例の男の人にぶつかってから他人を怖がるようになっちゃって…」
「ほら!俺のせいじゃなかったよ!?……ああ良かった…!」
参ったな…空気を和まそうと思ったのに…。
トラブルのせいで、どこもかしこも地雷だらけだ…!
「呼んで来るから、座って待ってて…」
カルルは、ロスとザハグランロッテに椅子を勧めて旦那を呼びに行った。
「なに…?ザハグランロッテちゃん…」
「…べつに」
ジトっと見てくる彼女に、ロスはどうしたのかと尋ねてみたが、予想通り何も答えてはくれなかった。
ロスとしては、彼女の不満は全て把握しておきたいのだが…。
そんな事を思っていると、ダイニングに男が入って来た。
「…こんばんは。初めまして、俺はカルルの…妻の夫、シークスだ」
この仏頂面がカルルの旦那か…。
これが普通なのか、それとも余裕を無くしてこうなっているのか…。
「ども、カルルさんと一緒のカフェで働いてるロスです。んで、こっちは監督のザハグランロッテちゃん」
「…監督?」
ザハグランロッテの口から疑問が漏れる。




