25 いつだって振り回される側なんだ…③
「ロス兄いるー!?」と、聞き馴染んだ声が聞こえた。
別の問題児の登場である。
「おっ!? 居るじゃん! もうすぐ2時だし何か出してよ! 俺、肉を持ってきたんだぜ!? マスター肉持ってきたよー!」
物凄く脳天気なホセは、空気が読めないだけで無く、何と間も悪いらしい。
ホセが来たって事はミカドと…。
「…ロスさん」
後ろから腕に絡みつく女の子。
当然…エニアも居るよなぁ…。
「…ロスさん…お待たせ」
俺は待っていない…待ってないよエニアちゃん…。
「小娘…お前の居場所は此処には無いわ。失せなさい」
ザハグランロッテの機嫌が更に悪くなり、エニアと睨み合っている。
頼まれたカルルの悩みを聞く予定が、予定外の追加で大幅に崩れていく。
どうしようかと悩んでいると、元気のないカルルがお客の会計をどんどん済ませている。
そうか…もう2時になるのか…。
カフェ『木かげ』は2時から仕込みの為にいったん閉店する。
そこからロスも夜の居酒屋メニューの仕込みを手伝うのだが…。
「おうロス! 肉貰ったから今日はそいつ等の相手してやれ!」
とマスターから言われ、いよいよ面倒から逃げられなくなった。
「あれ!? どうしたんすかカルルさん? 何か暗くないッスか!? 水臭いなぁ、ロス兄がいつもお世話になってるんだし、何か悩みあったら言ってくださいよ!?」
切り出し方に困っていたロスは、空気の読めないホセを心の中で褒めた。
いいぞホセ…!
たまには役に立つじゃないか!
でも、お前は絶対に俺の保護者じゃないぞ…?
「…ありがと…でも、私の家の問題だし…。それに、関わっちゃうと、たぶん凄い迷惑かけるから」
ホセに遠慮するカルルを見ながら、ロスは少し考えた。
家の問題…迷惑をかける………。
なら、やっぱり聞かない方が…。
「何言ってんすか! 大丈夫ですよ! 何があってもロス兄がビシッと解決しちゃうんすから! なんせロス兄は女性に甘々っすからねぇ」
どことなく鼻高々な様子を見せるホセに、ロスは嫌な流れを感じた。
おいホセ…!
お前!勝手な…余計な事を言うなよ…!?
「…そうなの?…実は…」
ホセの言葉を聞いてホッとしたのか、カルルがいきなり事情を話し始める。
えっ?俺に確認しないで話し始めちゃうの?まじで?? え? これまで全く話さなかったのに……?? え? ええ??
「確かにお前は女に目がないものね」
「いや、ザハグランロッテちゃん。それは語弊があるというか…」
冷めたジト目のザハグランロッテから責められて、ロスは納得がいかない。
けれど、彼女がそう思ったのならそうなのだ。
少なくとも、ロスは彼女の言葉を丸ごと受け入れる。
本気で言ってなくてもだ。
言い訳をしても虚しいだけ…。
でも…なんか…なんかなぁ…。
「実は…子供が高価な物を壊してしまったみたいで…。弁償しろって言われてるんだけど…それが高すぎて…」
「へぇ、相手の派閥はどこなんすか?」
派閥…。
ホセが気にするように、相手の派閥が分かれば、派閥間の問題として解決できる場合がある。
組合員の財産を守れば、それは派閥に流れるお金が守られるのと同じ。
逆に、守らなければ派閥のお金が他所に流れる事を意味する。
そんな損をマフィアは普通、許さない。
「それが、どこにも所属してないって言われて…」
派閥に所属していなければ、その人間は派閥によって潰される。
それがこの街の慣習のはず…。
「え? ならうちの派閥が守ってくれるんじゃないの?」
そうじゃないから悩んでるって事だよな…って事は…。
どうせ『地』の奴等が絡んで…。
ロスはこのあたりから、面倒な臭いをプンプン感じ始めた。
「普通はそうだけど、地の縄張りに住んでるらしくて…」
はい来た…!!
やっぱりね…!!
そうだと思ったわ……!!
「あいつら、どこに居ても屑で集まってるのね」
ザハグランロッテの言うとおり、ロスも『地』に関する組織には、総じて屑が集まりやすい気がしている。
そんなロスとザハグランロッテも、地の街と少なからず関わりがあり…。
ロスは自分も屑だと自覚しているのだが…。
なんか…身内の恥みたいで滅茶苦茶恥ずかしいな…。
「そっかぁ。うちの派閥も役に立たないのか…。でも大丈夫! ロス兄なら何とかしてくれるから!」
根拠が何も無いくせに、何故か自信満々なホセが安請け合いを始めた。
待て待て……!!
ロスは慌てて止めようとする。
「お前なあッ!なに勝手な…」
「本当に!?ロスさん!」
今は7月上旬…今の時間は午後2時30分くらいである。
仕事終わりのじんわり汗ばんだカルルに手を握られたロスは狼狽した。
ほんわかと香ってくる…カルルから色気たっぷりの匂いがロスの鼻孔を刺激してくる。
握られた手も汗ばんでいて、なんだかニチャっとしているような気がした。
さ、最高だな…。
カルルはロスの固い…?
決意をガンガン削り取っていく。
まずい…このままだと…。
気候もよく、昼時は普通に忙しかった。
カルルは程よく汗をかき、そして少し時間が経ったいま、蓄えた汗の匂いがロスのリビドーに訴えかけてくる。
「いや…俺は…」
「ロスさん!」
断ろうと思った矢先、カルルが更に一歩、近付いてきた。
カルルの香りが『私を助けて』と強く訴えかけてくる。
「んん…俺に任せて…!」
ダメだった。
自分の本能に負けてしまったのだ。
断れなかった自分の不甲斐なさが、本当に情けない。
「お前…」
ザハグランロッテの蔑んだ視線が痛い。
言い訳のしようも無い。
完全に下半身が請け負った仕事だった。
ああ……。
ザハグランロッテちゃんに呆れられてる…!
うぁ…。
あの視線は収納袋を買う為にここの仕事をしているんでしょう。
1ヶ月といった期限も間近なのよ!
という視線だ。
いや、彼女はアレで案外独占欲が強い。
なので、ただ単に不満を感じているだけの可能性も…。
挽回したい…。
本当はザハグランロッテちゃんの事だけ考えていたいし、ザハグランロッテちゃんの事だけ見ていたいんだ…!
心の中で叫ぶのが精一杯だった。
だって、下半身で動いちゃったから…。
「…流石ロスさん。素敵」
何が流石なのかはさっぱり分からないが、エニアは目をキラキラさせながらロスに引っ付いてくる。
エニアからも微かに香ってくるのをロスは逃さない…新鮮で健康的な匂いだった。
しかし、いまはカルルがいるおかげでエニアの匂いには刺激されていない。
不安そうなカルルが目に入る。
「だ、大丈夫。何とかするから、心配しないで。その代わり、上手く解決したら、頼みを聞いてくれる?」
「お前…正気なの!? 人の弱みにつけ込むなんて…!」
「待って待って!ザハグランロッテちゃん!それは誤解だから!」
「そんなに鼻をヒクヒクさせながら言っても説得力が無いのよ!」
「ロスさん…私ならいつでも準備できてる…よ?」
収拾が付かなくなりつつあるカフェ『木かげ』の店内で、マスターともう一人…ミカドだけが我関せずというスタンスを取っている。
というか、ミカドにいたっては、店に来てからずっと誰とも話さず、勝手にメニューを注文して蛇ちゃんとじゃれ合っている。
ミカドは悪く無い…悪くないんだけど…なんだか腹立つな…。
「頼みについては別に変な事じゃないし、カルルさんの件だって策はあるんだ…相手は目論見が外れて怒るかもだけど…やる?」
「…殺る。私に任せて」
一番最初に答えたのは、予想外にもエニアだった。
「…良い人が困ってるなら、相手は悪人。私はロスさんの代わりに殺る」
「いや、そこまで物騒な覚悟は要らないからね?」
「俺達にも手伝える事?」
ここにきて、ようやくミカドが話に加わった。
「もちろんだ。相手が地の関係者なら、まず間違いなく言い掛かりだろう。俺一人だと手が足りない。相手に勝つなら全員で勝とう」
話をジッと聞いていたカルルがつらそうに口を開く。
「やっぱり迷惑よね。皆ありがとう! 気持ちだけ受け取っておくから…後は自分たちで何とかするし…うん!」
色っぽい人妻が、色っぽい匂いをさせながら困っている。
男なら理性より『本能が反応』する条件が揃い過ぎている。
当然、ロスの判断も下半身に従って下される。
「今更そんな…水臭いな。カルルさんにも手伝って貰うけど、全く危険は無いから、安心して大丈夫」
「でも…」
「そうそう! ロス兄に任せとけば安心だから! ロス兄凄ぇからさ!」
いや、そんな事は……。
ホセの過大評価について修正したいロスだが、ミカドとエニアまで頷いて同意している上に、ザハグランロッテは少し得意げな顔を見せている。
ひ、否定しづらい…。
結局、ロスの本意は置き去りにされ、カルルはホセの押しに流され、解決はロスに任される事になった。
ホセから始まり、流れに流されまくったロスは、そのまま流れに逆らう事もできず…決行の日まで根回しに奔走する羽目になるのだった。




